表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

第二部「破滅を照らす者:断罪の天秤」その16

目次


第55章「己の姿」

第56章「蘇る記憶」

第57章「化学反応」

第58章「先生としての責務」

第59章「桜」

第60章「教え、導く者」

あとがき


投稿が遅れてしまい誠に申し訳ありません!

期間が空いているので、

『断罪の天秤:その13』を読むことをおすすめします!



第55章「己の姿」


「⬛︎⬛︎ちゃんが…東側の校舎の1階のトイレに行ったきり帰ってきてないって…!」


「しかも東側ってあの廊下の向こう側のとこでしょ?あっちはボロいから工事してる場所もあるって聞いたし…」


【春喜の頭の中を、学生達の会話の内容と焦燥感が支配していた。】

「はぁ…はぁ…ッ!」

【彼は今、静まり返った校舎の廊下を全力で走っていた。東棟に差し掛かると、床が木の板に変化し、彼が走る度に木の板が軋む音が鳴り響く。】


挿絵(By みてみん)


「急がないと…!」

名前の部分は何でか聞こえなかったけど…

今はそんな事はどうだっていい…

とにかく走らないと…

いつそのはぐれた子が不審者と鉢合わせるか分からない!

【彼はそう考えながら2階から1階への階段を駆け下り、1階の廊下に到着すると同時に左右を見渡して、はぐれたであろう学生の姿を探していた。】

「東棟の1階のトイレは確か…玄関の近くのはずだ…ここから…右の方に!」

…どうして…僕がこの場所を知ってるのかは分からない。

でも…それは後で考えるしかない!

【彼は独り言を呟きながらも右の方へと走って行った。すると、靴箱が並ぶ昔ながらの玄関のすぐ傍に、トイレの標識が見えた。】

「あそこだ!」

【彼がトイレへと近付いた時、女子トイレの中から女子生徒と、何かを持った大柄な男が出てきた。そして、男は廊下の奥へと逃げようとする生徒を追い掛けていた。】

「嫌っ…助けて!来ないで!!」

「アハはぁ…ハッハ!兎狩り!兎…兎兎兎…!」

【叫びながら逃げる生徒を、男は支離滅裂な発言をしながらスキップする様に追い掛けていた。その様子を見た春喜は思わず背筋が凍りつく程の恐怖を感じたが、彼はすぐに決意を固めて2人の後を追いかけた。】

「待て!その子に近付くんじゃない!!」

「へっへっ…ひっ…ヒヒヒっ!?アハハ!待ってよ〜兎ちゃーん!」

くっ…駄目だ!

話が全く通じないし…僕には目もくれない!

それに…彼が手に持ってるのは…

【春喜は走りながら不審者の手に握られている物を見た時、全てを察した。】

「注射器か…!」

あの支離滅裂な言動は…麻薬か覚醒剤の影響だ!

今はあの子の方が早く逃げれてるけど…

早く対処しないと追い付かれる…

もしも…彼があの子に追い付いたら…

【彼は脳内に広がる最悪の場面を振り払うかのように、全力疾走による脇腹と肺の痛みを無視して走る速度をあげた。】

絶対に…そんな事にはさせない…!

大丈夫だ…もう20m位まで近付いて…?

【突然、彼の視界の位置が少しだけ低くなり、自身の体がいつもよりも軽く感じられた。しかし、その代わりに彼の体力が一気に減り始め、足も遅くなりだした。】

「なっ…一体何が!!何で…急に……足が…遅く…!」

【彼が自身の身体の変化に気付いた時、廊下の窓に反射して薄らと自身の姿が映っているのが見えた。足を止めることなくその姿を確認した時、また学生達の会話の様子が脳内に響いた。】


「春喜先生ってあんまり強そうには見えないしな…めちゃくちゃ細身だし…」


「どうして…僕の身体が…」

こんなに細くなってるんだ!?

【その時、どこからともなく女性の声が聞こえた。それは、テミスの声だった。】

『理由は単純よ。これは貴方の過去の記憶の再現…今の貴方の身体は、過去の状態に戻ってるのよ。恐らく…貴方の身体が強くなったのは記憶喪失の後ね。さぁ、見せて?貴方はこれから…どんな行動をとったのかを…』



第56章「蘇る記憶」


「僕は…これから…」

僕は一体…何をしたんだろう…

僕にはこの時の記憶は無い…もしかしたら…

彼女を助けられなかったのかもしれない…

でも今は…

「そんな事は…重要じゃない!大切なのは…あの子を助けることだけだ!」

【彼が決意を新たにすると同時に、彼の頭の中に少しずつ記憶が蘇り、東棟の構造と状況を理解し始めた。】

「確かこの先は行き止まり…だけど…理科室があったはずだ!」

今の僕には力が無いけれど…まだ考える頭だけはある!


