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10.ガムランの永遠の恋人

 魔法の呪文ガラムマサラを唱えてみても、転生者は現れない。


 本日は外交官のお仕事はお休みだ。普段からずっとガラムマサラの味見と称して偏った食事ばかりなのもよくないので、最近は屋敷の料理長にチャイマサラとタンドリーマサラを使ったレシピを色々とおねだりしていたり。


 私好みの味を追求してもらうため、朝のいっぱいや休日のお茶はチャイ三昧。お弁当にはガラムマサラとタンドリーチキンのローテーション。ちゃんとお野菜も食べているのでご安心ください。


 それらのレシピをおねだりするためにも、スパイスについての勉強をおろそかにしてはいけない。


 そんな調子で休日を謳歌するべく、私は本日のチャイを嗜みながら、ガムランから取り寄せたスパイスの本の翻訳を進めていた。


「んー……やっぱり、ガムランの文字は読みにくいわ」


 くねくねしているというか、なんというか。

 あれに近いかもしれない。ほら、仏教の。梵字!


 集中しないと母音や子音の判別がつかない。これをすらすらと読めちゃうヴィクトルってやっぱりすごいよね。


 私はヴィクトルが書き込んでくれたハルウェスタ語の表記とガムラン語の表記を照らし合わせつつ、休日のたびに数ページずつ、翻訳を進めている。


 スパイスごとの蘊蓄が綴られたこの本は、読んでいてとても面白いし、実際にスパイスを見てみるとあっと驚くような発見もある。たとえば、私はガラムマサラを極めることでカレーを作ろうとしたんだけど、この本に書かれたガラムマサラだけでは、私の理想のカレーを再現できなかった。悩んでページをめくって目についたのが、ハルディー(kypkyma)。黄色いスパイスで、香りが高いってやつ。


 とりあえず取り寄せてみるよね。黄色のスパイス。よく知らなかったんだけど。でもこの本の蘊蓄には、お米との相性もいいって書かれていたからさ。黄色いスパイスでお米を炊いてみたの。


 黄色いお米を見て、ぴんときた。慌ててガラムマサラでスープを作ってもらって。爆誕したのが、ターメリックっぽい黄色ライス……! ガラムマサラのスープと一緒にすすると、だいぶカレーぽくなると……!


 このハルディー(kypkyma)≒ターメリックの存在に気がついてから、ミックススパイスだけじゃない、スパイスそのものにも興味が出てきて。


 アップル(rqnoykbin)パイ(mpor) に使われているダルチーニ(kopnua)というスパイス。ハルウェスタ語ではコプヌーア(kopnua)。たぶん味的にシナモンだ。チャイマサラにダルチーニ(kopnua)を多めにいれると、シナモンの風味が強めのチャイになるもん。間違いなくダルチーニ(kopnua)はシナモン!


 そんな感じで、本を翻訳しつつ、スパイスを取り寄せ、味を見て。見知ったスパイスがないかを調べていっていくのを繰り返してきたんだけど。


 三十八種目のスパイスで、私の琴線に触れる存在を見つけた。


レモングラス(nemohrpacc)……レモン(lemana)グラス(graas)?」


 ハルウェスタ語で発音したあと、ガムランの発音で読み直した。レモン(lemana)グラス(graas)。ちょっとなまってる気がするけど、レモングラス!?


 私は前のめりでレモングラスについて書かれている項目に目を通す。翻訳していくのがまどろっこしい。焦ると読み間違える回数も増えて、何度も同じ行を言ったり来たり。


 それでもレモングラスの記述を読み終える頃には、私の知るレモングラスで間違いないことを確信して。


「葉の部分が、ハーブティーになるんだ」


 前世、私もそれなりに女子女子してましたので。一時期すごく紅茶やハーブティーにハマっていたことがあった。その中に、レモングラスというハーブティーがあったのをちゃんと覚えている。


「この世界ではスパイスの扱いなんだ」


 ちょっと面白いな、と思いつつ。

 このレモングラスを名づけた人は、ガラムマサラやチャイマサラを名づけた人と同じなのかな。


 新たな疑問が湧いてくるけれど、さぁ、ここからどうやって調べよう。ガムラン連合王国から、スパイスにまつわる本を片端から取り寄せてみようか。でもなぁ、読むにしても、私はまだこの国の字をすらすら読めないしな……積ん読ばっかになってしまいそう。


