第二部「破滅を照らす者:断罪の天秤」その5
目次
第12章「貴女の状況」
第13章「理不尽なオセロ その1」
第13章「理不尽なオセロ その2」
あとがき
第12章「貴女の状況」
「早速なのですが…私の状況を教えて頂けませんか?」
「えぇ、勿論ですとも。私が貴女を助けてあげましょう。私は貴女の母親なのですから。」
【エリザベートはそういうと指を鳴らした。それと同時に彼女の周囲の薔薇がひとりでに動き出し、棘のない蔓で2つの椅子と1つのテーブルを作り初めた。そしてそれを見届けた彼女は当たり前かのようにその薔薇の椅子に座り、もう1つの席をジョゼフィーヌに勧めた。】
「立って話すのも疲れるでしょう。そこに座って下さい。」
「このような物を一瞬で…!」
「貴女も似たような『魔武具』のアビリティを使っているでしょう?」
やはり彼女は魔法を当たり前の様に使いこなしている…!
エリザベート…彼女の実力は彼にも匹敵するのだろうか…?
またはそれ以上か…
「今は特に急ぐ必要もありません。この空間と現実空間では時の流れが違うのです。この空間内で1年が経ってやっと現実空間では1秒の時が流れるのです。」
この空間と現実空間では時の流れが違う…?
つまりここは…『禁域』のような異空間なのだろうか?
「なるほど…ですが、私はなるべく早く皆さんのことを助けに戻りたいのです…!」
「貴女の事です、そういうとは分かっていました。私の事についての話をしたり、貴女とゆっくり話をしたいところですが…今は貴女がどうなっているのか、そして何故ここにいるのかを話しましょう。」
「確か私は…彼の『魔道具』の能力か…『魔法』による攻撃で気絶していたはずです。ですが…目を覚ますとこの様な場所に…」
「いえ、それは違います。」
「えっ…?」
「貴女は目を覚ましていませんよ、ジョゼフィーヌ。貴女はまだ気絶している最中です。」
「ですが私はこうしてあなたと…」
「そう、話していますね。貴女の『魂の領域』の中で。そして、今まさに目を覚まし始めているのは私の方です。」
「私の…『魂の領域』…?それに…今、目を覚まそうとしているのはあなたと…?」
「順を追って説明してあげましょう。まずは…なぜ貴女がここに訪れているのかというところから。」
「ところで…貴女はどうやって現実空間の情報を得ていたのですか?」
「私に関する質問は後にしましょう。今は…貴女がかけられた『魔法』についての話が先です。」
「はい!お願いします!」
第13章「理不尽なオセロ その1」
「『反転せし虚像』…それが、へカーティアが貴女に対して使用した少し特殊な『魔法』の名前です。」
「その『反転せし虚像』の効果とは?」
「貴女が取り込んでいた彼の血液から情報を集めたところ、彼の『魔道具』の能力には『鏡面に映した対象の魂に干渉する』というものがありました。そして、彼はその能力と『人格変化の魔法』を即興で組み合わせ、『対象の魂を裏返して性格を反転させる魔法』を作りました。」
「性格を反転させる…ですか?」
「えぇ、彼は『貴女の性格を反転させて自らの味方にし、貴女と共にいた仲間を殺害させる』ことを企んでいたようです。彼の選択は間違いですが。」
「その間違いというのは…?」
「例え貴女の性格を反転させたところで、彼が貴女を直接的に支配したという訳では無いのです。例えば…」
【彼女はそこで言葉を切ると、ジョゼフィーヌの顔を見ながら、口に手を当てて深く考え込んでいた。】
「貴女は秩序を守る真面目な素晴らしい子です。そしてそれを反転させるということは…貴女は無秩序で無差別な殺戮を楽しむ制御不能のキラーマシーンになるという事です。貴女がそうなれば、貴女以外の全員はどうなるでしょう?」
「私を制御できていると思って油断したへカーティアは私に殺害され…流輝さんと星次さんと春喜さんは……」
これは自惚れかも知れないが…
数え切れない程の実戦と訓練を詰んだ私に、一般市民の彼らが勝てるとは思えない…
「そう、貴女のイメージ通りの事が起きるでしょう。ですが、それは実際には起こり得ない事です。貴女も有している『血を統べる者』の特性の1つによって…」
「私も有している特性…ですか?」
「えぇ、私達…『血を統べる者』の特性の1つに、『肉体と魂との結び付きが弱い』というものがあります。そして鏡という存在自体に、『鏡面に映った生物の肉体に結び付いた魂を映し出す』という特性があります。」
「それと『反転せし虚像』にどの様な関係が…」
いや…まさか!