「しかも東側ってあの廊下の向こう側のとこでしょ?あっちはボロいから工事してる場所もあるって聞いたし…」


確かこの棟は工事中…だとしたらきっとドアはもう外されてるか、鍵が掛かってないかもしれない。

ここから全力であの子に声をかけて指示を出せば…!

「おーい!奥の出入り口から理科室の中に入って、手前の出入口から逃げてくるんだ!!」

【春喜の呼び掛けに生徒は一瞬だけ後ろを振り返ると、驚いた様な声を出した。】

「えっ!春喜先生!?」

「止まらないで!僕の言った通りにするんだ!」

「せ…先生!うん…分かった!」

【彼女は走りながら春喜に返事を返し、彼の存在によって力が出たのか、先程より足が早くなった。】

よひ!これでいい…後は…

「彼をどうするか…!」

【春喜が2人を追いかけて走っていると、遂に理科室が見え始めた。彼はその理科室に近づくにつれ、懐かしい気持ちと共に記憶が蘇り始めた。】


挿絵(By みてみん)


「そうだ…確かここの理科室には大きな棚がある…だけどそれは…だんだん劣化してきてたんだ!」

棚とその中身を利用したら…何とかなるかもしれない!

【彼がそう考えていると、生徒は春喜が指示した通りに奥の出入口から理科室へと入った。それを見た不審者も同じ様に彼女の後を追いかけて理科室へと入る。】

やっぱりそうだ…

今の彼には正常な思考能力が無い!

これで彼女は逃げられるはずだ!

あとは僕が手前の出入口から入って…

「彼を…止めるしかない!」

実験台と壁との間には椅子があるから、彼女がそこを通る事は無い…

そして、彼もその後を追いかけて来るとしたら…

中央部分で向かい合って彼を止められる!


挿絵(By みてみん)


「後は…これも持って行こう!」

理科室は火を使ったりするから、もしもの時のためにコレが置いてあるんだ!

【彼は独り言を呟くと理科室にあった消火器を手に持ち、消火器の安全ピンを抜いた。】

「よし…行こう!」

何があっても…絶対にあの子を守ってみせる!



第57章「化学反応」


「はぁ…はぁっ!」

【春喜が理科室へと入った瞬間、前から女生徒が息を切らせながら走って来た。その時、彼女と彼の目が会った瞬間に、春喜は彼女の名前を思い出した。】

桃香(ももか)さんッ!そのまま体育館へ逃げて、他の先生にも伝えるんだ!彼は薬物乱用者だ!」

【彼が彼女にそう告げると、桃香は理科室を出る前に彼に声を掛けた。】

「でも…せ…先生は!」

「早くするんだ!君は後ろを振り返らないで良い!」

【彼が強い口調で彼女にそう言うと、彼女は少し驚いた様な反応を見せたが、力強く頷くと廊下へと足を進めた。】

「…ッ!分かった!先生…絶対に戻ってきてね!」

【彼女は彼にそう告げると、また廊下の方へと戻って走り出した。春喜は、彼女が遠ざかっていく足音を聴きながら安堵の表情を浮かべると共に、目の前に迫る不審者へと向き直った。】

「そこの君…直ぐに止まるんだ!」

【春喜は、優しく力強く彼に語りかけたが、彼は依然として奇妙な言動を取り続けていた。】

「はははっはぁあぁぁおあぁあ!あぁ…アハッ!ひゃ…ひゃひゃっ!!クマさーん!遊ぼぉ〜おぉ!?」

【不審者は、不気味な笑い声を上げながらクネクネと動き、実験台や椅子にぶつかりながら春喜に向かってきた。】

「くっ…ダメか…やるしかない!」

【彼は覚悟を決めると、消火器のホースを彼に向けてレバーを握った。白い消火剤が不審者に向かって放たれ、理科室の中を白色で覆い隠していく。】

「綿あめ?綿っ!ワタワタワタ!!」

【男は白い煙に気を取られ、興奮気味に身体中を振り回していた。その様子を見ていた春喜は、冷静に思考を続けていた。】

今の僕と彼とじゃ体格差が大きすぎる。

それに…彼は何が入ってるかも分からない注射器を持っている。

こんな状態じゃ…僕が彼を拘束なんて出来そうにない…

他の先生が来るのを待つ?

