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憑かれたい彼女  作者: 橘しづき
黒い顔をした女
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彼女の夢



 その日のバイトが終了した瞬間、僕は人生で一番と言っていいくらいの勇気を出して星野さんに話しかけた。正直今まで女子とちゃんと話すことすらうまく出来ない内気男子だったのだ。


「ああ、あの、星野さん」


 更衣室へ行こうとしていた彼女は振り返る。その顔を見てやっぱり飛び跳ねた。真っ黒で何も見えない。


「はい?」


「あの、すみませんが、少しだけ聞きたくて……最近こう、事件に巻き込まれたとか、心霊スポット行ったとか……ありませんか?」


 俯きながら小声でごにょごにょと尋ねた。ここで気味悪がられる覚悟はできていた。出会って話もしてない男からこんなことを言われれば、普通ドン引きしてこれから無視されるコースで間違いないと思う。


「……え」


「あ、ご、ごめんなさい気を悪くしたら……ちょっとこう、気になったというか」


「ええっと、大山くん、だっけ」


「あ、はい」


「このあと少し時間ある?」


 思ってもみない発言に顔を上げた。そして後悔した、やっぱり真っ黒な顔が怖かったのだ。


「あ、はい、大丈夫ですけど」


「よかった。少し話してみたいな。どこかでご飯食べようよ。着替えてくるから待っててね」


 星野さんはそう言い残すと、颯爽と更衣室の方へ向かって行ってしまった。ポカン、としてその場に立ち尽くす。引かれなかった、な。意外にも……。


「大山、まじ?」


 背後から声がかかる。ノックが目をまん丸にして近寄ってきた。


「星野に話しかけるとか勇者じゃん」


「いや、ちょっと聞きたいことがあって……」


「いやだって星野だよ?」


 多分ノックにあの黒い顔は見えていないはず。なのにこんな反応をされるということは、よっぽど変わり者らしい。確かに、僕の失礼な質問を素直に受け止めて食事に行こうだなんてかなり変わった女子であることは間違いない。


「ちょっと聞きたいことだけ聞いたら解散するから……」


「ふーん? ま、また今度色々教えろよ! 連絡先交換しよーぜ!」


 スマホを取り出して笑うノックに、人懐こい人だなあなんて感心しながら僕達は連絡先を交換した。そうこうしてるうちに、着替え終わった星野さんが出てきてしまう。結んでいたロングヘアは下ろし、白っぽいワンピースを着ていて、それがまた黒い顔の不気味さを増した。僕はびくっと怯えながらも、とりあえず自分も慌てて着替えに走った。


 待っていてくれた星野さんと並んで歩き(なるべく距離をとった)二人で近くの喫茶店に入った。星野さんの行きつけらしく、慣れた様子でメニューを僕に向けて差し出してくれる。小さく会釈してそれを受け取った。


「ここサンドイッチが安くて美味しいの」


 柔らかな話し方に、声だけ聞けばうっとりしそうだった。そんな気持ちを誤魔化すようにメニューに視線を下ろして言われた通りサンドイッチを選ぶ。ちょうど夕飯の時刻だったのでよかった。


「美琴ちゃん、今日デート?」


 突然声をかけられる。喫茶店の店長らしい中年のおじさんだった。星野さんは笑う。


「違うわ、同じバイト先なの」


「そっかそっか、美琴ちゃんの友達ならサービスサービス。はいどうぞ。美琴ちゃんは昔ここの店を手伝ってくれててね、すごく優しくていい子なんだ」


 そう笑いながらマスターはアイスコーヒーを出してくれた。僕はお礼をいう。なんだか随分と愛されているキャラらしい。


 ノックの言い方じゃあ、変わり者の女の子って感じに思ってたけど……。


 二人でサンドイッチを頼み終える。女子と向かい合って二人でご飯なんて経験ほとんどない自分は何を話していいのかよくわからず焦る。しかもこんな真っ黒な怖い顔じゃ見ることすらできない。でも星野さんは気にしていないのか、鈴のような声で話だした。