『血を統べる者《Ruler of Blood》の特性の1つに、肉体と魂の結び付きが弱いというものが…』
『鏡という存在自体に、鏡面に映った生物の肉体に結び付いた魂を映し出す…』
【考え込んでいる彼女の顔を見ていたエリザベートは、微笑みながら彼女に話しかけた。】
「気づきましたか?」
「『肉体と魂の結び付きが弱い』私達は…『鏡に魂が映らない』という事ですか?」
「えぇ、正解です。彼が貴女に対して『自壊の鏡像《Doppelgänger》』という『魔法』を使用した際に、貴女の影の実体化が遅れたのもその為です。」
思い返してみればそうだ…
そして彼は…気になる事を言っていた…
『お・ま・え・は…『100%純粋な人間じゃねぇ』って事さ!』
いや…まさかこの言葉は…!
【とある事に気づいた彼女は、深刻な表情でエリザベートに問いかけた。】
「1つ…お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、何でも聞いて下さい。」
「私に『血を統べる者《Ruler of Blood》』の血が…貴女の血が流れているといのは、先程あなたが証明してくれましたよね?」
「えぇ、そうですね。」
「という事は…私も普通の人間という訳ではなく、『血を統べる者』であるということですか?」
「それは違います。厳密には…貴方は、『普通の人間と『血を統べる者』の混血児』です。『血を統べる者』としての力が目覚め始めたのは、貴女が『禁域』に訪れた事がきっかけの様ですが。」
「なるほど、そういう事だったのですね!」
私の血縁関係上においての実の父親と実の母親である彼女については興味があるが…
今は堪えよう。
「そして貴女は『純血』では無いので、完全に鏡に魂が映らなくなる訳では無い様ですね。それでも、彼の『魔法』を弱めるには十分でした。」
「それでは… 『反転せし虚像』の効果が弱まった結果…私はどうなったのでしょうか?」
「『反転せし虚像』の効果が薄まった結果、『貴女の魂が裏返った』だけで済みました。ですが…」
【彼女は言葉を切ると、この状況を楽しんでいるかのように口角をほんの少しだけ上げて続けた。】
「今の貴女は…『貴女の魂の内側で眠りについていた私と意識が入れ替わり、この場所へと辿り着いてしまった』のです。『魂の領域』の中へと。」
第13章「理不尽なオセロ その2」
「その…『魂の領域』というのは…?そもそもとして…『魂』というものもはっきりとは…それに『私の魂の内側』になぜあなたが…?」
【ジョゼフィーヌは頭に手を当てながら、困惑の表情を浮かべた。】
「貴女が困惑するのは当然の事です。貴女の質問に詳しく答えて差し上げたいのですが、それだと長くなるので簡単に説明しましょう。」
「お願いします!」
「とても簡単に例えるなら…『魂』は、『その生物の全てが蓄積されたデータ』の様なものだと今は考えて下さい。」
「データ…ですか?」
「そうです。『魂』には肉体や精神の情報、そして、産まれてから死亡した後に、新たに生命として生まれ変わるまでに得た情報が蓄積されるのです。何となく理解出来ましたか?」
「はい…とにかくそういうものなのですね!そして…『魂の領域』というのは?」
「『魂の裏側』や『魂の内側』であるとしか言い様がありませんが…本来はそう易々と訪れることの無い場所だと覚えていて下さい。ここには、夢を見ている時や死の間際などに…それもごく稀に低い確率でしか意識が迷い込む事は無いのです。」
「と…とりあえずそういう物だと覚えておきます!」
「因みに…この『魂の領域』の景色は、貴女に対する周りの人間からの評価や、貴方自身のこれまでの全てが積み重なってできた景色です。この美しい薔薇も、心地よく穏やかな月光とそよ風も…貴女そのものを表しています。」
「この景色が…私…」
私は一体…周りの人々からどう思われているのだろうかとはあまり気にしたことは無かったが…
彼女の様子から察するに、この景色はきっと良いものなのだろう…
「因みに、今の私達はお互いに意識のみで会話したり、触れたりしています。」
「という事は…私の肉体は抜け殻のように…?」
「はい、今の貴女の肉体は操縦者が居ない状態ですが…」
