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13.腹黒上司ヴィクトル

 最初に気がついたのはディーラーをしていたイェオリ。ゲームに集中する私とティモとトゥロは、互いの腹を探り合っていて気がつくのが一拍遅れてしまった。そのせいで、背後からひやっとする声に、肩がびくぅっ! と跳ねてしまう。


「君たち、今は業務時間のはずなんだけど……?」


 とっさにうしろを振り向けば、にっこりと微笑んだヴィクトルが。その手にはたくさんの資料の束。ついでに背後にはブリザードを背負っている。うわぁ、これは怒ってる……!


「業務時間なので、仕事してまーす」

「フェリシアちゃんにアニマソラの文化を教えてま〜す」


 ティモとトゥロが怖気づくことなく宣った。「ヴィクトルに叱られるのは双子」っていう契約(オンブル)だったからかな。すごく堂々としている……!


 そんなティモとトゥロを一瞥したヴィクトルは、こちらに歩み寄ってくると、私の背後に立ってデスクに散らかるカードたちを眺めた。待って、あの、どうして私の背後なの……? え、立ちづらいのですが……?


「オンブルだね。これで遊んでいたの?」

「遊んでいたなんて人聞きの悪いー」

「先輩外交官として異文化を教えていたんです〜」


 ヴィクトルは「ふぅん」と気のない返事。

 少し考える素振りを見せてから、ぱちんと指を鳴らした。全員の注目がヴィクトルに向く。


「それなら僕と契約(オンブル)をしようか。ただし一ディールだけ。ディーラーはフェリシアね。双子は二人で一人。あとはイェオリが入って」

「えぇっ?」

「俺っ?」


 私もイェオリもびっくり。

 叱られるとは思っていたけど、まさかヴィクトルまで契約(オンブル)をするの?


 はい、とヴィクトルが持っていた資料を押しつけられる。席を替わるように催促されたから、私はヴィクトルの資料を受け取って席を立とうとしたけど……資料の受け取り方が悪かったのか、床に散らばってしまった!


「ごめんなさいっ」

「僕こそごめんよ」

「あららー」

「お転婆ちゃんだね〜」


 四人でしゃがんで資料を拾い集める。イェオリもデスクを回ってこちら側に来てくれたけど、四人で拾ったからか、イェオリの出番はなかった。


 私はヴィクトルの資料を彼の執務机に積むと、さっきまでイェオリが立っていたところに立つ。ディーラーのポジション。私の前には右から順に、ヴィクトル、ティモ、イェオリ。トゥロはティモのうしろに立っている。


「それじゃー、フェリシアちゃん」

「カード切って〜」


 双子に催促されて、私はカードを切っていく。

 イェオリが意外そうに目を丸くした。


「手慣れてるじゃん」

「そうかしら」

「女性ってあんまりカードゲームしてる印象なかった」


 そういうものなのかな。私は小さな頃からお転婆だったもので、母の目を盗んでこっそり父のシガールームに入っては、父と執事長と私の三人でカードゲームをしていた。前世の記憶もあるし、カードを切るのはその頃から上手だったかも?


 カードを切ったら配っていく。自分と、ヴィクトル、ティモ、イェオリに九枚ずつになるように。山札は横へ置いておく。


「ではヴィクトル様。ビッドしますか?」

「するよ。〝ヴォル〟で」


 ヴィクトルが金貨を一枚出してきた。

 えっ!? 金貨!?

 私とイェオリはびっくりしてヴィクトルを見てしまう。


「ヴィクトル様、その金貨どうしたんですか!」

「うちの今年度の予算のあまり」

「それ賭けていいんすか!? そんな一か八かみたいな賭け方するなんて正気っすか!?」


 イェオリと二人でヴィクトルに詰め寄っていると、双子がにやにや笑った。


「豪快だねー、ヴィクトル」

「勝てたらかっこいいけどね〜。勝てたらね?」


 この双子、すっごいヴィクトルを煽るよ……!?