「行ってきたの。心霊スポット」


 突然の本題にコーヒーを吹き出しそうになる。真っ黒な顔はどんな表情をしているのかわからない。


「昨日の夜。近くにある廃墟しらない? でるって噂がすごいの」


「ぼ、僕最近引っ越してきたから……」


「そっか。なんかね、前の住民は発狂した息子が両親と妹を皆殺しにして自殺もしちゃったっていう噂の廃墟なの。私が小さな頃からあるから古い廃墟なのよ」


「そんなとこ……友達とノリでも行っちゃだめだよ、よくな」


「一人で行ったの」


 コーヒーを飲もうと手を出しかけて止まった。思っても見ない台詞だ。唖然として彼女の顔を見てみたが、やっぱり黒い塊があるのみで顔は見えないから目を伏せた。喉を潤すためにコーヒーに手を伸ばす。


「ひ、ひとりって」


「私ね、取り憑かれるのが夢なの」


 うっとりとした声で彼女が言ったのでついコーヒーを吹き出してしまった。慌ててペーパーでそれを拭き取る。星野さんは楽しそうに笑い声を上げた。


 なんて言った、今? 取り憑かれることが夢だって?


 ノックが言った「星野に話しかけるなんて勇者じゃん」の発言がようやく分かった気がする。思った以上に変人で、やばい子だ。取り憑かれたくて一人で心霊スポットに行く女子がどこにいる!  


 僕は何も答えられなかった。今まで霊達とは関わらないように生きてきた、でもこの真っ黒な顔を見て、星野さんのピンチだと思って声をかけたのに。まさかそれを本人が望んでいたとは。


「だから暇があればそういう場所に行ったり物を貰ったりしてるの。最高の趣味なの」


「それはその、素敵なご趣味で」


「でも前に有名な占い師さんに見てもらったらね。私ってすごく鈍感なんですって。だから多分取り憑かれてもわからないんじゃないかって言われて」


 そうですね、気づいてないんですもんね今の状況に。そう言いかけて止まる。


 果たして顔のこと、言ったほうがいいのだろうか? そうなると僕がそういう能力があるんだって知られるし、本人は喜ぶだけじゃないのか。でもこのまま放っておいたら……


「それで大山くん。あなたはなんで分かったの、私が心霊スポットに行ってきたって。もしかして視える人?」


 嬉しそうな声が聞こえてきた。僕は黙り込む。しまった、どうしよう。どうすればいいんだこれ。


 そんな時ちょうどサンドイッチが運ばれてきた。確かに値段のわりにボリュームがあって美味しそうなものだ。僕は誤魔化すようにそれに手を伸ばす。


 すると正面に座る彼女は食べるより先に、ポケットから何かを取り出した。唐辛子だった。小さな缶に入ったそれを、サンドイッチのパンを一枚持ち上げると中にふんだんにかけだす。それは赤い山ができるほどで、僕はつい手を止めてそれを見つめた。


 そんな僕に気づいたのか、星野さんは小さく笑って言った。


「辛党でね。ポケットにはいつもこれ、あとこれもおやつに」


 そう言って取り出したのは袋に入った鷹の爪だった。もう言葉をなくす。


 やばい。すごいやばい変人に関わってしまった。取り憑かれることが夢で心霊スポット巡りが趣味で、おやつに鷹の爪齧るような女の子。……とんでもない人間がいたもんだ。


「それで大山くん。あなたは何が見えてるの?」


「い、いやあ、見えてるわけじゃないんですけどー」


「嘘。私にはわかるよ、絶対大山くん何か見えてる。だってずっと私の顔見ようとしない」


 キッパリと言われた言葉に黙り込んだ。最もだ、自分から心霊スポットに行きましたかなんて話しかけておいて、今更しらばっくれるのは無理があると自分でも思う。


(でもこれ……憑かれてる、っていうのか? 教えたらこの子喜ぶんじゃ……言わないほうがいいのか、言ったほうがいいのか……)

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