いや…他の皆さんを危険な目に遭わせる訳にはいかない!

警察が来るのを待つ?

ダメだ…それまで彼をここに留められる可能性も低いし…いつ薬の効果が切れて暴走状態に陥るか分からない!

なら…僕が彼を止めるしかない。

【彼は薬品や実験器具の入った大きな鉄製の棚の前に立つと、鍵のかかった戸のガラスを消火器で叩き割った。大きな音と共にガラスが割れ、破片が周囲に飛び散る。そのいくつかの破片が彼の腕や顔に切り傷を作るが、彼はそれを無視して棚の奥へと手を伸ばした。】

「…よし!」

【彼は目当ての物を見つけると、それを急いで取り出した。道具の入っている方からはマッチを取り出してポケットへ入れ、薬品の方からは亜鉛、酸化カルシウム、水酸化ナトリウムを全て取り出して男の方へと投げつけた。それが男の足元に落ちたのを確認した春喜は、最後に硫酸が入った瓶を男の足元に投げつけた。】

「ああぁあああ!!?痛いっ!痛い痛い!?ひっ!イヒヒっ…くすぐったい!?あはっあはっ!シュワシュワ!!」

【彼が投げた硫酸が入った瓶は男の足元で割れて、彼の靴や先程足元に投げた物を溶かし始めた。不審者の男は痛みを感じて居たようだが、それらは直ぐに快楽へと変わっていった、】

「本当に恐ろしいな…」

でも…これから僕がやろうとしていることの方が…

「いや、もう後には引けないんだ!」


挿絵(By みてみん)


【春喜はそう呟くと、理科室内にある全ての実験台に駆け寄り、台に備え付けられているプロパンガスガスの元栓を開き始めた。】

今の彼は理科室の中心に居る…

暫くは消火剤と硫酸で気を取られて動かないはずだ!

今、この理科室には扉が無い…

確実性を求めるなら、彼がこの理科室の中心に居ることと…

可燃性ガスの量が全てだ!

【彼がガスの元栓を開いている間に、男の足元に投げた物がシュワシュワと大きな音を立て始めた。その音を聴いた春喜は、最後の台の元栓を開くと同時にポケットからマッチを取り出しながら、男の元へと向かった。】

ガスの元栓は全部開いた…

あの音からして亜鉛と酸化カルシウムと水酸化ナトリウムは硫酸と十分に反応した…

硫酸とこの一つ一つの物質が反応した時に発生するものは…全部が可燃性ガスだ!

「これで…準備は整った。」

【彼はそう言いながら、マッチを箱から取り出して、マッチ棒の先を箱の側面に当てた。そして、彼は不審者の爪先から頭までをゆっくりと眺めながら、言葉を紡いだ。】



第58章「先生としての責務」


「君にも…お父さんやお母さんが…大切な家族が居たはずだ。そうじゃなくても…これまでの人生の中で、色んな人に助けられたり…その中でも恩人や友人ができた事があったはずだ。」

【彼は優しく、そして穏やかに男に語りかけた。しかし、男はそんな彼には目もくれずに自身の足元を見つめて笑っていた。そんな男に対して、春喜は語りかけることを止めずに話を続ける。】

「なのに君は…そんな物に手を出してしまった。一瞬の快楽と永遠の苦痛を残す薬に…きっとそれ程までに…これまでの人生を棒に振ってしまいたくなるほどの事に、君は直面してしまったんだろうね…」

【春喜は自身の震える手を見つめると、頭を左右に軽く振って、また男を見つめた。】

「辛かっただろうね…僕には君が…どんな人間で、どんな人生を送ってきたのかを知らない。でも…君は、他人を傷つけて自分の幸せを手に入れたいと願う様な人間じゃなかったはずだ。だって…もしも君がただの殺人鬼なら…初めから薬なんて使わなかったはずだ。でも君は…その薬のせいで、誰かを傷つけようとしている事に気づけてないんだ。」

【春喜は目を閉じて言葉を切ると、先程よりも力強く、そして、優しさと決意が入り交じった声で語り続ける。】

「君はきっと悪くないはずだ。でも…だからといって、違法薬物に手を出したこと、それで誰かに危害を加えることは許される事じゃない…!君は、夢と希望を持つ子供達に危害を加えようとした…そして、平和な日々を過ごす人達に危害を加えようとした。だけど…君はきっと、誰かを傷つけることは望んでない…そうじゃないかな?それに僕だって…自分の生徒や周りの人を守る義務がある。だから…僕は…」

