12.異世界のカードゲーム
後半ルールブックなので、読み飛ばしてください〜。今後ちょこちょこ出てきますので、ゲームルールを振り返りたくなったら活用してください。
羊皮紙に描かれた、一から十までの数字と三人の人物の肖像画。十三枚のカードにはスペード、ハート、ダイヤ、クラブが描かれている。
間違いない、これ、トランプだ……!
気持ちがつい逸ってしまう。さっきヴィクトルの追求を食らってしまったからね。ちょっと自重をしまして、トランプですよね? って言いたいのをぐっと堪えつつ。
「これ、カードゲームですか?」
「そうだよー」
「スートが四つですね。カードも十三枚ですか」
「珍しいでしょ〜」
そう、ハルウェスタでは珍しい。
ハルウェスタのカードゲームでは、三スート十一枚、切り札九枚なのが一般的。スートは創世神話に関連して、神樹のマークと、人の心臓のマーク、神湖のマークが使われているし、各スートの数字カードは一から九まで。絵札は零に位置する太陽と、十に位置する月の二枚。ジョーカーのような切り札の絵札が九枚もあって、季節の巡りを司る九柱の神々が描かれている。
だからこそ、このザ・トランプのような形式のカードって見たことがなくて。
「これ、なんて言うカードですか?」
「「オンブル」」
ティモとトゥロの声が綺麗に重なる。
オンブル?
「オンブルって、アニマソラ神樹国の契約ですか?」
オンブルなんて言葉、それくらいしか思いつかない。
アニマソラ神樹国はハルウェスタから西側に一つ国をはさんだ二つ隣の国。大陸の礎とも呼ばれる樹齢千三百歳を超える神樹、ゴドーヴィエ・コリツァを囲う宗教国家だ。
ティモとトゥロはそのアニマソラ神樹国に出張していた。だからアニマソラの文化に触れて帰ってきたのには納得いくけれど。私の思っている〝オンブル〟と、このカードゲームはどうしても結びつかない。
でもティモとトゥロはうんうんと首を縦に振って頷いている。
「そーだよ。オンブルって僕らは契約って認識でしょ。でも現地行ったら、オンブルって元々カードゲームらしくてさ」
「最近それが再流行してるんだって〜」
ねー、と声を揃える双子外交官たち。
私は机に散らばったカードたちを見る。間違いなくこのマークの使い方といい、数字の数といい、これはトランプだ。だけど、オンブルっていう言葉が私の前世の知識とは結びつかない。
かくなる上は!
「ティモさん、トゥロさん、このカードゲームについてもっと詳しく教えてくれませんか? 作った人とか、歴史とか、起源とか」
背後を振り返ってお願いをしてみると、二人は顔を見合わせて意地悪げに笑って。
「「それじゃ、僕らと契約しよう」」
「わっ」
ティモが私の椅子を持ってきて、トゥロが私の肩をちょっと押して、強制的に着席させられる。え、なに? えっ、オンブル?
「アニマソラはさ、数代前の教皇が暴力を完全禁止にしたじゃんねー」
「だからさ〜、争いごとが起きたら話し合いしようっていうのがひと昔前の話」
「でも話し合いって平行線になりやすくない?」
「ゲームでケリ付けようっていうのが契約らしいよ」
その契約が他国に伝わるにあたって〝契約〟の部分だけが強調されて伝わっている、と。
それは分かったのですが。
「どうしてイェオリはカードを切り始めたの?」
「契約するんだろ。ディーラー役」
「待って、もうすぐ昼休憩終わっちゃう」
「平気平気ー」
「ヴィクトルが戻るまでまだ時間あるし〜」
そうだけど、お仕事は……!?
業務時間中に遊ぶなんて。落ち着かなくてそわそわとしていると、ティモとトゥロがにやにやしながら私をはさんで椅子に座ってしまう。
「じゃあ、それも契約に入れていいよー」
「コインはこれ使っていいよ〜」
これ、賭け事なのかしら……?
トゥロが差し出してきたのは一般流通している銀貨。使っていいよって他人に貸し出すようなものじゃないはずなんだけれど。
「私、ゲームのルールを知らないです」
「基本のルールはトリックテイキングゲームだよー」
「普通と違うのは、ビッドがあることと、ビッドによる契約に契約も含まれるってこと〜」
トリックテイキングゲームは分かる。ハルウェスタでも主流のカードゲームだから。ディーラーの出す台札に対して、自分の手札から強いカードを出していけばいいだけ。一番強いカードを出せた人が勝ちのシンプルなカードゲーム。
そのルールにビッドと契約が含まれる?
そもそも、ビッドと契約って?
困惑しながらシャッフルされるカードを見ていると、イェオリがカードを切りながら教えてくれた。
「ビッドは契約を競り落とす段取りのこと。契約は〝ドマンド〟〝サン・ブランドル〟〝ヴォル〟の三種。契約を競り落としたビッダーが、そのゲームを通じて叶えたい要求を契約として宣言できる。ビッダーが勝てば契約は成立。他の参加者が勝てば契約は成立しない」
コインはビッドする時の担保金みたいなものらしい。成立した契約により不利益を被る人が出る場合の和解金のようなものだとか。ちょっとややこしいけれど、なんとなく分かった。
契約にもランクがあって、ランクによってビッドできたり、できなかったりもするみたい。ランクの一番低い契約が〝ドマンド〟で、一番高い契約は〝ヴォル〟。契約はすなわち、勝利条件とハンデのこと。ランクが高ければ、勝利条件の難易度が高く、ハンデもなくなっていくそう。
下位の〝ドマンド〟で成立した契約を、中位の〝サン・ブランドル〟で破棄させ、上位の〝ヴォル〟で再度契約可能。でも上位にいくほど勝利条件が難しくなるから、結果を覆すことも難しくなっていく、という原理らしい。
言葉で聞けば理解できるけど、じゃあできるのか、と言われればやっぱり難しいかも。
それでもティモとトゥロはさぁさゲームを始めよう! と意気揚々。イェオリも黙々とカードをシャッフルして配り始めてしまった。
「まぁ、これは接待だから、気軽にねー」
「フェリシアちゃんもアニマソラに行ったら、絶対に一回はやることになると思うよ〜」
「まぁ、やり方知っておいて損はないと思うぞ」
イェオリまで言う!
