呪い
黒い塊が体に入った瞬間、全身の力が抜け、エミリーの体がぐらりと揺れる。
ルーカスが咄嗟に手を伸ばし、なんとかエミリーを抱き止めた。
「エミリー! エミリーしっかりするんだ」
酷い頭痛と吐き気がする。
(ダメだわ……視界がぼやける……)
みんながエミリーの名前を呼び駆け寄るが、酷い頭痛と耳鳴りでエミリーには周囲の音を聞き取る余裕はなかった。
「さっきの何なんだよ!?」
「おそらくレイラはまだ完全に消滅してなかったんだ……くそっ! エミリーしっかりしてくれ!」
レイラを完全に倒したと思い気が抜けていた。
残滓程度しか残っていない相手がこんな力をまだ持っているとは誰も思っていなかったのだ。
アドルフとルーカスは自分の行動を悔やむように唇を噛み締める。
「エミリー、しっかりするんだ!」
真っ青な顔でニールがエミリーの側に膝を着き必死に呼びかける。
「おい、誰か王宮医を呼んでくれ!」
「陛下私が呼んで参ります」
陛下の声に応え、すぐさまイーサンが部屋を飛び出して行った。
「これは…………」
「エミリーの容態は? どうなんだ?」
眉間に皺を寄せ口ごもる王宮医に、ルーカスが返事を急かす。
「私もこんなものは初めて見ましたが……おそらくとても古い呪いの一種かと……自分の命と引き換えに相手の命を奪うものだと思われます」
「なんだと……」
目を見開き固まるルーカスの肩に手を置き、バーナードが問いかける。
「呪いを解く方法は?」
「それは……わかりません……あまりに古い呪いですし、自分の命をかける呪いというのはとても強力なのです。加えてエミリー様に呪いをかけた人物は相当な力を持っていたようだ……そんな力の強いものが自分の命を代償にした呪いをかけたのなら、それ以上の力を持った人でなければ解呪も無理でしょう」
「では、ウォルター・ベイリー魔導士団長ならどうだろうか?」
「陛下、それは無理です。彼は今獣王国にいます。今は説明は省きますが、彼の実力は遠くあの魔族には及ばない」
「そうか……」
みんなが俯き、重たい沈黙が流れる。
「エミリーは……エミリーはどれほど耐えられるのだ?」
ニールが真っ青な顔をあげ、掠れた声で尋ねる。
「それもわかりません……ですがこのままでは長くもたないのは確かです。明日か一週間後か……今はエミリー様自身の光の魔力で呪いを抑えているようですが、それもエミリー様の力が尽きれば一気に呪いに食い尽くされるでしょう……」
「クソッ! エミリーの他にも光の守り手がいれば……それか光の魔力を回復させてくれるものがあれば……」
アドルフの叫びにはっとルーカスが顔をあげる。
「オルティス伯爵、どうかエミリーをこのまま獣王国で預からせてもらえませんか?」
「おい! オルティス伯爵はエミリーのお義父君だぞ? その二人を引き離すというのか?」
ハワード侯爵の言葉にニールが手をあげて、制する。
「理由をお聞きしても?」
「獣王国には光の木という光属性の魔力を持つ大樹があります。その木の周りは常に光属性の魔力で溢れています。おそらく光の木の近くなら、ここよりずっとエミリーの魔力を回復することができるはずです。もちろんオルティス伯爵も一緒に獣王国にお越しいただいて構いません」
「確かに光の木の近くであればエミリーさんの魔力を回復できるかもしれませんね」
「光の木もエミリーを歓迎してた。だから力を貸してくれるはず」
ルーカスに同意するようにアーノルドとファハドが頷く。
ニールは一瞬考えるように眉を寄せるが、一つ頷くと、ルーカスを真っ直ぐ見つめる。
「わかりました。エミリーをお願いします」
ルーカスもニールをじっと見つめ返し、力強く頷いた。
「貴殿らはすぐにでも獣王国に帰るのだな?」
「はい。エミリーを連れすぐにでも出発いたします」
「それであれば我が国の魔法使いたちに国境近くまで転移魔法で送らせよう。その方がエミリーへの負担も少ないだろう」
「それはありがたい。よろしくお願いします」
国王陛下の提案にルーカスが頭を下げると、国王陛下がいいやと首を振る。
「先ほども言ったが礼を言うのはこちらのほうだ。エミリーには愚息が本当に申し訳ないことをしてしまった。それに我が国を救ってくれた……」
一度目を覚ましたが、すぐさままた眠りについてしまったジェームズを見て、陛下は頭を下げた。
「どうかエミリーを頼む」
「ルーカス殿、ヴァージル王国に今いる魔法使いたちではあなた達を送るだけで精一杯だろう。私は後から向かう。どうかそれまでエミリーをよろしくお願いします」
陛下とニールに向かってルーカスは頷くと、すぐさま国王陛下によって集められた魔法使いたちに連れられ、ルーカスたちは部屋を後にした。




