ついているもの
「あ、あの、星野さん?」
「え?」
「あ、いやえーと。土屋さん多分大丈夫そうだよね」
なんでまだいるの? と聞きかけてやめた。多分、いや絶対深い意味なんてないからだ。なんとなく居座ってるか、もしくはオカルト話がしたいかだ。
「突然きてごめんね。全然話したことない子なんだけど、大学で心霊の本を読んでたから気になって声かけたの」
「なーる……」
「そしたら彼氏が悩んでるって聞いて、大山くんのところに連れてきちゃった。正直大した話じゃないなと思ったんだけど、大山くんが聞いたらなんか面白いことになるかなって」
口角をあげて笑う。どっと脱力した。またこの人は面白がって僕を利用する。ちょっとムッとしたまま答えた。
「まあ本人来なきゃ意味ないし。肩が重くてうなされるぐらいなら疲れだと思うよ、土屋さんが心配しすぎ」
「本人、ね……」
「まあ憑いてたとしても僕は祓えないから意味ないんだけど」
「じゃあ本人、見に行かない?」
とんでもないことを言い出したので驚いて隣を見る。目を輝かせながら星野さんは続けた。
「もしかしたら本当に憑いてるのかも。そしたら面白いじゃない、今度うちの大学来ない?」
「え、え、いや僕部外者だし!」
「私も一緒にいるし、遠目から見るだけ。これで本当に肩に女が乗ってる、なんてなればすごいよね」
「え、でも」
「決まり。都合がいい日時合わせましょ」
非常に嬉しそうに星野さんはそう言った。そして今までずっとしまっていた鷹の爪を取り出し、ぱくぱくと食べ始める。まるで遊園地に出かける子供のような顔だ。ああこれはもう止められないぞ、絶対何がなんでも僕を連れていくつもりだ。そう心の中で嘆いた。
それから少し経った頃、本当に僕は星野さんの大学にいくことになってしまった。
星野さんの通う大学は僕が逆立ちしても入れないようなところで、頭がいい人ばかりいる。
とりあえず恐る恐る中へ入ってみると、自分の大学とは違う大きくて綺麗なキャンパスにうっとり憧れた。場違い感も凄いが、そこは隣に立つ星野さんになんとか補ってもらおうと思う。
「……で、土屋さんは知らないんだよね? 僕たちが彼氏さん見にいくこと」
恐る恐る尋ねてみる。ロングヘアを揺らして星野さんは言う。
「ええ、だってあれ以降話してないし」
「ほ、本当に仲良い友達ってわけじゃないんだね……」
「私別に仲良い友達とか特にいなくて」
(想像通り)
「でもそういうことじゃないの。土屋さん最近大学で会わなくて。あれ以降調子はどうか確かめるタイミングがないの」
「そうなんだ……」
勝手にきて大丈夫だろうか、と心配になるも別に接触するつもりはないしいいか。遠目から変なものが憑いてないかみるだけだ。
キャンパスは多くの人たちが歩いて賑わっている。まるで知らない場所で戸惑う僕を星野さんが誘導してくれる。食堂に向かっているらしかった。
「よくお昼時間食堂にいるらしいの、何回か見たから」
「下調べってやつだね」
「今日もいてくれるといいんだけど……」
星野さんが不安げに言いながら食堂へ近づいていく。その間、すれ違う学生たちがチラチラと星野さんを見ていた。いつものごとく隣の眼鏡は誰だ、という視線も感じる。慣れた。
「あ、あれ。大山くん、すごいタイミング! あの人でしょ?」
突然星野さんが嬉しそうに声を張り上げた。僕は彼女が指さした方向に視線を向ける。ここからはやや離れたところに、青年が歩いていた。多くの友達と思われる人々に囲まれていて、人気者、というオーラがここまで伝わってくる。
スラッとした人で、やっぱりどこか可愛らしさもある笑顔だ。犬っぽい感じ。写真よりずっとモテそうな感じが伝わってくる。
……って、ちょっと待て!
僕は自分の目を疑った。
てっきり、「はい彼氏さん何もいませんね。やっぱりストレスとかですかね、撤収」というパターンだと思い込んでいた。なのに笑いながら歩いているその人を見て、そのパターンではないことを思い知らされる。
彼の背後にピッタリくっつくように、女がいた。もちろん実体があるものではない。下半身が透けて見える女がいるのだ。
その女から離れるもんか、という強い意志が見えた。ごくりと唾を飲み込んで、一体どんな表情をしているんだと目を凝らして見つめてみる。
背中に張り付いているためよく見えなかった表情だが、ちょうど彼氏さんが友達と話しながら少し体の向きを変えたところで、チラリとだが女の顔が見えた。
「……う、わ」
僕がそう声を漏らしたのを星野さんは聞き逃さない。嬉しそうに僕の袖を握った。
「え、いるの? やっぱり憑いてるんだ? 肩が重いのもうなされてるのも霊のせいだったのね」
不謹慎に喜ぶ彼女に突っ込む余裕もない。瞬きもせず僕は見つめた。そして無意識につい少しずつ後退する。
厄介だ。これは、厄介なやつだぞ。
できれば関わりたくないやつ。
「大山くん?」
僕はただ、その女から目が離せずにいた。ボブの髪が男性の背後に隠れるように存在しているのを。
「……土屋さんだ」
「え?」
「憑いてるの、土屋さんなんだよ」
「……え?」
不思議そうに首を傾げる星野さんに、僕は慌てて説明した。
「だから……あの人に取り憑いてるの! 彼女の土屋さんなんだよ、生き霊ってわけ!」
そう。彼氏さんの背後にべったり憑いているのは紛れもなく土屋さんなのだ。見間違えるはずがない。恨めしそうに、愛おしそうに、彼氏にくっついている。




