第二部「破滅を照らす者:断罪の天秤」その1
目次
Prolog「傾き始めた天秤」
第1章「Morning Knockout!」
第2章「格の違い」
あとがき
Prolog「傾き始めた天秤」
「…よし、着いたぞ。」
【二人の教団員の男は森の中で立ち止まると、目の前に広がる『歪んだ空間』を見つめた。】
「周辺の『敵性探知』は済んでるが…この『空間結界』はヘカーティア様と教祖様が直々に組んだものだ……中までは分からねぇ。」
「あぁ…だが今までにターゲットの痕跡が見つからなかったってことは…まだこの中に居るってこと…だろ?」
「そうだ。俺達の任務は、テミス様と教祖様の無念を晴らすこと…」
「そして、ヘカーティア様の仇を討つことだ。」
「…手順の再確認だ。まず『空間結界内』での『放射系魔術』は使用禁止。念の為に周辺のテントからクリアリング、次にあの家の中に侵入して…ターゲットを魔法以外の方法で殺す。後は、死体の首を斬って…それをテミス様に送り届ける。」
「OKだ。確か『放射系魔術』は…『魔力』をエコーロケーションみたいに飛ばして使うから、相手が『魔力』に敏感なら気づかれるからだったか?そんで『魔法』で暗殺しないのも…『詠唱』と『魔力の流れ』で気づかれるのを防ぐため…今回のミッションはなかなか厳しいな…」
「やれるさ、俺達ならな。テミス様の直属の部隊の中でも暗殺に特化した俺らなら…」
「当たり前だろ?さっさと始めるぞ。」
「その前に…」
【男はそう言うと、ローブの内側から通信機を取り出した。】
「テミス様…到着致しました。」
【彼が通信機に話しかけると、通信機から女性の声が聞こえた。】
『えぇ、初めてちょうだい。時間はクリアリングと暗殺の実行を含めて今から10分後…それまでに連絡が無ければ、あなた達は死亡したものとして扱う…良いわね?』
「はい…必ず成功させます。」
『…期待してるわ。』
【プツンという音とともに、女性の声が途切れた。】
「よし、『隠密魔術』を頼む。」
【通信機を持っていた男は、もう一人の男に声をかけた。】
「飛び去る梟に音は無く、鴉の姿は闇に無く…生まれながらにして獲物に忍び寄る暗殺者よ!今この時、我等にその力を貸し与えよ!!」
【男がそう言い終えると、彼等を深緑色の煙が包み込んで霧散した。】
「これで俺達の気配、音、声、視線、魔力…相手に気づかれる要素は隠したが、透明になったわけじゃねぇ。」
「十分だ…行くぞ!」
【そして、2人の教団員はナイフとサプレッサーの付いたハンドガンを持ち、『歪んだ空間』へと歩みを進めると姿を消した。】
第一章「Morning Knockout!」
「中はまだ暗いし、テミス様から頂いた地図通りだが…中型テントが崩れてるな。」
「後は…血の跡も、ここにいたへカーティア様の兵士が持ってた武器も落ちてないが…何か変じゃないか?普通はローブの切れ端とか薬莢とか血の跡とか残ってるだろ?」
「う〜ん…とりあえずテントを見てまわるぞ。」
【2人の教団員は、そういうと二手に別れてテントの中を調べたが、中には争いが起きた痕跡は見つからず、荒らされた痕跡も無かった。】
「おい!武器庫は見たか?」
「武器庫はこれからだ。少し中を覗いてみる…おい!」
「どうした?」
「ハンドガンとブービートラップとナイフが無ぇぞ!」
「…ブービートラップは箱ごと消えたのか?」
「あぁ…」
「後は…武器庫の床の中心に…円形に何個も穴が開いてるんだ…」
「それが何かは分からねぇが...ブービートラップを箱ごと持っていくってのは普通は有り得ねぇんだ。何人かで必要な分だけ持っていって設置するからな…」
「じゃあ…本当に襲撃はされたのか…」
「後はあの家を見に行くか…」
「時間は?」
「残り5分だ。」
