第二部「破滅を照らす者:断罪の天秤」その15
目次
第50章「忘却の思い出」
第51章「2人の少年」
第52章「有限の出会いと永遠の別れ」
第53章「天皿にさえ計れない心」
第54章「永遠の残光」
あとがき
第50章「忘却の思い出」
【日の沈んだ公園の前には、ボンネットが凹んだ車と共に血溜まりが広がっていた。その光景を見た流輝の脳内には、思い出すべきでは無かった、あるいは忘れるべきでは無かった『罪』の記憶がフラッシュバックした。】
「あ…あぁ…優…斗…?」
『ユウト…それが貴方の友人の…被害者の名前なのね。じゃあ、最後のひと押しをしてあげる…貴方が全てを思い出す為の最後のひと押しを…』
【テミスのその言葉は、呆然と立ち尽くす流輝の耳にはとても残酷な響きを伴って聞こえた。テミスが口を閉じるとほぼ同時に、車の前に広がっていた血溜まりが動き始め、やがてそれは人の形に変形して声を発した。】
「りゅうき…ひさしぶりだな。」
【それは赤黒い血の影でできた少年の姿をしており、かすれた声で流輝に話しかけた。】
「…そうだ。俺が…俺が優斗を…あ…あぁ…何で…何で俺はずっと…」
優斗の事を忘れて…当たり前に生きてたんだ
本当なら…
「俺が…俺が死ぬべきだったのに…」
【流輝は少年の声を聞くと、静かに涙を流しながらその場に崩れ落ちた。彼の心は、罪悪感に支配されて光を失っていた。その時、テミスの声が聞こえた。】
『さて、被害者の彼に直接話してもらおうかしら…事件の全貌を…』
【彼女がそう言い終えると、少年の影は口を開き始めた。】
「なぁ、おぼえてるか?おれとおまえは、トモダチだったよな。おまえはよく、いろんなやつらになかされてたよな…」
【少年の言葉と共に、流輝の脳内に小学校時代の記憶が鮮明に流れ始めた。それは、子供達の声がうるさい程に響く休み時間の廊下での記憶だった。】
「俺は地味で、ドジで、運動だってできなくて…上手にできることなんて無かったから…いつもいつも皆に馬鹿にされて…その度に……俺は…優斗に…助けて貰って…!」
「そうそう。おれはいつもおまえをたすけてたよな!でもさ、はじめてあったときは…おまえがおれのことをたすけてくれたんだぜ?」
「…へ?」
「ほら!おもいだせ!」
【少年がそう言うと、流輝の目の前に流れ星の刺繍がされた青いハンカチが現れた、彼がそれを見た瞬間に、この公園での記憶が蘇った。】
第51章「2人の少年」
「おれはバカだからさ、いつもあそんでばっかりで、よくけがもしてさ…ここってたのしいけど、じめんがいしだろ?ここでころんじゃったときに、おまえがそれでたすけてくれただろ?」
「いや…俺は…ただ……当たり前の事を…」
「でもさ、おれはうれしかったし…おまえのこと、カッケェっておもったんだぜ!だから、がっこうでおまえにあって、トモダチになったんだぜ!」
【少年のその言葉を聞いた流輝の瞳からは、更に涙が溢れ始める。】
「そう…だった…懐かしいな……それで…学校で優斗とずっと一緒で…学校が終わってもさ……2人で一緒に帰ったり…この公園で……遊ん…で…!ずっと…大きくなっても…一緒に居られるって…思ってたのに……!」
【流輝は大粒の涙を流し、嗚咽で言葉が出なくなった。彼は少年の影の前で両手と頭を地面につけ、うずくまった。彼は、完全に思い出したのだった。幼少期の最愛の友人との素晴らしき思い出と、忘れてしまいたくなる程に残酷な永遠の別れの理由を。】
「優斗が…家族の事情で別の場所に引っ越すって聞いてさ…学校も転校しちゃうから…会えなくなるって……だから、最後に長く遊ぼうって…俺が誘って…優斗とこの公園で…ずっとずっと…」
「ほんとうにうれしかったぜ!おまえとはなれたくなかったし…はじめておまえからあそびにさそってくれたし…ほんとにたのしかったよな!」
【そう語る少年の声は、心の底から楽しげだった。】
「だけど優斗は…本当は体が弱くって……たまに咳が止まらなくなっちゃって……それが……暗くなったから帰ろうって俺が言って…帰る時に…車の前で……優斗が…!」
【その時、テミスの声が聞こえてきたが、彼女の声は何故か沈んでいた。】