 大丈夫かな、大丈夫かな、と思っていると、ティモが挑発的にヴィクトルに問いかける。


「ちなみに契約(オンブル)は?」

「この場にいる全員の残業一ヶ月分かな。それだけすれば仕事前倒しできるから、出張を一つくらいねじこめるでしょ。この金貨はその残業代」


 にこやかに微笑んでいるのに、まったく和まない。さすがのティモとトゥロも真顔になった。


「どうする? 〝ヴォル〟する?」

「〝ヴォル〟で棄却しても旨味ないよ。ビッドするにはあの金貨より上の金額を出さないといけないんでしょ?」

「損じゃん」


 ティモとトゥロがすごく真剣に話している。

 結局話し合った末に、二人はビッドをパスした。


「イェオリはどうする?」

「あの金貨より上の金額なんて賭けられねぇよ……! それに〝ヴォル〟なら、ビッドをパスしといて、俺たちが勝ったほうが早い!」


 イェオリもビッドをパスしてしまった。

 さてでは最初にどうするんだっけ。


「ヴィクトル様は手札交換はなしになりますよね。ティモさんとトゥロさんはどうしますか」

「しとこうかなー」

「だね〜」


 ティモがカードを七枚も捨てた。そんなに手札が悪かったのかな。イェオリにも手札交換を聞けば、三枚捨てる。これで手札交換は終わり。


「ヴィクトル、切り札にするスートを選んでください」

「じゃあハートで」


 ヴィクトルが切り札を決めた瞬間、トゥロが変な顔をした。一瞬だけで、気のせいかもしれないけど。


「えぇと……ヴィクトル様が〝ヴォル〟を宣言されたので、ティモさんとイェオリは手札を見せ合いますか?」

「いや、大丈夫ー」

「いいんすか?」

「じゃあイェオリ、僕にだけ見せて〜」

「どうぞ」


 トゥロがイェオリのカードを覗きこんで、ふむふむと頷いている。これでゲームの準備は終わり。それではさっそく、ゲームの始まりです。


「第一トリックです。台札は……ダイヤの5」


 全員が自分の手札を見比べる。

 最初に手札を出したのはヴィクトルだ。迷いがなさすぎる。


「ヴィクトル、本当にそれでいいのー?」

「変えるなら今のうちだよ〜」

「変えないさ。手のひらを返すなんてみっともないからね」


 わぁ、すごい……。華麗な返し。

 天晴な気持ちでヴィクトルを見ていると、しれっとティモも自分のカードを出す。イェオリに全員の視線が集まったので、彼も悩ましげに一枚のカードを出した。


 全員がカードをオープンする。

 ヴィクトルがダイヤの3。

 ティモがハートの4。

 イェオリがダイヤの6。


「イェオリ、カードなかったの?」

「……」


 そよっと目をそよがせるイェオリ。

 ポーカーフェイスができてないよ。たぶんイェオリの手札はスペードとクラブに偏ってるのかもしれない。


 とりあえず第一トリックはヴィクトルの勝ち。

 続いて第二トリック。


「台札はスペードの2です」


 よっわい! 私の手札が弱い!

 クラブとスペード、ダイヤとハートで平札の序列が変わる。絵札のKQJはどのスートでも強いらしいけど、クラブとスペードは10が一番強くて、2が一番弱い。ダイヤとハートは2が一番強くて、10が一番弱いんだって。


 さて、皆様のカードは。

 ヴィクトルがスペードのJ。

 ティモがスペードの3。

 イェオリがスペードの6。


「ここで絵札だすー?」

「まだ早くない〜?」

「安牌だと思ったのに……!」


 ヴィクトルの過剰な手札に、三人がざわつく。私もびっくりだ。 


 第三トリック、台札クラブの6に対し、ヴィクトルがクラブのJで取る。その後もヴィクトルの快進撃が続き、見事第七トリックまでヴィクトルはすべてのトリックを取ってきた。


 ここまでくると、双子もイェオリもヴィクトルの驚異の豪運と心理戦にドン引きし始める。


 第八トリック。

 ここで私もそろそろ手持ちの強いカードを出さなくてはならない。ヴィクトルが途中でトリックを取れなかったら出すことはなかった二枚の手札。どちらを出すか悩んで……私は切り札を召喚した。


 台札はハートのA。

 ヴィクトルが眉を跳ねさせた。


切り札(マタドール)か。フェリシアは意地が悪いね」

「まさかヴィクトル様がここまで運が良いと思わなかったんです。それに連帯責任で残業は私も嫌です」


 トリックテイキングゲームには切り札がある。

 最初にヴィクトルが指定したスートに付与される切り札。それとは別に〝マタドール〟と呼ばれる一番強い切り札がある。今回のトランプの場合、〝マタドール〟は一番強い順から、スペードA、ハート7、クラブA、ハートAの四枚。二番目と四番目に強いカードは、切り札に選んだスートによって変わるんだとか。


 なので今回、私が出したのは今回のゲームで四番目に強いカード。これに勝てるのは三枚のカードだけ。


 ヴィクトルは少し考えてから、一枚のカードを伏せた。


「「イェオリ、〝アベル〟」」


 ティモとトゥロが合図を出す。


〝アベル〟は「強い切り札を出してほしい」という意味。つまりイェオリは私に勝てる三枚の〝マタドール〟のうち一枚を持っているということになる。


 ティモがカードを伏せた。

 イェオリもカードを伏せる。

 果たして結果は。


 第八トリック。台札ハートのA。

 ヴィクトルはスペードのA。

 ティモはハートの8。

 イェオリはクラブのA。


 嘘でしょう。


「悪いね」


 にこやかに微笑んだヴィクトルが、カードを回収していく。最強のカードまで持っているなんて、豪運すぎませんか……!