【彼女はそこで言葉を切ると、また静かな微笑みを浮かべ、話を続けた。】
「貴女の肉体の主導権は…私に譲渡されています。『貴女の魂の裏側から、表側に立たされた』事によって。」
『貴女の魂の内側で眠りについていた私と意識が入れ替わり、この場所へと辿り着いてしまったのです。』
「あなたは…あなたはなぜ私の中に居たのですか…?そもそもとしてあなたは…」
【彼女のその問いかけを聞いたエリザベートは静かに首を振り、言葉を返した。】
「今はまだ話すべきではありません。貴女の成長と、貴女と共に歩んできた彼等の心の平穏の為に…そして、世界の為に。」
「それは…どういう意味でしょうか…?」
「貴女が『血を統べる者《Ruler of Blood》』の力と向き合い、成長する為に。貴女の仲間である彼等に、『血を統べる者』の強大な力の恐怖を植え付けない為に、そして、私が世界の終焉を阻止する為の最終兵器として存在する為です。心苦しいのですが…今は話すべきでは無いのです。」
彼女の意思を完全に把握出来た訳では無いが…
情報の優位性を守る為だと考えるなら…納得するしかないだろう。
「…分かりました。私は、あなたを信じます!」
「信じてくれて嬉しいです。今は話すことが出来ませんが、この旅が終わる時…又はこの旅の途中で貴女達が成長を遂げた時には、真実を少しづつ明かして行くと約束しましょう。」
「はい!ところで…私の体の主導権は今、あなたにあるんですよね?」
「そうです。」
「その主導権を私に戻す事は可能ですか?」
「今すぐには無理です。ですが彼は死の間際に、それも『魔力』を消耗した状態で貴女に魔法をかけたので… 『反転せし虚像』の持続時間は約1~2分程度です。その時間が過ぎれば、貴女に肉体の主導権を返すことが出来ます。」
「ではその間に私は…」
「貴女はここで座って待っていて下さい。」
「ですが私にも何か出来ることは…」
【ジョゼフィーヌが全てを言い終えないうちにエリザベートは席を立ち、ジョゼフィーヌに背を向けてどこかへと歩き出した。】
「あの…一体どこへ?」
「貴女の3人のお友達の救助に行ってきます。そして…」
【彼女はそこで言葉を切って立ち止まり、振り返らずに言葉を続けた。】
「貴女の姿を騙り、魔法とすら呼べない低度の低いモノを使用した愚者を消します。」
「…ッ!?」
【エリザベートのその言葉と声からはとてつもない殺意と怒りが溢れ出ており、彼女の純白の長髪が銀色の光を帯び、髪の先が一瞬だけ上方に浮き上がった。】
なんという殺気だ…ッ!
私が今までに感じたことの無い…
生物の本能に訴え掛けて来るかのような恐怖と殺気!
『禁域』で私に向けられた何者かの視線にも近しい程のものだ…
「では、行ってきます。貴女はそこで目を閉じていて下さい、面白いものを見せてあげましょう。」
「ま…待って下さい!」
【彼女がエリザベートに声を掛けた時には遅かった。】
「な…風が……!?」
【突然、強風がジョゼフィーヌの後ろから吹き付けた。強風に巻き上げられた周囲の青い薔薇の花弁がエリザベートの姿を覆い隠すと、そのまま花弁とともに彼女の姿が消えさった。】
今…私に出来ることは無いのだろう。
それならば…彼女の言葉に従ってみるとしよう。
【ジョゼフィーヌは蔓で作られた椅子に座って目を閉じ、独り言を呟いた。】
「どうか…皆さんが無事でありますように…」
あとがき
ここまで読んで頂きありがとうございました!
今回は少し複雑でしたが、ジョゼフィーヌについてやエリザベートとの関係性についての内容を…ほんのちょっぴりでも知ることが出来る回になったのではないでしょうか?
今回の話を出すにあたって、内容を書く際に色々と迷ってしまったため投稿が遅れてしまい申し訳ないです!
ですが、次回の話の展開は既に思いついているので、次回はなるべく早く出せるかと思います!
そして宣伝になるのですが、近々YouTubeの方で小説の宣伝の為にも、第一部「夢現の狭間」の動画バージョンや、この小説の元になったオリジナルシナリオのリア友とのリプレイ動画など、その他にも自分が出してみたい動画を投稿してみようかなと思っていますので、もしもYouTubeを初めた際は、どうぞよろしくお願い致します!
それでは次回をお楽しみに!