『そう…貴方は彼と帰ろうとした。しかし、日が暮れて視界が悪くなったこと、貴方達が幼いが故に背が低かったこと、車の運転手が歳をとっていたことが悲劇を招いた…』
【彼女がそこで言葉を切ると、少年の影が揺らめき始め、彼が激しく咳き込み始めた。】
「ゲホッ…ゲホ…ゲホッゲホッ!」
「優斗…ッ!」
【流輝は、咳き込み始めた少年の元に駆け寄った。少年の咳は更に激しくなり始め、口と思われる部分から血が流れ落ち、彼の体が不自然に歪み初め、その場で倒れた。その時、流輝は少年が吐いた血溜まりに何かが映っているのが見えた。それは、2人の少年の姿だった。】
第52章「有限の出会いと永遠の別れ」
『ゆうと…もう帰ろうよ。』
『え〜!もっとあそびたいよ!』
『でも、もう暗くなってるよ!俺だって遊びたいけど……もう…帰らないと…』
『…そうだよなぁ。じゃあ、帰るか!』
「これは…ッ!」
俺と優斗の…
最期の…思い出…
【血溜まりに映る2人の少年は、お互いに寂しさと悲しさを秘めた笑いを浮かべながら、公園を出て歩行者信号の前に立つ。信号は赤信号で、その赤い光が彼らの頭上を照らしている。】
『なぁ、流輝…』
『どうしたの?優斗…』
『俺達さ…また…会えるよな?』
『きっと会える…いや、絶対に会える!俺が大きくなったら絶対に会いに行く!』
『俺達は…大人になっても…トモダチだよな?』
『ちがうよ!おじいちゃんになっても…それで死んじゃっても、生まれ変わってもトモダチだよ!!』
『ははっ…はははははっ!』
『な…何で笑うのさ!』
『やっぱりお前は変なヤツで、いっちばんカッコイイヤツだよ!』
『い…いきなりやめてよ!あっ!信号かわったよ!』
『うん…渡るか。』
【そうして笑い合う2人の笑顔と声は、暗闇を照らすほどの希望に満ち溢れていた。2人は歩みだし、信号を渡って行く。】
「ダメだ…ダメだ!」
頼む…引き返してくれ…!
そこを渡ったら…優斗は…!
【彼の悲痛な懇願を、過去と運命は聞き入れてはくれなかった。何も知らない2人の少年は歩みを進めていく。2人が道路の中央付近まで歩みを進めたとき、片方の少年がその場で激しく咳き込み始めた、】
『ゲホッ…エホッエホッ…』
『優斗!だいじょうぶ!?』
『エホッエホッ…げホッ…りゅう…きっ…』
『だ…だいじょうぶ…まだ青信号だし!ほら、早く渡ろう!つかまってよ!』
【彼がそう言いながら手を伸ばすが、少年はその場で両膝をつき、体を折り曲げながら咳き込む。その時、道路の向こうから光が迫ってきた。それは、白いトラックだった。】
『えっ!?なんで…!?まだ信号は変わってないのに!』
『ゲホ…ゲホゲホッ…りゅう…き…!』
『優斗!早く行こう!!このままじゃトラックが…!!』
【白いトラックが、クラクションと共に彼らに迫る。しかし、少年はの咳は治まらずにその場で座り込んでいた。その少年を助けようと、もう1人の少年が彼の腕を掴んで力任せに引っ張っていたが、彼は細身で力が無く、咳き込む少年はビクともしなかった。】
『りゅう…きッ!』
『優斗!!』
【ブレーキ音とクラクションが鳴り響く中、死の光が彼らに迫る。その瞬間、咳き込んでいた少年は両膝をついたまま、目の前に立つ少年を突き飛ばした。】
『…え?』
【咳き込んでいた少年はその勢いのまま完全に地面に倒れ、彼は突き飛ばした少年に向かって笑いながら言った。】
『じゃあな…バイバイ…!』
【そして彼のその姿はトラックに掻き消されると、激しい衝突音と共に何かが潰れるような生々しい音が響いた。その瞬間、意識が遠のいていくかのように血溜まりの映像が消えた。】
「うあぁ…あ…あぁ…うわぁあぁああぁぁぁぁああぁあ!!!」
【その映像を見た流輝は、悲痛な叫び声を上げた。彼にはただ、地面に横たわる少年の影の前で膝をついて叫ぶことしかできなかった。無力な彼には、そうすること以外に選択肢が無かった。】
「俺が…俺があの時に…もっと無理やりにでも早く帰ろうって言ってたら…俺が遊びに誘わなかったら…俺にもっと力があったら……俺が…俺が…優斗と…会わなかったら…優斗は…きっと今も…!」
