返します
多分一般的に憑かれている、というのは、髪の長い女の人が背後にいるとかそういうことをいうんであって、顔が真っ黒に塗られる状況は憑かれてるでいいのだろうか? 本人の危機には変わりないだろうけども。
唐辛子を挟んだサンドイッチを、星野さんは頬張る。顔は見えないが美味しそうだとなんとなく伝わった。僕はとりあえず無難なことを言っておくことにする。
「視えるっていうか、オーラを感じる、みたいな……星野さんからは嫌な感じはするけど、憑かれてるかどうかはわかんないなあ……でも、あんまりよくないとは思うよ」
「へえ、すごいのね! ふうん、オーラか。憑かれてるわけじゃないのかなあ。やっぱりこれのせいかしら」
そう言った星野さんは、一旦サンドイッチをお皿に戻し持っていた鞄を漁った。何かを取り出した瞬間、僕の身体中の毛穴がぶわっと開いた。髪の毛が逆立っているのではないのかと思う。
彼女が取り出したのは一つの櫛だった。年季の入っていそうな木製のもの。半月型をしたそれからは、びっくりするくらい嫌なものを感じ取れた。僕は大袈裟ではなく震え上がりながら非難する。
「ななな、何それ! そんなすごいもの持ってたの!?」
「え? すごいの、これ? 廃墟の中にあるドレッサーから貰ってきたの。かわいいなって思って」
目の前が真っ白になった。心霊スポットに行くだけではなく、そこから物を持ち帰ってくる、しかも櫛。櫛ってほら、女の人の大事な髪をとくものだから念が篭りやすいっていうじゃないか、言わないの?
鳥肌が立っている腕をさすりながらキョトンとしている星野さんにキツく言った。
「それ! それダメだから、返した方がいい!」
「え? せっかく憑かれるかもって期待したんだけど」
「憑かれるっていうか死ぬかも! 死にたいの? もしかして自殺願望でもあるの!?」
「え、死ぬのは嫌よ」
アッサリ言い切った彼女にもう何を返していいか分からなかった。死にたくないのになんで取り憑かれたいんだ、この人分かってるのかな、死人相手は本当に恐ろしいってこと。
呆然としている僕を前に、星野さんは何度か頷いて見せた。
「そうなの、死ぬくらいヤバいものなの。コレクションに加えたいんだけど我慢して返そうかな」
(どんなコレクションが死んでも聞きたくない)
「じゃあ今から返しに行こうっと。大山くん来てくれるよね?」
「…………
えっっ!!!」
思っても見ない台詞に声が裏返る。本人は決定事項、とばかりにサンドイッチに噛み付いていた。黒い塊にサンドイッチが近づき小さくなって返ってくる。不思議な光景だった。
「嬉しい。誰かとああいうところ行ったことないの、みんなついてきてくれなくて」
「いや、僕はだって」
「オーラだけでも感じる大山くんがいてくれるならワクワクしちゃう。ここは私に奢らせてね」
断る隙は与えてもらえなかった。この子に話しかけた時点で、こうなる運命だったのだろうか。黒い顔を無視できなかった自分が悪いのだろうか。だがしかし、こんな真っ黒になるほど危ない場所に女の子一人で再び行かせるというのも気が引ける。彼女に何かあれば後味悪い。
美味しいサンドイッチはまるで喉を通らなくなってしまった。そんな僕を他所に星野さんはぺろりと完食し、宣言通り食後のおやつとして鷹の爪をかじって僕をさらにドン引きさせた。
喫茶店近くのマンションに一人暮らしをしているという星野さんは、車を持っているらしくそれに乗せてもらうことになった。大学一年生で車持ちとは、結構お金持ちなのだろうか。見上げた彼女のマンションはそれを証明するように、僕が住むオンボロアパートとはまるで違っていた。
助手席に渋々乗り込み星野さんに運転してもらう。相変わらず黒い顔は見てしまうと怖いのでなるべく隣を見ないように努めた。車内は綺麗でどこかいい匂いがした。初めて乗る女の子の車ならもっと素敵な場所へ行きたいと思った。
例の場所はそこから三十分もかからないところにあるらしい。地元ではない僕は知らなかったが、車に揺られている最中ネットで検索すると、確かにすぐに出てくる有名な廃墟だった。やや人気のない寂れた町の外れに、ポツンと建っているらしい。
星野さんのいうように昔息子が家族を皆殺しして一家全滅したとかなんとか。かなり古くからあるらしく、幽霊もだが耐久性も心配されるほどの古さらしい。
しばらく車通りも少ない細い道を進んだ。星野さんは鼻歌を時折歌いながら楽しそうにハンドルを握っている。そんな様子に呆れながらすでに来たことを少し後悔していたころ、目的地が近づいた。
木々が生い茂る中にそれはひっそりとあった。木造の家で、びっくりするくらい年季が入っている。二階建てでこじんまりとした家だ。木目が見える木の壁には蔦が伸びていた。窓ガラスが見えるがあまりに汚くて中の様子はまるで分からない。
僕は絶句した。こんな場所、宝が埋まってると聞いても中に入るのは遠慮するかもしれない。
「ついた、行きましょ」
適当に車を停めると星野さんは颯爽と車を降りた。僕はもう後悔の嵐だった。それでも彼女に運転してもらわねば帰ることすらできないので、真っ青な顔で彼女に続く。車を降りた途端、すごい嫌な気がするのを感じた。気温はもう温かいはずなのに寒くてたまらない。
目の前には廃墟、隣に顔無し。精神を保っていられる自信がない。
「玄関の扉壊れてるからそのまま入れるのよ。ほらこっち」
星野さんの声はいくらかトーンが上がっている気がした。軽い足取りで玄関へ向かっていく。僕は肩を落としながらそれについていく。彼女が言った通り、玄関は扉が倒れていて開きっぱなしだった。おかげで雨もそのまま入ってしまうのだろう、下はぐちょぐちょで靴が汚れてしまう。
いつのまに準備したのか星野さんは懐中電灯をつけた。僕はスマホのライトをつける。真っ暗だった中がぼんやり浮かび上がった。それは想像以上に汚くごちゃごちゃした廃墟だった。
「……よく櫛探し出せたね」
「ふふ。二階にドレッサーがあってね。それも汚いドレッサーなんだけど。引き出しを開けて漁ってたら奥の方に隠したように入ってたの」
「…………」
「色々探索する?」
「するわけない。すぐに例の場所まで行って!」
怯えた僕の声につまらなそうに彼女はため息をついた。僕はといえばただ肩をずっとさすってるだけだ。
「そこの階段を登るの。ついてきて」
星野さんは懐中電灯を持ちながら指差す。その先には木造の階段が存在した。二人でそちらに進むと、星野さんは迷いなく足を踏み出す。予想通り、いやそれ以上の木の軋む音が響いて体が跳ねた。二人で通って大丈夫か、これ。途中で底抜けない?
そろそろと足を踏み出していく。ゆっくり気をつけて登る僕と違いさっさと上がっていく彼女に恨みの感情すら沸いた。僕は決して体格がいいわけでもないしどちらかと言えばヒョロだが、それでも女の子の星野さんよりは体重がある。気を配って登るのは当然なのだ。




