お披露目
「はぁ……それにしても……せっかく呪いが解けたと知らせを受け、これからしばらくはゆっくり親子で過ごせると思っていたのだが……」
「お義父様、申し訳ありません……」
「いや、喜ばしいことではあるんだ。だが……やはり……少し早すぎないか!?」
「やっぱそう思うよな! エミリー、今ならまだ間に合うぞ! 延期にしたいならそう言っていいんだからな」
「ああ、そうだ! アドルフくんの言う通りだ。確かに今ならまだ可能だな」
ぶつぶつと文句を言い続けるニールとアドルフにエミリーは苦笑を浮かべる。
アドルフが人懐っこいためか、アドルフはニールとすぐに打ち解けた。ニールとアドルフは気が合うようで、よく楽しげに談笑しているところを見かける。
「いや……さすがに今からは延期は無理だろ? もうみんな集まってるし」
「うん……アドルフ諦めも肝心」
「そうですよ。いい加減諦めないと見苦しいですよ」
アーノルドからの辛辣な言葉にも怯まず、それでもエミリーを説得しようと試みるアドルフに、バーナードとファハドは残念な者を見るような視線を向ける。
その時、トントンと扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
エミリーが返事をすると扉を開き、ルーカスが中に入って来た。エミリーの姿に目を見開き、そしてにっこりと笑みを浮かべる。
「綺麗だ、エミリー。想像していた以上に綺麗で、一瞬女神が舞い降りたのではないかと驚いてしまったよ」
ルーカスはエミリーの前までくるとそっと手を取り、もう片方の手をエミリーの頬に添える。
「ルーカス様ったら……褒め過ぎですわ。ですがありがとうございます。ルーカス様こそ、いつも以上にかっこよくて凛々しいです」
「ありがとう」
二人は微笑んでお互いを見つめ合う。
ルーカスのタキシードは白を基調としているが、エミリーの瞳の色である青紫色が差し色で所々に入っている。
そしてエミリーが身を包んでいる純白のドレスは光に当たると美しい光沢を放ち、まるでルーカスの髪の色のように見える。さらに身につけているアクセサリーはルーカスの瞳の色と同じブルーダイヤモンドがふんだんに使用されている。
言うまでもなく、ルーカスの独占欲から選ばれたドレスとアクセサリーであるが、エミリーはこのドレスとアクセサリーをとても気に入っていた。
(本当に全身ルーカス様の色に染まったみたいだわ……)
エミリーがほんのり頬を染めてドレスを見ていると、ルーカスも満足げに微笑み、エミリーをそっと引き寄せる。
「コホン! 二人とも私たちがいるのを忘れていないか?」
エミリーははっとして顔を真っ赤にして俯き、ルーカスはまさかと手を振る。
「もちろん忘れてはおりませんとも。そろそろお披露目の時間ですので、エミリーを迎えに来たのです。オルティス伯爵もそろそろ親族席の方へ向かってください」
「もうそんな時間か」
アドルフは恨めしげにルーカスを見つめながらも、バーナードたちに無理矢理引きずられるように部屋を出て行った。
ニールもそれに続き部屋を出ようとするが、部屋を出る直前で振り向いた。
「エミリー幸せに……ルーカス殿下、エミリーをよろしくお願いします。だがエミリー……もし少しでも嫌なことがあればオルティス領にいつでも帰って来なさい」
ニールはエミリーに優しい笑みを向ける。
そして最後にわかっているなと言わんばかりに凄みのある笑みをルーカスに向け、今度こそ部屋を出て行った。
「これは……親子の時間を奪ってしまったことを相当根に持たれているな……もとよりそのつもりだったが、絶対にエミリーを幸せにしなければいけないな」
「お義父様ったら……すみません……ですが私はもう今だって十分に幸せですよ」
二人は顔を見合わせるとふっと笑い合った。
今日はエミリーとルーカスの結婚式だ。
あの呪いが解けた日からすごいスピードで結婚式が決まり、そのままの勢いで準備が始まった。
実際はルーカスが誰にも邪魔されまいとして急いだからなのだが、ルーカスの両親もエミリーを大いに歓迎し、嬉々として準備を手伝ってくれた。
そしてヴァージル王国の国王夫妻もエミリーに迷惑をかけたという思いから、こちらもまた積極的に手続きなどをしてくれたのだ。
他国同士での、さらには高位貴族の結婚は手続きなどで時間がかかるものだ。
しかし両国が積極的に取り組んでくれたおかげで、ここまで順調に、異例とも呼べる速さで式の準備が整った。
これから二人は獣王国の国民に向けて王宮のバルコニーからお披露目を行い、そのままチャペルに向かう。
獣王国の国民にとってもこの結婚は驚きのものだっただろう。長く国交を立っていた他国の、それも獣人でもない人間が時代の王妃になるのだから。
(みなさん受け入れてくださるかしら……)
エミリーは緊張しながらも、ルーカスにエスコートされて廊下を歩いて行く。
「そういえば、少し気になって調べたんだ」
「何をですか?」
「君のお母上のことだ」
「お母様をですか?」
「ああ。君のお母上は一般の光属性の魔法使いとしては異常なほど高い封印の魔法を持っていただろう?」
確かにエミリー自身もそれは気になっていた。
光属性魔法は希少で、親子だからといって必ずしも遺伝するわけではない。
光の守り手であったエミリーと強い封印魔法を使えたエミリーの母親は特殊なのだ。
「確か隣国の子爵家出身と言っていただろう? そこから辿ると面白いことがわかったんだ」
「面白いことですか? いったい何がわかったのです?」
「君のお母上はどうやらローゼンタール国の出身だったようだな。そしてその子爵家だが元を辿ると男爵家から格上げされていたようだ。そしてその男爵家は元々平民で商売で名を上げて男爵を賜ったらしい。そして面白いことにその男爵家の当主は五百年前の光の守り手の叔父に当たる人だったようだ」
「えっ!? 本当ですか? まさかそのようなことがあるなんて……ではずっと辿って行くと……私とルーカス様は遠い遠い親戚ということになるのですか?」
「そのようだ。それにその男爵家、今は子爵家だが……強い光属性魔法を持つ者が生まれることが多い気質らしい。だから君もお母上も強い力を持っていたのかもしれないな」
「そうだったのですね……私も今まで母の実家のことは全く調べていなかったので……まさか私自身も五百年前の光の守り手と繋がりがあったなんて……驚きました……」
レイラが最後に顔がそっくりと言っていたのは血のつながりがあったからかもしれない。
「そうだな……まさかエミリーも五百年前の光の守り手と繋がりがあるとは思わなかったが……獣王国の国民は五百年前の光の守り手をとても尊敬しているんだ。何と言っても私たちを見守ってくれている光の木を守ってくれた人だからな。だからエミリーにも繋がりがあると知ればきっとみんな喜ぶぞ」
ルーカスが優しげに微笑む。
(そっか……私がみなさんに受け入れてもらえるか心配していたから、ルーカス様はこの話をしてくれたのね……本当に優しい人だわ)
エミリーはルーカスに満面の笑みを向け、力強く頷いた。