【彼はそこで言葉を切ると、マッチ棒を持っていた手に力を込めた。】

「君にこれ以上の罪を重ねさせない為に、僕は皆を守る為に…僕は君と…ここで死ぬよ…!」

【彼がそう言い放つと、マッチ棒を箱に擦り付けて火をつけた。】

「ごめんね…」

【その瞬間に火がガスに引火し、瞬間的に燃え移ったことによって爆発が起きた。そのとき、男がこちらを見つめた。春喜はその瞳の奥に、彼の過去を見た気がした。】

ごめんね…

僕に力があれば…こんな事をしないで済んだかもしれないのに…

君に、辛い事を背負わせたまま…君の命を終わらせてしまった…

君だって…良い人生を送りたかっただろう。

でも、皆だって良い人生を望んでるんだ。

これは僕の勝手な考えだけれど…これが現状での最善の選択だったと思うんだ。

君は違法薬物に手を出してしまった…

そのうえで誰かを傷つけたり…殺してしまったのなら…

君は一生を刑務所の中で、償えない罪を背負って生きていくことになる。

そして僕は、君を殺す事で皆の命を守る事ができる。

でも、それは許されるような事じゃない…

だから僕は…君を殺してしまった罪を償う為に、君がこれ以上苦しまない為に…君と一緒にここで死ぬ事にしたんだ。

【赤く燃え上がる炎と爆発が彼等を包み込み、古びた天井や壁が彼等に降りかかる。それが春喜の頭上に落下し、彼の意識を奪っていく。意識が事切れるその瞬間にも、彼は懺悔を続けた。】

「ごめ…ん……ね…」

僕に力があれば…

僕に…君みたいな恵まれた体があれば…

こうはならなかったのに…

もしも…次があるなら………

もっと…強く…ならないと…ね…

【そして、彼の意識は完全に暗闇の中へと落ちていった。】



第59章「桜」


あ…れ?

ここは…?

【春喜は陽の光が入り、青空が見える病室の入口に立っていた。彼の目線の先には1人の黒髪の少女と、その隣のベッドで眠っている男性の姿が見えた。春喜は、その少女の後ろ姿に見覚えがあった。】

「ねぇ、先生…あの時…私のことを助けてくれて…本当にありがとう…ごめんね…先生。あれから色んなことがあって…やっと先生の居る病院にこられたんだ…もう…あれから3日も経ったんだよ?」

【ベッドの上の男性は彼女の声に反応せず、ただ目を閉じている。】

「ねぇ…先生!もう起きてよ!警察の人だって先生に話を聞きたいって言ってるんだよ?それだけじゃなくて…私達だって…早く先生と勉強したいよ…!また…理科室で色んな実験とかさ、楽しい事をもっと教えてよ…!春喜先生…!」

春喜先生?

じゃあ…あそこで眠ってるのは僕か…!

今の僕は…僕が入院してすぐの自分の記憶を見てるのかな…?

【彼がそう考えていると、看護師が少女の元へと近づいて何かを語りかけていた。それと同時に空間が歪み初め、場面が変化した。今度は、ベッドの周りに警察官と医師が立っており、春喜も起きていた。】

西村 春喜(にしむら はるき)さん…貴方はあの時のことを覚えていますか?理科室が爆発した時の事です。」

「う〜んと…なんの事かさっぱりっすね。」

「うん…?」

【春喜の話し方に違和感を持った警官のひとりが、他の警官に話しかけた。】

「事前に聞き込んでおいた情報と彼は…話し方と雰囲気が違わないか…?」

【それを聞いた医師は、警官に手招きをして春喜から少し離れた位置で話をした。】

「実は…春喜さんはあの事件の際に、爆発によって崩落した棟の落下物によって脳に強い衝撃が与えられているようでして…それによって、記憶喪失に陥ってしまっているのかと思われます。そして…今は記憶喪失によって、以前の自分を思い出すことが出来ず…今の春喜さんは、本来の人格とは異なる状態にあるのです。」

「あぁ…そういう事でしたか…」

「それは…お気の毒に…しかし、我々もこの事件について調査する義務があるのです。もう少しだけ、春喜さんにお話を聞かせて頂いても…?」

「…そうですね。あまり効果があるとは思えませんが…幸いな事に命に別状はありませんので、リハビリの時間までは聞き込みをどうぞ。」

「ありがとうございます。」

【すると、また場面が変わり初め、初めの場面の様に切り替わった。相変わらず空は晴れ、病室には暖かな陽の光が射し込んでいる。】

「良かったね、先生!あの爆発のせいでぜ〜んぶ燃えちゃったから、先生が爆発を起こしたんじゃないかって確かめる為の証拠も何も見つからないし、先生にも記憶が無いから、先生は悪くないってさ!私は…初めから分かってたけどね!」