 どうしたものかしら、と悩んで、ふと思いつく。

 駄目で元々。当たって砕けろの精神で、最終手段を取ってみるのはどうかな。テシャさんにちょっとだけ聞いてみるの。詳しくなくてもいい。どういう本なら書いてありそうか、そういうのが聞けさえすれば。


 そうと決まったら、次の出仕の時にテシャさんに手隙の時間を聞かなくちゃ。私はティーカップに手を伸ばすと、シナモンの風味がちょっと強いチャイをひと口いただく。


 うん、今日のチャイも美味しいです。



 ❖   ❖   ❖



 終業後、食堂に駆け込むと、テシャさんが食堂の床をモップがけしていた。


「こんにちは、テシャさん!」

「おー、お嬢さん今日も可愛いねー」


 ゆるっと挨拶をしてくれるテシャさん。私はテシャさんが綺麗にしたところを踏まないように歩きながら、彼のすぐそばへと近づく。


「あの、テシャさんに聞きたいんですけど」

「なーにー。プロポーズするー? いいよー」

「プロポーズはしません。スパイスについて聞きたいんです」


 テシャさんのクセ強会話をあしらいつつ、私は本題に入る。


「スパイスの何を知りたいの〜。もの好きね〜」

「スパイスを名づけた人についてです。長くなりそうなら、またお仕事の邪魔にならない時間を狙ってきます」


 そう付け加えたら、アッハッハッとテシャさんは大笑い。え、そんなに笑うこと?


「スパイスの母なんて、カーリーひとりだけよー」

「カーリー?」


 テシャさんはにこにこと笑う。モップがけの手を止めて、完全に立ち話をする姿勢になってしまった。


「そだよー。カーリーはスパイスの母。ガムランのスパイスのほとんどは、カーリーが見つけたのよー。ガラムマサラだってカーリーが与えてくれたのねー。それにカーリーは我らがガムランの永遠の恋人よー」

「ガムランの永遠の恋人、ですか?」

「ガムラン祖王の叶わぬ恋の人なのねー。カーリーはスパイスをガムランにくれたけど、祖王のお嫁さんにはなってくれなかったのよー」


 そうなんだ。

 カーリーさん。たくさんのスパイスをガムランにもたらしたけど、ガムランの祖王の后にはならなかった人。すごく気になるし、それに何より。


 カーリーさんはきっと、転生者。

 見つけられた、四人目の痕跡。


 さっそくガムランから、カーリーさんについて書かれた本を取り寄せてみよう。そうして彼の人の人生に触れられたら……そうしたら転生者として、私の記録にも残さないとね!





【ガムランの永遠の恋人】

カーリー。ガムラン連合王国の祖王とともに、ガムランを貿易大国として発展させた張本人。大陸中を旅し、数多のスパイスを発見し名づけた。ガラムマサラをはじめ、調合スパイスの概念を築いたのもカーリーである。祖王はカーリーのことを深く愛していたけれど、別大陸へ未知のスパイスをもとめて旅立ったあとの行方は知れないまま。祖王は生涯を終えてしまい、ガムランの永遠の恋人ととしてその名を残した。


#フェリシア女史死後、後世の転生者による注釈#

カーリーはおそらくインド圏の人間だ。ガムラン語におけるスパイスの命名はすべてヒンディー語のものである。カーリーという名前について、語源は「女神カーリー」からくるものか。それとも単に「伝統食のカリー」からきたものか。自らをカーリーを名乗った意図について、研究を重ねていきたい。


――――――――――――――――――――


お読みくださりありがとうございます!

前回の更新以降、たくさんのカレーのレシピをいただきました。大根だけでなく、山菜や里芋、ルゥの黄金比率、固まらないカレーのライフハック……皆様のカレーへの愛をたくさん教授いたしました!


カレー編は今回で終わりますが、まだまだ転生者探しは続いていきます。書けば書くほど、書きたい転生者が降ってきて、自分でもびっくりです。この世界には思ったより転生者がいるようです。


次回更新もどうぞお楽しみに。


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― 新着の感想 ―
既に鬼籍に入った転生者の足取りを追うというのはやはり見慣れずユニークで面白い。 それをサブイベントではなく話の本筋として取り扱うのはここだけなのではないだろうか? 他にもあったら見たいな。
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