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憑かれたい彼女  作者: 橘しづき
喰うもの
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お守り




 気がつけば、少女は消えていた。


 はっとした僕は必死に周りを見渡すが、もう足音も、変な気も感じなくなってしまった。全身の力が抜けて壁にもたれこむ。


 だめだ……とんでもないものだった。あれは人の生に引かれて自分の方に引き摺り込む大変やばいものだ。多分少女もそれをわかって、楽しんでるから厄介だ。


 ともや君のベッドに今日いたということは、彼を気に入ってるのだろうか。だからともや君は退院できないんだろうか。このままだともしかして、死、なんてことも……?


 どうすればいいんだあんなの。放っておけるわけがない。そうだ、あの住職さんに相談を、


「あなた、あれが視えるのね」


 突然背後から声が聞こえて驚き振り返る。そこにいたのは一人の看護師だった。


 ワンピースの形をした白衣を身にまとい、頭にはナースキャップをかぶっていた。五十歳ぐらいにみえる中年女性に、僕はたじろぐ。


「え、あ、あ、の」


 看護師は遠い目をして、どこかを見ながら言った。


「あなた視えるんでしょう。あのとんでもない女の子が」


「え」


「私もそう。ずっとずっと前から気づいてる。

 あの子は命を引き摺り込むほどの者なんだって」


 僕は戸惑いを覚えながら看護師を見た。ちょっと気の強そうな表情は、頼りになる師長さん、みたいなオーラを感じる。意思の強そうな目は少し特徴のあるつり目だ。


 看護師さんはふうとため息をついた。


「私はあの子をなんとかしたくて、もう何年も探してるの。でも私の存在に気がついているのか、あの子は逃げ回って全然姿を表してくれない。あなたは見えたんでしょ?」


「あ、は、い……」


「以前何度もお祓いを頼んだ。でも頭のいい子みたいで、危険を察知するとうまく隠れるみたい。何度も除霊は失敗してる」


「そんな」


「……あの子が行く先々で容体が安定していた患者が死ぬ。なんとか止めたくて、私はずっと探してる」


「なんとかって、できるんですか?」


 僕はつい大きな声で尋ねた。僕みたいな存在じゃまるで追い払うのは無理そうだったのに、一体どうやってやるんだろうか。


 看護師はふふっと小さく笑った。


「地獄に送る。あの子を地獄に送ってやる」


「…………」


 地獄、という場所が本当に存在するんだろうか。


 僕はどう答えていいのかもわからず黙り込んだ。もしあるのならば、この世の人間の命をもてあそんでいる行為は地獄にふさわしいとは思う。でも一体どうやって? この人にそんな力が?


 看護師はすっと背筋を伸ばし、僕に言った。


「私は水谷っていうの。もし今度あの少女を見つけたら、すぐに私を呼んでね」


「え」


 水谷さんはひらりと簡単に手を振ると、僕の返事も聞かずに背を向けて階段を登り出す。


「いや、呼ぶってどうやって」


「大山くん!」

 

 聞き慣れた声が耳に届いた。凛とした綺麗な声はもちろん星野さんのものだった。


 階段の上から彼女が降りてくる。不服そうに僕を見ていた。


「急に走っていくから驚いたよ。どうしたの急に」


 星野さんはやはりまるであの子に気がついていないようだった。僕は無理矢理笑って何か誤魔化そうとも思ったが、残念ながらそんな余裕はなかったらしい。出てきたのは弱々しい自分の声だった。


「凄いもん見た」


「え? なになに、どんなの!?」


「このままじゃともや君も死ぬかもしれない」


 顔を輝かせた星野さんだが、流石に笑みをすぐに消し去った。眉を潜めて僕を見る。


「どういうこと?」


 普段なら。こんなオカルトマニアに霊の話なんかしない、したって喜んで飛びつくのが目に見えているからだ。それでもさっき見たあれは、僕一人の心の中にしまっておけるレベルではなかったのだ。


 ついに自分から、星野さんに話してしまった。


 死をもたらすかもしれない、とんでもない少女のことを。







 翌日、僕と星野さんは再び病院を訪れていた。


 名目としてはノックのお見舞い(ノックごめん)、本当は別の目的だ。


 とはいっても、実は僕は『いい考えがある』なんて言った星野さんについてきただけで、一体それがどんな考えなのか教えてもらっていないのだが。


 二人で歩いて病院へつき、まずは昨日と同じようにノックを訪問した。連続となる見舞いに彼は驚き、でも嬉しそうに迎えてくれた。


「あれー! 今日も来てくれたの、どした!?」


「あ、ノック、えーと。ほら暇だってすごく困ってたから、他にも漫画持ってきたんだ。僕のやつ貸すよ」


「え、まじ!? すんごい助かるー!!」


 ノックは嬉しそうに笑って受け取った。隣の星野さんはまた買ってきたであろうお菓子を渡す。お礼を言うノックに、彼女は尋ねた。


「たくさんあるから、ともや君もどうかなって思って。昨日ご馳走になったし」


 隣のカーテンを二人で見る。だがしかし、すぐにノックの暗い声が聞こえて彼に注目した。


「それが、ともやさー……昨日の夜突然また具合悪くなって。部屋変わっちゃったんだよ、個室に……」


 僕たちは顔を見合わせた。


 心が冷えていくのを感じる。もしかして、もう手遅れになったんじゃ……?