でもこのメンバーの中で、私だけアニマソラ神樹国に行ったことがない。いずれは出張することになるのだから、郷に入れば郷に従わないといけないわけで。つまり、今のうちに本場の契約を知っておくべき――?
「分かりました、やりましょう」
そうして私はオンブルに身を投じたのだった。
ビッドがちょっと難しく感じられたけれど、やってみれば簡単だった。最初に説明された通り、基本はトリックテイキングゲームだからプレイ自体は難しくはない。
一回のディールは九トリック分。
一トリックは、ディーラーの台札に対して、参加者が手札を一枚出し勝敗を決めるワンプレイのこと。一回のディールで手札は九枚配られるので、九トリックが一ディールになる。九ディールでゲーム終了。
ビッドについて。プレイヤーはどの契約をビッドするかを競り落とすことができる。
〝ドマンド〟はその回のディールで他参加者のいずれよりも多くトリックを取ることが勝利条件。ハンデとして、ビッダー含め全員が山札から手札の交換が可能。かつ、ビッダーが切り札のスートを選べる。
〝サン・ブランドル〟その回のディールで他参加者のいずれよりも多くトリックを取ることが勝利条件。ハンデとして、ビッダー以外の参加者は山札から手札の交換が可能。かつ、ビッダーが切り札のスートを選べる。
〝ヴォル〟はその回のディールにおいて、すべてのトリックを取ることが勝利条件。ビッダー以外の参加者は山札から手札の交換が可能。かつ、ビッダーが切り札のスートを選べる。その上で、ビッダー以外の参加者はお互いの手札を見せ合うことができ、協力プレイすることが可能。
ビッドは競りなので、一ディールでビッダーになれるのは一人だけ。ディールごとにプレイヤーの優先順位が割り振られるから、最終的には一人がビッダーになる。
契約はビッドする時に賭けるコインに乗せる要求だ。高ランクの契約を競り落とすことで、相手の要求を破棄させて、自分の要求を議題に挙げられる。
勝負は九ディール。一回目のディールで負けて相手の契約が成立しても、二回目のディールで自分がビッダーになれば、相手の契約を破棄する契約を要求することで撤回ができる。そして三回目のディールでもう一度自分がビッダーになれば自分の要求が契約として成立させられる仕組み。
当然、契約の成立にはその回のディールでビッダーが勝たないといけないし、ビッドする契約によっても難易度が変わってしまう。
要するに今回のプレイでの結果だけ言えば。
一回目のディールで私は〝ドマンド〟をビッドし、「ヴィクトルに叱られる責任は双子にある」と契約を宣言した。ティモはビッドをパス。トゥロもビッドをパスし、私はこのディールでトリックを一番多く取ったので、「ヴィクトルに叱られる責任は双子にある」という契約が成立した。
でも二回目のディールでティモが上位ランクの〝サン・ブランドル〟をビッドし、私の契約を破棄する宣言をした。ティモの〝サン・ブランドル〟を棄却させるには、私は〝ヴォル〟をするしかないけど、手札が悪かったのでパス。結果的にティモは二回目のディールで勝ったので、私の契約は一旦破棄された。
三回目のディールでトゥロがビッドをパス。私は手札がまぁまぁ良かったので、最高ランクの〝ヴォル〟で、さっきティモに破棄された「ヴィクトルに叱られる責任は双子にある」の契約を復活させようとしたけど、プレイに負けてしまったので成立ならず。
四回目のディールでも私は手札が悪くて〝ヴォル〟の宣言ができなかった。ティモがビッダーになり〝ドマンド〟で「フェリシアが手作りのお菓子を振る舞う」という契約を宣言。ティモが勝ったので、契約は成立。え、私、お菓子を作らないといけないの?
五回目のディールではトゥロがちょっと私に味方をしてくれて〝ドマンド〟で「ヴィクトルに叱られる責任は僕ら双子にある」と契約してくれた。トゥロが勝ったので〝ドマンド〟による契約は成立。
私は六回目のディールでティモに破棄された契約を〝ヴォル〟で再契約しなくてよくなったので、新しく〝ドマンド〟で「オンブルの歴史についてもっと詳しく教えて」という契約を宣言。でもティモが〝サン・ブランドル〟で私のビッドを棄却して「オンブルの歴史については自分で調べて」と要求を通してきた。トゥロも私もそれ以上のビッドをしなかったので、ティモがビッダーに決定。
六回目のディールを始め、三トリックプレイしたところで……、タイムリミット。
ヴィクトルが予算会議から戻ってきてしまった。
皆様、スピードが好きな方が多いようでにっこりしています。私も好きです。子供の頃、母の圧倒的速さに勝てずに悔しい思いをしてました。今はソリティアが一番好きです。無限にやれちゃう……!