「そう、生きていたでしょうね。貴方がもっとしっかりしていれば、貴方にもっと力があれば、貴方がこの世に居なければ…さぁ、審判の刻よ。」
【突然、テミスが彼の前に姿を現し、彼の前で天秤を掲げた。その声と表情は暗く、まるで彼に同情するかの様な雰囲気さえ感じられた。】
「貴方は…この『罪』を認めるのかしら?」
「俺は……俺は…!」
【彼が震える声で言葉を紡ごうとした時、倒れていた少年の影が立ち上がり、はっきりと声を出した。】
「俺は認めねぇ!」
第53章「天皿にさえ計れない心」
「え…?優……斗…?」
【少年は大声で叫ぶと、テミスに指を指した。】
「俺はこんなの認めねぇ!コイツが悪いわけないだろ!本当に悪いヤツは…信号無視したジジィとお前だ!!コイツのせいじゃないことを押し付けるなんて最低だ!!」
【その言葉が響くと共に、テミスが持っていた天秤が揺れた。彼女は、彼の言葉に歯を食いしばり天秤を強く握り締めていた。】
「魂が暴走してるのね…死者よ、私は貴方に発言を許可していない…貴方は既に証拠としての役目を果たした。大人しく冥界へ帰りなさい!」
【彼女の高圧的な態度と声に怯むことなく、少年は叫び続ける。次第に彼の話し方は先程までのような幼稚なものから、しっかりとした話し方へと変化していく。】
「何が『罪』だ!俺は初めから…コイツが悪いヤツだなんて思ってねぇ!!あんなのはただの事故だ!」
【少年はそう言うと流輝の方へ振り返り、彼の肩を掴んで揺らした。】
「お前だって酷いやつだ!」
「…そうだよ。俺は…優斗のことを殺して…忘れて…!」
「違ぇよ!!」
「え…?」
「俺とお前が会わなかった方が俺にとって良かったって思ってんだろ?お前が俺に殺されたって思ってんだろ?俺がお前を恨んでるって思ってんだろ?」
【彼の畳み掛けるような問いかけに、流輝は思わず目を伏せた。】
「全部違ぇよバカ野郎!俺は…!」
【少年はそこで深呼吸をすると、また大声で話し始める。】
「俺はお前と一緒に居られて楽しかったし嬉しかったんだ!それに、お前は最後まで俺の事を助けようとしてくれただろ!俺はお前に生きて欲しいって…俺は助からないからお前だけでもって、そう思ってお前を助けたんだ!なのに…お前は俺に恨まれてるって思ってたのか?俺と会わなければ良かったなんて言うのか!お前から見た俺は…お前に八つ当たりする様な最低な奴に見えるのか!?」
「違う!それだけは絶対に…!」
「じゃあ立てよ!ずっとずっと…俺の事で後悔ばっかりしてないで立てよ!俺はただ、昔に一緒に居ただけの友達か?違うだろ!お前が言ったんだろ…死んでも、生まれ変わっても友達だって!」
【少年のその言葉に、流輝はハッと顔を上げて目を大きく見開いた。その目は潤み、涙で瞳が揺れていた。そんな彼に、少年は手を差し伸べた。】
「立て、立ってそのまま振り返るな!お前は何も悪くねぇよ!お前は誰かを助けられるカッコイイやつで…俺の一生の…永遠の親友だろ!!お前と俺との思い出を『罪』だなんて言わせねぇ!俺は死んじまった後もお前と一緒に居たんだ…これからも一緒だ!これから先も、お前はずっと俺と生きていくんだよ!」
【流輝は涙を腕で拭うと決意を固めた表情で頷き、彼の手をとった。】
「ごめん…優斗!俺はこれからも生きるよ…優斗と一緒に!!だから…」
【流輝は親友の手を借りて立ち上がると、テミスの目を見て言い放った。】
「俺は認めない!俺と優斗の思い出は『罪』なんかじゃない…俺は、『無罪』だ!!」
【その瞬間、テミスが持っていた天秤が軋むような音を立てると、天秤が徐々に黒色に染まっていき、崩壊し始めた。それに共鳴するかのように、周囲の公園の景色と空間が、少しずつひび割れて崩れ落ちていった。】
「なっ…そんな…まさか…!有り得ない…『テミス』は『法』の女神なのよ…まさか…死者の魂にこれ程までの力があるなんて…!」
「マーリンさんが言ってたんだ…『魔法』には、『心』も重要だって!だから、負ける訳が無いんだ!俺と優斗の心が…理不尽に、誰かの心に『罪』を植え付ける様な人の『魔法』に負ける訳が無い!」
【その瞬間、完全に彼女の天秤が消え去り、彼女の姿も周囲の空間と共に散り散りになって消えた。】