 呆然としている僕の隣で、星野さんが言う。


「個室、会いに入るのは無理かな」


「え、どうだろう。わかんない」


「野久保くんの分もお見舞いしてくる。野久保君は足を怪我してるからね」


 最もらしいセリフを述べた彼女は、そのままつかつかと部屋を出て行った。僕はノックに簡単に挨拶をすると、慌てて星野さんの後を追っていく。


 彼女は廊下にいた看護師にともや君について尋ねているようだった。よく見ると、その看護師は昨日僕たちとともや君が話しているのを見ていた人だった。


 少し会話をした星野さんは会釈して看護師さんと別れる。そして僕の方に歩み寄った。


「別にお見舞いは大丈夫ですって。でも意識がないみたい」


「そ、そうなの」


「あっちの部屋ですって。行こう」


 堂々と廊下を歩いていく星野さんの少し後ろを歩きながら、周りをそうっと見渡した。あの少女はいないようだった。


 一つの扉の前についた僕たちは、一度ノックをしてみる。すると中から、ともや君のお母さんらしき人の返事が聞こえた。


「はい」


 僕は一瞬どうしようと思ったが、星野さんは迷いなく戸を開ける。中にはやはり、眠っているともや君と目を真っ赤にさせた母親らしき人がいた。


 その光景を見ただけで、胸が苦しくて泣きそうになる。きっとともや君のことが心配でたまらないお母さん、寝ずにそばにいるんだろうなと安易に想像できた。


「あの……?」


「こんにちは。私たち、ともや君が前いた病室の隣にいる野久保くんの友達で」


「ああ……ともやとよく遊んでくれてたお兄さんね」


「私たちもともや君と話したことあるんです。容体を聞いて、お見舞いを。野久保くんは怪我で動けないので代理で」


「まあ、ありがとう。ありがとう」


 鼻を啜りながらお母さんが答えた。僕たちはゆっくりベッドの上のともや君を見る。


 昨日はあんなに元気そうだったのに、腕には点滴がつながれ、鼻には酸素チューブが付けられていた。目をしっかり閉じて眠る彼の顔を見るのも辛い。


 どうしようと戸惑っていると、星野さんが動いた。彼女は持っていた鞄から何かを取り出した。それは今子供達に人気のあるアニメのキャラクターの人形だった。


「こんなものしか思いつかなくて。ともや君好きだといいんですけど」


 星野さんがそう言って差し出す。お母さんは優しく笑って頭を下げた。


「いいえ、ともやも喜びます。ありがとう、本当にありがとう」


 小さめなその人形はともやくんのベッドのすぐ横に置かれた。すぐに目を覚ましそうなくらい穏やかな顔なのに、ともや君は何も反応してくれなかった。


 その時、お母さんが何かに気がついたようにポケットを探る。中からスマホを取り出し、僕たちに言った。


「すみません、主人から電話で」


「あ、そうなんですか」


「どうぞそばで話しかけてやってください。少し席を外しますね」


 お母さんは丁寧に頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。仕事中のお父さんが容体を聞くためにかけてきたんだろうなあと容易に想像がつく。


 扉が閉められたところで、僕はすぐに星野さんに聞いた。


「ねえ、いい考えって?」


 いい加減教えてよと不服を言った。すると星野さんはようやく僕をみて微笑み、鞄の中からあるものを取り出した。


 彼女が手に持っているのはお札だった。それを僕は目を丸くして見つめる。


「あのぬいぐるみの中にこれを入れておいたの」


「へ」


「昨日もらってきたの、魔除けのお札。前大山くんが紹介してくれた住職さんから貰ったから能力は確かよ」


 そう言って星野さんは大事そうにお札をカバンに仕舞い込む。僕はどこか拍子抜けだった。いや、星野さんの対応は至極真っ当なやり方だ。でもこう、あのぶっ飛んだ彼女はもっとすごいことを考え出すんじゃないかと思っていた。


「そ、そっか、ありがとう」


 そうお礼を言ってふと、お札はともや君だけではなく星野さんも所持しているのだと気づく。憑かれたい星野さんとお札とか、一番似合わない組み合わせだろうに。さすがに生命が危うくなるかもしれないあの霊には、彼女も慎重になってるんだろう。いい傾向だと思う。


 星野さんは眠ってるともや君に近づき、綺麗な声色で話しかけた。


「頑張ってね。きっと大丈夫だよ」


 眠っている彼は何も返事を返さなかった。



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