「……トゥロ、ちょっと変わって」

「えっ!? え、いや、でも」

「いいから!」


 ティモがごねて、トゥロに席を明け渡す。

 トゥロは居心地悪そうにティモが座っていた椅子へと座った。


 そうして始まる最終トリック。

 台札はスペードの7。


 今、場に出ることができて、台札に勝てる可能性があるカードは、スペードのQ、切り札である〝マタドール〟ハートの7のみ。他のカードはこれまでのトリックで使われたからね。


 これまでのトリックで、ヴィクトルはスペードのAとJしかだしていない。台札がスペードの時は切り札のハートを出していた。つまり、ヴィクトルは切り札のハートに手札が偏っていたということ。当然、切り札スートにハートを選ぶよね。


 とはいえ、だ。

 さすがにここまできて、ヴィクトルが台札に対して勝てるカードを持っているなんて――


 ヴィクトル、ハートの7。

 トゥロ、スペードの7。

 イェオリ、ハートの6。


「トゥロ!?」

「ごめん、ほんとっごめん!」


 突然謝り出すトゥロと、信じられない形相のティモ。イェオリは脱力して天井を仰いでいる。


「ザンギョウ、ザンギョウ、ザンギョウノタンゴ」

「ちょっとヴィクトル様! イェオリの魂が抜けちゃってますけど!?」


 そんなに残業が嫌だったの!? めっちゃ遠い目しているよ!?


 てんやわんやする執務室。

 そんな中で、ただ一人の勝者ヴィクトルだけが悠々と立ち上がる。


「それじゃあ皆、しばらく仕事を巻いていくよ。ティモ、このカードはトゥロに返しておいて」

「ちょっとヴィクトル様! どこ行くんですかっ」


 この惨状のなかに私を置いていかないでほしい!

 そう思って手を伸ばしたのに。


「大丈夫、長官のところに残業申請に行くだけだから。すぐ戻ってくるよ」


 にこやかに笑って、颯爽と去っていくヴィクトル。なんてこと。


 私はがっくりと肩を落として、机に散らばったカードを拾い始める。あーあ、しばらく残業か……ん?


「ヴィクトル様の手札、カードが二枚くっついてる」


 呟いた瞬間、ティモとトゥロがすごい勢いでこっちを向いた。イェオリものっそりと身体を起こしてる。


「やられたー!」

「ほんとごめんって〜!」


 またまた騒ぎ出した双子たち。

 私はイェオリと視線を交わし合う。


「どういうこと?」

「……もしかして」


 イェオリが立ち上がって、トゥロの身体をまさぐり出した!


「ぎゃっ!? ちょっ、なにすんのさイェオリ〜!」

「あ! 見つけたぞ! イカサマだ……!」


 トゥロの服からぽろっと出てきたダイヤの7とAのカード。えっ、トゥロってばイカサマをしていたの……!?


「もしかしてティモさんも……!」

「ごめんって!」


 ティモがさっとイェオリの魔の手から逃げようとした。いや、あの、ティモもイカサマをしてたのね? で、このヴィクトルのカードも? つまりはイカサマで?


「たぶん、フェリシアちゃんが資料を落としたときだ……あの時にヴィクトルにすられたんだよ……!」


 すられたって。

 ヴィクトルがすごい手癖が悪い人みたいじゃないの。というか、このイカサマ用のカードってトゥロが持っていたカードってこと……?


「こんなの無効だー!」

「ごめんってティモ〜」

「そもそもイカサマするためにティモさんとトゥロさんがカードを持っていなければ良かった話では!?」

「それはそう」


 私とイェオリは完全に巻きこまれただけじゃん……!


 私たちはあーだこーだと言うけれど、すべては終わってしまったこと。残業申請をしてきたヴィクトルの無慈悲な宣告により、残業の日々が幕を開けてしまった。



フェ「ヴィクトル様、ポーカー強そう」

ヴィ「ロイヤルストレートフラッシュは友達さ」

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― 新着の感想 ―
書類落として視線を誘導したのもワザと。 掛け金で動きを封じておいて、相手のイカサマを逆に使って完封。 あまりにも手馴れてませんかねw ヴィクトルさん出張に行かせていいのだろうか……
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