番
「以前は……エミリーにずっと獣王国で暮らして欲しいと願うつもりだったんだ。光の木は君を歓迎していたし、君が獣王国にいる限り光の木もずっと元気でいれるのではないかと思ってな。もちろんエミリーの意思は尊重するつもりだったから断られたら仕方がないとは思っていたが……」
あの時のエミリーは祖国を追放され、他に行くあてはなかった。むしろルーカスに感謝して獣王国に住まわしてもらっていただろう。
ルーカスは光の木のためだと言っているが、ずっと一緒に旅をして過ごしてきたからわかる。
ルーカスは行くあてのないエミリーが少しでも気に病まず済むように光の木などと理由をつけたに違いない。
旅の中で何度も感じたがルーカスは優しく思い遣りのある人物なのだ。
何度励まされ、守ってもらったことか……
だからこそエミリーはレイラとの戦いの中でルーカスを失いたくないと強く願い、ずっと一緒にいたいと思ったのだ。
(だけどこの体では、もうそんなに長くは一緒にいれないわね……)
「ルーカス様、ありがとうございます。その願いは私にとって、とても嬉しいことです」
エミリーは胸に抱いた悲しさを隠すようににっこりと表情を作り、ルーカスを見つめる。
ルーカスは何かを感じ取ったようにふっと寂しげに優しい笑みを浮かべる。そしてエミリーをじっと見つめ返すと真剣な表情に浮かべる。
「しかし今は……一緒に旅をする中でその願いが変わったんだ……」
「願いが変わった?」
エミリーが首を傾げると、ルーカスはエミリーの目を見つめ、エミリーの頬に手を添えると頷いた。
「さっきも言ったが……これは図々しい願いだ。エミリーを守りきれなかったのだから口にするつもりはなかった。だが、やはり……今伝えなければきっと後悔する。だから……」
ルーカスの真剣な表情にドキドキと胸が早鐘を打つ。
ルーカスの瞳の奥に強い思いを感じ、その瞳から目を逸らせなくなる。
「エミリー私の番になってくれないか?」
「番?」
「獣人族は一途なんだ。獣人族特有の魔法で生涯愛し続けると誓った相手に自分の魔力を刻み込む魔法がある。それがある限り相手のことを常に感じ取ることができ、そしてより相手を愛おしく思う魔法だ。生涯で一度だけ使えるただ一人を愛し守るための魔法。それが番の魔法だ。婚約を誓った相手に行うものだ」
「婚約って……」
「エミリー、君の勇気と優しさに何度も救われた。私は優しいエミリーのことが大好きだ。君のことを愛している。私と番になり、ずっと一緒にいてくれないか?」
緊張と驚き、恥ずかしさと嬉しさ、そして愛おしいと強く思う気持ち。いろいろな感情が混じり一気に体が熱くなる。
気持ちの整理がつかず、両思いであったことが嬉しいのになかなか言葉が出てこない。
そんなエミリーの気持ちを察しているのか、何とか言葉をにしようと口をパクパクさせているエミリーを、ルーカスは優しい笑みを浮かべ待ってくれている。
「とても……とても嬉しいです……私もルーカス様をお慕いしています」
「よかった……やっぱり言葉にして正解だった」
ルーカスは嬉しそうに満面の笑みを見せる。
エミリーはルーカスに応えるように笑みを浮かべるが、苦し気に眉を寄せると俯いた。
「ルーカス様を愛しています。それは心の底からの気持ちです。ですが……だからこそ、ルーカス様の番になることはできません」
「な……なぜだ?!」
ルーカスはエミリーの言葉に先ほどの満面の笑みから打って変わって悲しげに問いかける。
「先ほどルーカス様は番の魔法は生涯でただ一度だけ使える魔法と言われましたよね?」
「ああ。だから私はエミリーにこそ番の魔法を受けて欲しいと思ったんだ」
「いいえ……ルーカス様もわかっておられるでしょう? 私はこの呪いで数日のうちに命が尽きます。そんな私に生涯で一度しか使えない大切な魔法を使って欲しくないのです。これから先、あなたの隣に長く立てる方に番の魔法を使ってもらいたいのです」
「私はエミリー以外と結婚する気などない!!」
「何を言われるのです! ルーカス様は獣王国の王太子でしょう? それならばその血を繋いでいく責任があるはずです!」
「そんなのはどうにだってなる。確かに正統な血筋は私だが、分家にも血の繋がった者はいる。私の子ができなければ、分家から白虎獣人の先祖帰りが生まれるはずだ。今までも何度かそういうことはあった」
「ですが……」
「それに先ほども言ったが、獣人族は一途なんだ。君以外に愛すことはできない……たとえ私に後継ができなくても父上も母上も許してくださるはずだ」
反論を遮るルーカスの言葉にエミリーはうっと押し黙る。
エミリー自身、自分を選んでくれたことが、この上なく嬉しいのだ。
それをエミリーの理性が無理矢理気持ちに蓋をしている。だからこうして説得されると簡単に気持ちが揺らいでしまう。
「エミリー、もう諦めてくれ。君が私を好きだと言ってくれるなら、そんな理屈はどうでもいい。私は例えどれだけ短い間だとしても君は私のものだという印を刻みたいんだ」
ルーカスの熱を含んだ瞳を真っ直ぐ受け止められず、エミリーは最後の抵抗とばかりに視線を逸らす。
しかしその抵抗もルーカスのそっと囁く甘い声に崩されてしまう。
「エミリー、こっちを向いて、私を見てくれ」
エミリーがルーカスを見上げると、ゆっくりルーカスの顔が近づいてくる。
「私の番の魔法、受け入れてくれるだろう?」
唇が触れそうなほどの距離で囁かれ、エミリーは全身を真っ赤に染める。
「後悔しますよ?」
「今、番の魔法を使わないほうが一生後悔するだろう」
決して譲らないルーカスの言葉にエミリーは顔を真っ赤にしながら、ため息をついた。
「あとで後悔しても知りませんからね」
「絶対後悔はしない。するはずがない」
ルーカスはにっと笑うと、エミリーの唇にそっと口付けた。
 