「…行こう。」
【そして2人は、家へと歩みを進めるが、片方の教団員が家の前で立ち止まった。】
「なぁ…」
「どうした?」
「…あの植物は何だ?家の玄関の足元の部分から…2階の寝室の窓の中まで伸びて…しかもあれは…青い薔薇の蕾…?」
「今はどうでもいいだろ?さっさと行くぞ。」
「あ…あぁ。」
【そして2人が玄関の扉を開き、家の中に入ろうとした瞬間だった。】
「おい!」
「今度は何だ!?」
「蕾が一斉に咲いたぞ…!これは何か…普通じゃ…」
「…急ぐか。」
【2人は家の中をすぐに調べて周った。】
「なぁ…ここも変じゃないか?」
「あぁ…床とか壁とか扉とか…その辺に穴とか傷とかあるが…血痕がひとつも無い…」
「とりあえず…2階に上がるか。」
「こっからが本番だ…気を引き締めるぞ。」
【彼等は階段を1歩ずつ、ゆっくりと上がって行く。得体の知れない何かが、これから向かう場所で待っているという事を知っているかのように。そして、その何かに怯えているかのように。】
「…ん?」
【階段を上り終えた教団員は、寝室の扉が少し開いていること。そしてその扉のすぐ近くに落ちている、鏡が貼り付けられた手のひらサイズの小さな箱のようなものを見て首を傾げた。】
「あれは…何だ?」
「『魔道具』か?『魔力』は感じるか?」
「何も感じねぇが、扉が少し開いてやがる。」
「もう時間もねぇ…行くぞ…スリーカウントで俺が先に入る。俺の後ろにつけ。」
「あぁ…」
【2人は扉のすぐ横に張り付くと、武器を構え直してカウントを始めた。】
「3…」
【その時、扉が開くことも無く。小さな箱が落ちていたはずの場所に、アーミーナイフを持った青いロングヘアーの女性が現れた。】
「2…!?」
【彼等には何が起きたのか理解し、次に取るべき行動を決めるまでの時間は用意されていなかった。】
「はぁッ!!」
【彼女は出現とほぼ同時に彼等との間合いを詰め、失速することなく1番近くにいた男のみぞおちを蹴りつけた。】
「ゴハッ…」
「うわぁッ!?」
【為す術なく蹴り付けられた男は後ろへ吹き飛び、もう1人の男にぶつかった。蹴られた男はナイフとハンドガンを取り落とし、仲間がぶつかって倒れた男はナイフを落とした。】
「グッ…ううぁ…」
「クソッ見えねぇぞ!どけ!!」
【彼が仲間を退かした時には遅かった。彼が仲間を退かすと、ナイフの柄がすぐ目の前に迫って来るのが見えた。】
「あ…」
【そして、彼は側頭部を殴りつけられて気絶した。】
「こ…殺したのか!?」
「いえ、この方には気絶して頂きました。そして貴方には…」
「や…やめろ…来るなぁ!」
「私達の質問に答えて頂きます!」
第2章「格の違い」
「おい…」
「ッ…!あ、おはようございます!お身体の方は大丈夫なのでしょうか?星次…さん…」
【彼女が後ろを振り返ると、とても不機嫌そうな顔をした星次が立っていた。】
彼の声のトーン…
表情…
雰囲気…
明らかに腹を立てている!
「す…すみません!皆さんがまだ寝ているというのに…たかが二人の雑兵を相手に音を立てすぎましたね…配慮が足りて…」
「いや違ぇよ!てかやろうと思えばアンタはもっと音出さないでコイツらを…いや…そんなことはどうでもいい!!」
…どういう事だろうか?
敵襲を彼らに知らせなかった事が良くなかったのだろうか?
他に思い当たる事はあまり…
「何か音が聞こえると思って起きて見りゃあ寝室の真ん中に書き置きがあって…それを全部読み終えた後にアンタが居ないのに気づいた時の俺の…それを見たやつの事を考えたことはあんのか…?」
はっ!
昨日は武器庫で気絶?していたはずなのに、目を覚ますと寝室に居たことに対する混乱と…
教団員の奇襲に対応していた事も相まって、書き置きの処理をする事を忘れていた…!
