報告会
「ギリギリセーフ!!」
「セーフではありませんよ!」
アドルフが勢いよく扉を開けると、すかさずツッコミが入る。
「いやいや! 時計見てみろよ! 時間ぴったりじゃん!」
「ぴったりではありません。一分遅刻です」
キャラメル色の髪に茶色の瞳の男性が、モノクルを押し上げながら時計を示す。
その几帳面そうな男性の背中からは大きな翼が生えている。
「アーノルドは細かすぎるんだよ! そうだよな?」
アドルフは扉の近くに立っている真っ黒で癖のない髪に金色の瞳を持つ、美しい人形のような青年に向かって話しかけた。
その青年には豹のような耳があり、今は元気がないのか尻尾が垂れ下がっている。
「僕……待ってた」
その言葉にほら見ろというようにアーノルドはモノクルを押し上げた。
「まぁ、そんなだけ寝癖ついてんだ。ぐっすり眠ってたんだろ? 今はファハドに謝っとけ。ファハドは昨日の夜もずっと結界に異常がないか調査してたんだ。夜勤明けで、報告が終わり次第勤務終了だから、ずっとお前がくるのを心待ちにしてたんだよ」
後ろを刈り上げた赤茶色の短髪に茶色の瞳の男性がニヤッと笑いながらアドルフを見つめる。
がっしりとした見るからに武人のような大きな体を椅子に預け、アドルフの寝癖を指さす。
そんな彼の頭には熊のように丸い耳と、丸い尻尾がある。
「えっ……そうなのか? それはなんか……ぐっすり眠っててごめん……」
ファハドはあくびをしながらも、仕方がないというように小さく頷いた。
「まぁそう言っているバーナードもついさっき来たところですけどね」
アーノルドの指摘にアドルフがむっとして振り返る。
「なんだよ! バーナードもかよ! 人のこと言えねーじゃん!!」
「まぁでも俺はそんな寝癖はつけてねーぞ!」
バーナードは確認しろとでも言うように、赤茶色の髪を指差す。
頬を膨らませて、アドルフが言い返そうとしたところで、パンっと手を叩く音が響いた。
その音にみんながピタリと会話を止めると、部屋の奥に視線を向ける。
「とにかくみんな揃ったな? それじゃあファハドから報告してくれ」
部屋の奥の立派な椅子に背を預けたまま、一人の男性が声をかけると、みんなの表情が引き締まる。
「結界、綻びはなかった」
「やはりそうか……」
ファハドの報告に男性が考え込むように顎に手を当てる。
「じゃあ、たまたまエリーばーちゃんが迷い込んだ時だけ綻んでいたのか?」
「それか、その女性が結界を抜ける術を持っていたということでしょう」
「ちょっと待ってくれよ! この前も言っただろ、アーノルド! ばーちゃんは森の中をずっと歩いてたら獣王国のほうに来てしまったって言ってたんだぞ」
「そんな嘘なら誰でもつけますよ。実際その女性は強固な結界を抜け、獣王国にいるのですから」
アドルフが言い返そうとしたところで、椅子に座った男性が手をあげて二人の言い争いを制止する。
「まぁ真偽のほどはわからないが……ここしばらくずっと一緒に生活しているんだ。アドルフ、その女性はどんな人物だ?」
「え? うーんと……そうだな……優しい人だと思うし……あっ! そうだ! エリーばーちゃんの料理はめっちゃうまいぞ!!」
「いや! そーじゃねーだろ!!」
バーナードのツッコミと同時に、椅子に座った男性とアーノルドがやれやれというようにため息をつく。
「その女性にあやしいところはないのか?」
「わ、わかってるよ! みんなが聞きたいことは!」
アドルフは焦ったようにそう返すと、うーんと眉間に皺を寄せる。
「エリーばーちゃん所作がすごい綺麗なんだよな……平民とかには見えない」
「貴族かもしれないってことか?」
「いや、はっきりとはわからないけど……あとそれに……」
アドルフが言い淀むと、椅子に座った男性が促した。
「なんだ? 気になっていることがあるなら何でもいいから言ってみてくれ」
「うーん……なんて言うのかな? なんか見た目と匂いに違和感があるんだよな……」
「違和感ですか? それはどういうことです?」
アーノルドの言葉にアドルフは「えっと……」と眉を寄せて考え込む。
「うーん……見た目はばーちゃんなんだけど……匂いはもっと若い人の気がするっていうか……」
獣人たちは人間よりも嗅覚が優れている。
匂いでだいたいの年齢までわかるのだ。
「それじゃ魔法で姿を変えてるってことか?」
「しかし、それは無理ではないですか? アドルフはこの二週間ずっと一緒に過ごしているのですよ」
アーノルドはバーナードの言葉を否定する。
そしてファハドに向かって尋ねた。
「ファハドは以前あまり流通していない、珍しい薬なども調査していましたよね? その中に姿を変えられるものはなかったのですか?」
ファハドは思い出すように首を傾げ、そして左右に振る。
「昔はあったみたいだけど、今は無いって聞いた。必要な薬草が手に入らないみたい」
「それではやはり魔法ということか……」
「ですがそれは……姿を変える魔法は基本的に特殊魔法の中でも稀少な光属性の者しか扱えないのですよ? その上、ずっと魔法をかけ続けるなど……相当な魔力量が必要になります。そのようなことが可能な人物など、ヴァージル王国で光の守り手と噂されていた人物くらいでは?」
みんなが難しい顔で黙り込む。
光属性の魔法を扱える者は貴重であることから、どこの国でも基本的に自国から出さないようにするのが普通だ。それも相当な力の持ち主なら尚更だ。
「……確かにそうだ……しかし絶対に無いとも言いきれないだろ? やはり私自らその女性に会って、確かめてみるしかないな」
「まぁ確かに直接会わないとわからんこともあるだろうな」
「そうですね……アドルフの話だけでは参考になりませんし」
男性の言葉にアドルフが焦ったように全員を見つめる。
「えっ! まさかみんなで来る気か? さすがに獣人が一気に押しかけたら、ばーちゃんがびっくりしちゃうだろ!」
「そうか? しかしその女性はアドルフを怖がったりしなかったのだろう? それなら大丈夫だろ。時間が取れ次第連絡するから、アドルフからもその女性に話しておいてくれ」
男性は話は終わったというように、椅子から立ち上がると、さっさと部屋から出て行った。
「あっ、おい! 待てよ! ルーカス!! くそっ……いつも勝手に決めるんだから……」
アドルフが疲れたようにため息をつくと、バーナードがポンっと肩を叩く。
「あいつがそう言ってるんだから、仕方ないだろ? まぁ諦めるんだな」
「まぁルーカスが決めたなら従うしかありませんよ」
「う……眠い……アドルフまたね……」
それぞれアドルフに一言ずつ残すと、男性に続くようにみんなが部屋を出て行った。
アドルフはなす術もなくそれを見送ると、大きなため息をついた。