「別にいいわ…貴方は警戒すべき対象じゃない。貴方が『無罪』になった所で何も変わらない…せいぜい、他の3人の足手まといにでもなってなさい!」
【彼女の声が崩壊して生まれた空間の闇の中へと消えていくと、テミスの方を見ていた少年が、流輝の方へと振り返った。】
第54章「永遠の残光」
「やったな…流輝。」
「ありがとう、優斗…!全部…全部優斗のお陰だよ!」
「違ぇよバーカ…俺とお前のお陰だろ?…あっ…」
「優斗…?」
「いやぁ…もう少し…っていうかずっとこのままお前と一緒について行ってやりたいんだけどさ…」
【彼はそう言うと、自分の足元を指さした。流輝が彼の足元を見ると、彼のつま先から腰辺りまでが徐々に透明になっていっているのが見えた。】
「これは…無理かもな〜…ちぇっ…」
「そんな…!」
「ははっ!そんな泣きそうな顔すんなよ…やっぱり、お前はずーっと泣き虫なまんまだな!」
「だって…やっと優斗の事を思い出して、やっと会えたんだよ!?こんな…こんなのって…」
「俺も…そう思ってないって言ったら嘘になるけどさ…最後くらいは……お互いに笑おうぜ?ちょっとしたサプライズしてやるからさ!」
「サプライズ…?」
「見てろよ!」
【彼がそう言うと消えかけていた下半身から光が立ち上り、上半身までをも包み込んで体が一瞬だけ消え去ったが、その光が崩壊していく周囲の景色を純白の光に染め上げると、流輝と似た身長の人影が彼の目の前に現れた。】
「あっはは…流石に…綺麗なまんまでは出て来れないか…」
【そう笑う彼の体は、所々血が滲んでおり痛々しく、片目には生気が宿っていなかった。それでも、その姿は流輝にとって何にも変え難いものだった。二度と見ることの無いはずの友の笑みが、あの頃から動くはずのなかった友の成長した姿が見られたのだから。】
「俺がそのまま生きてたら、お前と同じ位の身長だったのかもな?はははっ!」
「はは…はははっ…!やっぱり…優斗はカッコイイな…」
「何だよいきなり!男から言われても嬉しくねぇよ!でも…俺ってイケメンだろ?」
「うん…カッコイイよ…どんな時も笑顔で…どんな時も俺の事を助けてくれるんだしさ…」
「おいおい、やめろって!いきなり言われるとムズムズすんだろ!それに…」
【優斗がそこで言葉を切ると、彼の頬に一筋の涙が流れた。】
「ちょっと…感動しちまうじゃん…クソっ…泣きたくなかったのにな……せめて…お前の前だけでさ…」
【彼はそう言いながら、涙を手で拭いつつ、照れ隠しのような笑みを浮かべた。そんな彼を見た流輝は、1度下を見て意を決したように頭を軽く左右に振ると、前を見て、優斗に微笑みながら手を差し出した。その手には、流れ星の刺繍がされたハンカチが握られていた。】
「ほら、使ってよ…手だけで涙が止まるわけないじゃん。俺は泣き虫だから、ハンカチを使わないと涙が止められないってことくらい知ってるんだよ!」
「ははっ…何だよそれ!やっぱり…お前は変な奴で…」
【優斗はそこで言葉を切り、ハンカチを受け取ると笑いながら言った。】
「世界で1番カッコイイ…俺の親友だ!」
【彼のその言葉と共に、周囲を照らしていた純白の光が眩い光を放ち、彼の姿を消し去った。優斗が立っていた場所でハンカチが宙を漂い、風に流されて天高く舞うと、流輝の手元へと帰ってきた。そのハンカチには、親友との思い出と涙が染み付いていた。】
「ありがとう…優斗…俺はこれからも進み続けるよ…皆と…優斗と一緒に…」
【流輝がそう言いながらハンカチを畳んでポケットにしまうと。彼の姿も光の中へと消えて行った。】
あとがき
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました!
本来は春喜の過去も出すつもりでしたが、意外と長くなってしまったので、次回も春喜の過去オンリーになってしまうかもしれません…
なので、まだまだ時間はかかってしまいそうですが、その分だけしっかりとストーリーを書いていきますので、これからも是非、読んで頂けると嬉しいです!
感想やコメントもお待ちしております!
それでは次回をお楽しみに!