第一章:部屋の空気が変わった日
私の不思議な実体験を元に書かせて頂きました
あの部屋に引っ越したのは、ちょうど二十歳の頃だった。
友達と二人、家具なんてほとんどなくて、テレビとテーブルと布団とギター。あとは小さなキッチンがあるだけの、狭いアパート。部屋は縦に並んだ三部屋構成で、奥から六畳・四畳半・玄関。その質素さが逆に心地よくて、毎日が楽しかった。
特に楽しみだったのは夜。
二人でコンビニの冷凍食品をチンして、「ほんとにあった怖い話」を観るのが日課だった。部屋の灯りを落として、真っ暗な中でテレビの光だけ。怖い話を観ながら、ギャーとかふざけて笑いあって。そんな生活が一ヶ月くらい続いた頃だった。
なんか、空気が変わったんだ。
説明しづらいんだけど、ある晩から急に、部屋の中に“誰か”の気配を感じるようになった。
視線っていうのかな。見られてる感じ。後ろに目があるみたいに、肌がぞわってする。気のせいだろうと思った。でも、どんどんおかしなことが起こるようになった。
最初に異変があったのは、インターホンだ。
夜中の2時くらいに「ピンポーン」って鳴った。モニター付きじゃなかったからドアを開けたけど、誰もいない。悪戯かと思って、二人で外に出てアパートの周りを見て回ったけど、人気はなかった。
その次の日、キッチンのタオル掛けが落ちた。
強力な吸盤タイプで、全然外れたことがなかったのに。付け直しても、また落ちる。次の日も、その次の日も。何度つけても、何かに押されたように落ちるんだ。
それからだった。
夜、布団に入って目を閉じると、身体が動かなくなった。
最初はただの疲れかと思った。金縛りっていうのも、テレビでしか聞いたことがなかったから。けど、ある時気づいた。これ、毎晩起きてるって。
声も出せない。目も開けられない。ただ、耳だけが異様に冴えていて、周囲の気配を感じる。
その時、夢なのか現実なのか分からないけど、アパートの外に“何か”が立っている映像が浮かぶようになった。遠くから近づいてくることもあれば、最初から玄関の前に立ってることもある。
それは、いつも黒い影だった。
人の形をしているのに、顔も服も何も見えない。真っ黒で、輪郭だけが分かる。俺はそいつを「黒い人」って呼んでた。
怖くて怖くて、目を開けるのも嫌だった。だけど、俺以外には何も起きていない。
隣で寝てる友達は、いつもぐっすり眠っていて、朝になると「何かあった?」って聞いてくる。
こっちは夜中に何度も死にそうな思いをしてるのに。
その頃から、部屋で手を叩くと音が響かないことに気づいた。
「幽霊がいると、音が響かない」って聞いたことがあったから試してみたんだ。そしたら、本当に音が“吸い込まれる”みたいに鳴らない。まるで水の中で手を叩いたみたいに、周りが静かすぎる。
それでも、誰にも相談できなかった。
怖い話を観てるうちに自分がビビりすぎてるだけだろって、自分に言い聞かせた。
けど、本当は分かってた。
この部屋には、何かがいる。
俺のことを、毎晩見に来てるんだ。