「あ〜…そうなんすね。」

「ふふっ…やっぱり…先生のその話し方…まだ慣れないなぁ…ねぇ、先生…立てる?」

「立てるっすよ。」

「こっちに来て、窓の外を見てよ!」

【少女は春喜を立たせると、病室の窓へと手を取って歩いた。】

「今日は、4月5日!もうすっかり春だね!」

「お日様があったかいっすね。」

「そうだね〜!ねぇねぇ!あそこを見て!」

【少女が指を指したその先を、患者服をまとった春喜が眺める。】

「綺麗な桜っすね。」

「そうそう!ここから見える桜も好きなんだよね!」

「ここからって事は、他のとこもあるんすか?」

「うん…そうだよ!ねぇ…先生…」

【先程まで明るかった少女の声が、暗く沈み、震え始めていた。】

「どうしたんすか?」

「いつかここから退院出来たら…また皆で、いつもの場所から桜を見ようよ。あそこから見える景色が一番好きだから!」

【その時、記憶の場面を見つめていた春喜の意識が、少女の隣に立つ自身の中に乗り移った。彼の目に映る彼女は、明るさを保とうと必死になりながらも、涙を流していた。】


挿絵(By みてみん)


桃香さん…!

【春喜がその瞬間を見た時、空間が歪んで『いつもの場所』に変化した。そこは、彼が教師を務める古びた田舎の高校。その校舎の屋上だった。そこから見える山には大量の桜が咲いており、美しい光景が広がっていた。】



第60章「教え、導く者」


僕は…思い出したよ…

やっと…思い出した!

僕が身体を鍛え始めたのはきっと…二度とあんな事を起こさない為だ。

僕が忘れていた記憶は…皆との大切な思い出だ…

僕は…皆の先生だ…

皆に化学を教えて来た…

「皆の…先生だ!」

「貴方は…ついに自分の過去と『罪』を思い出した様ね。」

【テミスはその言葉と共に、天秤を持って彼の前に姿を現した。】

「さぁ、貴方はどうするのかしら?貴方は不審者とはいえ、1人の人間を殺した…この『罪』を…貴方は認めるの?」

【そう問いかける彼女は、どこか躊躇っているような雰囲気があった。しかし、春喜は彼女の目を見つめてはっきりと答えた。】

「僕は自分の罪を認めるよ。僕は…『有罪』だ。」

【彼がそう言った瞬間。彼女が持つ天秤が軋むような音を立てて傾き、光を放った。その瞬間、彼の手に痛みが走った。彼の手には、完全に『烙印』が刻まれていた。】


挿絵(By みてみん)


【彼の返答にテミスは動揺を隠しつつ、彼に質問した。】

「貴方は迷うことも無く自ら罪を認めたわね…それは何故かしら?」

「それは…僕がした事は許されるような事じゃないからだよ。僕は…犯罪者とはいえ、1人の人間の命を奪った…それは許される事じゃない。誰かを守る為であっても…どんな人間も…死ぬべきじゃない。それを知っていながら…僕は皆の為にとか…彼の為にとか…そんな自己中心的な考えで彼を殺した。それは…許されちゃいけない『罪』なんだ…」

「そう…貴方は馬鹿ね…」

【テミスはそう言い放つと、彼には聞こえない様な声で呟いた。】

「本当に…底無しの馬鹿…貴方に何の『罪』が…」

【テミスは掲げていた天秤を下ろすと、彼に冷たく言い放った。】

「貴方はこれで、完全な『有罪』が確定した。この『裁魂の間』から出た時が貴方の終わりよ。」

「…いいや、終わらせないよ。僕は皆との大切な思い出と…僕が奪ってしまった彼の命を背負って…これから先も生きていくよ…!」

【テミスは春喜の言葉を聞きながら、静かに姿を消した。その瞬間、柔らかな風が吹き、大量の桜の花弁が空に舞い上がると、春喜を包み込んだ。】

「僕は絶対に守ってみせる。そして…皆とまた、未来を進んで行くよ!僕が皆を導いてみせる!」

【そして、桜は彼の姿を覆い隠した。】



あとがき


今回も投稿が遅れてしまい申し訳ありません!


今回は春喜の過去が明かされましたがいかがでしょうか?

今1度、第一部からここまでを読み返してみると、春喜の言動に納得が行くかもしれませんね!


ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!

感想やコメントもお待ちしております!


それでは次回をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