帰還
「ここは?……」
豪華な装飾が施された真っ白な天蓋を見つめ、エミリーは掠れた声で呟いた。
「エミリー? エミリー! よかった! 目が覚めたんだな! 本当によかった……」
顔を歪ませ、うっすらと涙を浮かべながらルーカスがぎゅっとエミリーの手を握る。
「ルーカス様……ここは……」
「起き上がるのは辛いだろう? そのまま寝てて大丈夫だ」
起き上がろとするエミリーをルーカスが止める。
「ここは獣王国だ」
「獣王国ですか?……確か私ジェームズ殿下の部屋で倒れて……」
「ああ、そうだ。あれからヴァージル王国の国王陛下が転移魔法を扱える魔法使いを手配してくれたんだ。そのまま国境付近に転移し、獣王国まで戻って来た。オルティス伯爵も後から追って獣王国に来ると言っていたから心配せず、今は休んでくれ。君はあれから三日間ずっと眠っていたんだ」
ルーカスは優しげに微笑み、エミリーを見つめる。
しかしその目には心配の色が見える。
「あの……マチルダ様は? 彼女は無事ですか?」
「エミリー……君をこんな状態にさせた者の心配をするのか?」
「彼女もある意味被害者ですから……」
「一命は取り留めたよ。しかし長い間魔族の闇属性魔法に触れていたからな……目覚めるかは彼女次第だ」
ルーカスはため息を吐きつつ、眉間に皺を寄せる。
確かにマチルダのしたことは許されないことだ。魔族を引き入れ、私欲で闇属性魔法を使い、国民を危険に晒した。
しかし彼女もレイラに乗っ取られた被害者でもあるのだ。
「そうですか……ですがルーカス様、私はそんなに優しくありませんよ? 私はマチルダ様を許した訳ではありません。彼女には生きて自分のしたことを理解して欲しいのです。きっと彼女にとって辛いことのはずです」
ルーカスはエミリーの言葉にふっと笑う。
「いや、君はやはり優しい。私の剣に纏わせた力、どうすれば彼女を救えるかも考えていたのだろう? それに自分の行いを見つめ改めさせることで道を示そうとしている。そのように相手を考えられるのは優しい証拠だよ」
エミリーは苦笑を浮かべると、表情を引き締め、一番気になっていたことを尋ねた。
「ルーカス様、あの……やはりあの時私の中に入ったのはレイラだったのですよね?」
一瞬のことではっきり認識できなかったが、今も体の中に重くドロドロとした得体の知れないものを感じる。
ルーカスは申し訳なさそうに眉を寄せると、小さく頷いた。
「レイラは最後の力を振り絞って君に呪いをかけたんだ……」
「呪い……」
エミリーは胸のあたりに手を乗せる。
自分の体のことだから何となくわかる。
これはそう簡単に引き剥がせるものではない。それもどんどんエミリーの体を蝕んでいくものだ。
猶予はもうほとんどないだろう……
(これは……私自身ではどうしようもないわね……それに今の私は呪いの広がりを抑えるのでいっぱいだわ。ヴァージル王国にいた時より頭痛や吐き気はましだけど、体を動かすこともままならないもの)
エミリーはふっと息を吐くと、覚悟を決めてルーカスを見つめる。
エミリー自身、自分以上の光属性の使い手には会ったことはない。だから望む答えをもらえないことに対して覚悟はできている。
しかし、微かな希望に縋るように尋ねた。
「ルーカス様、私のこの呪いを解けるかたはいるのでしょうか?」
ルーカスは悔しげに眉を寄せると目を伏せた。
「すまない、エミリー……ヴァージル王国のほうでも他国に光属性の特殊魔法を使えるものはいないか聞いてもらってはいるが、やはり呪いを解けるほどの強い力を持つものは見つかっていない……」
「そう……ですよね……」
「すまない……守ると約束したのに……こんな…………」
エミリーは重たい体を動かし、ルーカスの手に自分の手を重ねる。
「ルーカス様は守ってくださいました。私が怯んだ時も勇気づけてくださいました。あれは誰も予想できなかったことです。私自身終わったと気を抜いてしまったのですから……あの場で一番魔力探知が得意なのは私でした。私自身の失態です」
エミリーは困ったように力無く笑うが、ルーカスはいいやと頭を振る。
「全ての黒い塊が消え去るまで気を抜いてはいけなかった。最後の最後まで気を抜かず注意することは騎士なら当然のことだ。それなのに私は……」
ルーカスは何を言っても自分を攻めてしまう。
エミリーは話を逸らすため、気になっていたことを尋ねる。
「そういえば、ヴァージル王国にいた時より体の負担がましなのです。何故でしょうか?……」
「それはきっと光の木のおかげだ。光の木の近くは光属性の魔力で溢れているからな。もしエミリーの体調が大丈夫ならば光の木の前まで少し行ってみるか? ここよりもっと光属性の力に溢れているはずだ」
「行きたいのですが……すみません……自分で動けそうにないので……」
エミリーが困ったように笑うと、ルーカスがふっと微笑む。
「そんなことはこうすれば解決するだろう?」
ルーカスは軽々とエミリーを横抱きにして持ち上げる。
「ル、ルーカス様!」
「大丈夫だ。絶対落としたりしないから、体の力を抜いて全て私に預けてくれ」
(そんなつもりじゃなかったのに……でも……)
エミリーは近い距離に顔を赤く染めながらも、やっと戻ったルーカスの笑みにふっと笑みを浮かべた。
「やっぱりこの木は素晴らしいですね」
目の前に大きくそびえ立つ美しい光の木に目を奪われる。
「そうだな。エミリー寒くはないか?」
「はい。大丈夫です」
中庭まで横抱きで運んでもらったエミリーだが、ずっと抱えられているのも恥ずかしく、何とか頼みこんでやっと下ろしてもらえた。
しかし、今の体の状態でずっと立っているのも辛いだろうとルーカスは体を支えると言ってエミリーを自分の方へとぎゅっと引き寄せた。
結果下ろしてはもらえたが、今はルーカスに肩を抱かれ、寄りかかっている密着状態だ。
(むしろルーカス様に抱き込まれているせいで、体温があがっている気がするわ)
「体が辛くなればすぐ戻るから言ってくれ」
「ありがとうございます。ですがやはり光の木の近くは体が楽になる気がします」
エミリーは肌に感じるルーカスの体温に必死に平静を装いながら、ふと思い出したことを口にする。
「ルーカス様、そういえば以前、獣王国に戻れば私に一つお願いをすると言ってましたよね? 何をお望みですか?」
「あれは……無事戻れればという話だったはずだ。君のことを守りきれなかった私が願いを口にできるわけがないだろう」
「今は無事です」
「それは無事とは言えないのだが……」
「私はルーカス様が何を望んでいたのか聞いてみたかったのです」
「今の状況で口にするには図々しい願いなんだ」
「図々しいですか? それでも私は私にできることなら何かお返しがしたいです」
「いや、しかし……」
渋るルーカスにエミリーはむっとしながら甘えるように頭をルーカスの胸に預け、上目遣いでみつめる。
「教えて欲しいです」
エミリーの瞳は潤み、いつも以上に美しさの中に妖艶さがある。さらに先ほどまで眠っていたので着ている服も薄めで体温が直に伝わってくる。
ルーカスはいつものエミリーとの異なる様子に顔を赤くして、何かを堪えるように目を伏せた。
「エミリー、絶対に私以外をそんな目で見つめないでくれよ」
エミリーが不思議そうに首を傾げると、ルーカスは諦めたようにふっと困ったような笑みを見せた。




