異常事態
「…………どういうこと? 何でなのよ!!」
真っ暗な部屋の中、髪を掻きむしる様子は凄まじい執着と狂気を感じる。
「三週間よ!! 何で見つからないの!!」
「マチルダ落ち着いてくれ。大丈夫だ」
「何が大丈夫なの!? 本当にみんな使えないわ!!」
マチルダの様子にジェームズはビクッと肩を跳ねさせる。
以前からマチルダはこんな様子だっただろうか?
少なくともエミリー・オルティスがいた頃はこんな様子の彼女は見たことがない。
いつも愛らしく微笑み、エミリーに意地悪されたのだと悲しげに瞳に涙を溜め、庇護欲をくすぐるような笑みを見せる。
こんなにイライラとした、言葉使いの荒い彼女は見たことがなかった。
「みんなに探させている。じきに見つかるさ」
「そればっかり! そう言ってずっと見つかってないじゃない!」
「なぜそれほど彼女に執着するんだ?」
マチルダはジェームズの言葉にきっと鋭い視線を向ける。
「執着? 違うわ。彼女が私に執着しているのよ。前も言ったでしょう? きっと彼女は私の命を狙ってくるわ」
「まさか……それは無理だ。前も言っただろう? 身一つで国外追放された令嬢にそのようなことは無理だ。それにこの城は多くの兵が守っているし、常に魔道士団長のウォルターが警戒している。刺客だって忍び込めないはずだ。とにかく今はゆっくり休んでくれ」
ジェームズはそれだけ告げると、心配気な目をマチルダに向け、部屋から出て行った。
マチルダはジェームズが出て行った扉を睨みつけると、月の差し込む窓辺へと移動する。
もちろんマチルダは自分の命が狙われているなど、思っているわけではない。
そう言っていた方がエミリーの捜索をさせるのに都合がいいからだ。
「本当に使えないやつばっかり!! あの女は早く消さないといけないのに!!」
『そうね。その通りよ、マチルダ』
「レイラ!!」
マチルダはぱっと明るい表情に変わると、窓に映り込む自分に笑いかける。
『マチルダはよくわかっているわね。そうよ。あの女は危険だから、早く消さないといけないものね』
「ええ……そうよね……わかっているのよ……でも見つからないの! 使えないやつばっかりなんだもの!」
マチルダが悔し気に表情を歪めるが、窓ガラスに映る彼女はふっと微笑む。
『かわいそうに……それは困っているでしょうね……特別に私の配下を貸してあげる。きっとこれで大丈夫よ』
「レイラ!! ありがとう!! あなたが力を貸してくれるならもう安心だわ! だって今までレイラの言う通りにしてダメだったことはないもの!」
マチルダはにっこりと窓ガラスに映る自分に笑いかける。
窓ガラスに映る彼女もまたマチルダと同じ笑みを浮かべているものの、その笑みにはぞっとするような深い闇を感じる。
しかしマチルダはそれに気づくこともなく、安心し落ち着きを取り戻した。
窓ガラスに映る彼女は愉し気に微笑んだ。
「アドルフくん、今日がみなさんが来られる日だったかね?」
「あ、うん……ごめんな、エリーばーちゃん。みんなで来ることになっちゃって……」
「ここを使わせてもらってるんだから、私もいつかはちゃんと挨拶しなければと思っていたから、ちょうどよかったよ」
アドルフが報告に行った日から二週間。
あの日騎士団の人たちがエミリーに会いたいと言っているとアドルフが申し訳なさそうに帰って来た。
もともとちゃんと挨拶をしなければいけないと思っていたのだ。
それにアドルフは信頼してくれているようだが、騎士団としてはエミリーが本当に危険な人物でないかを確認したいのは当然だろう。
(まぁでも、アドルフくんみたいにすんなり信じてくれるとは限らないし、言葉には十分注意しないと……)
「あっ……」
「アドルフくん?」
アドルフは耳をピクピクと動かすと、すっと立ち上がった。
「来たみたいだな」
「え? ノックも何もされてないけど……」
エミリーのきょとんとした表情にアドルフはにっと笑う。
「獣人は耳もいいんだよ。馬の蹄の音が聞こえてるからもう着くこ……」
ドーン!!!
その時、何か大きなものが崩れるような音が響き、大きく地面が揺れる。
「な、何!?」
「何だ!?」
エミリーは咄嗟に壁に手を着く。
アドルフは体勢を低くし、いつでも動けるように構えた。
そして揺れがおさまると、アドルフがすぐに扉へと向かう。
「エリーばーちゃんは危ないからここで待っててくれ!」
「ま、待って!!」
そうは言われたものの、今の音と揺れは尋常ではない。
エミリーも外の様子を確かめようと扉へと向かう。
扉を開き、外の様子を見て、エミリーは目を見開き固まった。
こんな異様な光景は見たことがない……
背筋が冷え、一瞬で緊張から汗が吹き出す。
「こ、これって……」
そこには見たこともない大量の魔物がひしめいていた。