「星次さん!それには訳が…」
「しかも!心配して、急いで部屋を出てみりゃ…すぐそこで知らねぇ奴を元気にぶっ飛ばしてるアンタが居たってのは…一体どういう事だ?」
「せ…星次さん!皆さんが目を覚ました際に、その書き置きの内容を含めて…昨日の出来事を全てお話致しますので…今は待って頂けませんか?」
「はぁ…まぁ良い。だが…あんたはどうやってコイツらが襲いに来たのを知って…どうやって気絶させたんだ?」
「それはですね…昨日この家に皆さんが入る前に、私が1番最後に少し遅れて家の中に入ったのを覚えていますか?」
「確か…そうだったような…」
「あの時に私は、『骸に咲く花《Corpse Flower》』をこの家の周囲に…特に、奇襲に最適な場所へ重点的に、誰にも見つからない様に隠しながら張り巡らせ…寝室の中まで蔓を伸ばしておいたのです!」
「確かに…俺が起きた時には窓に青い薔薇が咲いてたな。それで?」
「私はその『骸に咲く花《Corpse Flower》』に…『私達以外の人間が蔓の上を通った時、寝室まで伸びた蔓に青い薔薇を咲かせるように』と…簡単に説明すると、敵襲を感知して知らせるセンサーの様なものです!」
「いや…花が咲いただけでどうやって起きれるんだ?」
「私は見習いの傭兵ですが、寝ている状態から異常を感じ取り…即座に対応する為の訓練も受けています。その訓練の中には、音や匂いを感じ取るものもあります。なので…『花が咲いた際に漂う香りで目覚める』のは難しい事ではないのです!」
今でも思い出す…
匂いのあるものから、匂いが無いもの…
無害なものから、有害なガスのもの等…
それらの匂いを全て嗅いで危険性と特徴を把握した後に、睡眠中にそれらの匂いを即座に感じ取って起床…
そして状況把握から、臨戦態勢を取るか離脱するかの二択を選択するというのは少々…厳しいものだった。
「なんつーか…アンタが一瞬遠い過去を思い出すかのような顔をしてんのを見て、ろくでもない訓練を受けてきたんだろうってのは予想できたぜ…」
「薔薇の香りで目を覚ました私は即座に状況を把握・予測し、作戦を計画しました。といっても…とても単純ですが。」
【彼女はそう言うと、透明な糸が繋げられた正方形の展開図のようなものをレッグポーチから取り出して彼に見せた。】
「それは…鏡の板か十字架か?いや…前に見た事ある様な…」
「私が『禁域』の1階をクリアリングする際に使用したガジェットです!これを折り畳むと…」
【彼女がそう言いながら手際よく片手で鏡の板を折り曲げると、手のひらサイズの鏡の箱が完成した。】
「全面が鏡の箱が完成します!これを寝室の内側から扉の向こうへと投げると…」
「その鏡に…こっちに向かってくる奴が映るのか!」
「正解です!そして、彼らが予想もしないであろうタイミングでこのガジェットと私の位置を『影の霧《Trans Figuration》』で入れ替え、先制攻撃を行いました。相手は2人並んでいたので無力化は簡単でした!」
「なるほどな…それで、2人とも気絶させたのか。」
「いえ!片方だけ…!?」
【彼女が彼の質問に答えようと教団員の方を見た時だった。】
なっ…なぜだ!?
なぜこの教団員も気絶している?
【キックで無力化させただけの教団員は完全に力が抜け、気絶していた。】
痛みのショックによる気絶だろうか…?
確かにみぞおちを蹴りつけたが、加減はしたつもりだ!
「あ〜…これは…」
【彼女が考え込んでいると、星次は少し苦笑いしながら独り言を呟いた。】
「何か分かりましたか?」
「ダメ元で『隠された真実』を使ってみたんだがな…コイツ、気絶しちまう程に怖かったらしいな。アンタのことが…」
「ま…まさか…!」
「『隠された真実』は発動した時の相手の感情を覗く能力で、過去の感情までは見られねぇんだが…アンタに抱いた感情が強すぎてちょいと残ってるんだよ。恐怖の感情がな…感情が残る位の恐怖だぞ?コイツは多分…気絶したんだろうな。」
「そ…そんな…ただ接敵しただけで…」
いや…今までの任務でこの様なケースが1つも無かった訳では無いが…
余りにもタイミングが悪すぎる…!!
「まぁ…しょうがねぇな…起きるまで待つか。」
「そうですね…」
「とりあえずコイツらはどこに運べば良い?」
「そうですね…バスルームに収容しましょう!」
「理由は聞かないでおいた方が良いんだろうな…とりあえず、俺はこいつを…」
【星次が腹部を曲げて丸くなるようにして気絶している教団員のすぐ横に跪くと、突然、その教団員のローブの内ポケットからピピピッという機械音が聞こえた。】
「爆弾かッ!?」
「いえ…これは…!」
『予定の時間を過ぎたわ。もし生きているのなら、朝の6時を過ぎる前に報告をして頂戴。』
【女性の声が、同じ場所から聞こえた。】
「通信機のようです…!」
『それまでに連絡がなければ、現状で動かせる最大兵力をそっちの方と儀式の間に割り振らないといけなくなるの…だから早めに頼むわね。』
【その言葉を最後に、女性の声が聞こえなくなった。】
「今のは…リーダー格だろうな。」
「はい…そして、声の特徴からして…今の声は教祖の声では無さそうですね…マーリンさんのセーフルームで聞いた教祖の声とは別です。つまり…マーリンさんの情報が正しければ…」
この女性は…
彼女は…!
「先程の声の主である彼女は『ロキの化身』の1人…『テミス』のはずです!」
あとがき
遂に第二部「破滅を照らす者:断罪の天秤」の投稿が始まりました!
ですが、表紙もまだ完成していなかったり、AIが思ったよりも欲しい絵を描いてくれなかったりと素材の用意に時間がかかりそうです。
そのため、投稿できない際には物語の出来事まとめ的なものや、世界観に関わるおまけ的なものを代わりに投稿していく予定です!
これからも頑張るのでよろしくお願いします!