ルーカスの獣化
「な……何よこの光は!?」
光に包まれた室内でレイラは叫びながら、手で顔を覆う。
しばらく経ち光が収まると、先ほどまで大量にいた魔物たちが一瞬のうちに消えていた。
「これは……どういうこと……」
レイラが呆気に取られた声で呟く。
「ルーカス様? 大丈夫ですか?」
エミリーの呼びかけに、ルーカスがゆっくりと目を開くと、ルーカスの瞳は美しい黄金色に変わっていた。
肩につくくらいの白銀の髪は腰のあたりまで伸び、まるで髪自体が光っているようにキラキラと輝いている。まるでルーカス自身が光輝いているようで、元々の美しい容姿が、獣化によって神々しさすら感じる。
「エミリー、ありがとう。心配をかけてすまない。やっと頭がスッキリした。あとは任せてくれ」
ルーカスはふわりと微笑むと、エミリーの額に優しくキスをする。
エミリーは突然のことに一瞬固まるが、はっと額を押さえ頬を赤く染める。
「ルーカス様!」
エミリーの咎める声にルーカスはふっと笑うと、レイラに剣を向けた。
「今度はこっちの番だな」
「くっ……なぜだ……獣王国の王族の獣化を抑えられるような力はなかったはずなのに……それどころかここにいた全ての魔物を消し飛ばすなんて……」
レイラは信じられないとでもいうように目を見開き、焦ったようにジリジリと後ろに退がる。
「ありえない……いったい何をした? なぜそれほどの力が一気に増えている?」
エミリーを睨みつけ、レイラは金切り声で叫ぶ。
「増えたのではないわ。これは元々私の力。お前が無力と言った私のお母様が私の身を守るために隠してくれていた力よ!!」
「なんですって? まさか……では本来のお前の力は五百年前の光の守り手よりも……くっ!」
レイラはキッとエミリーを睨みつけると、手の中に闇の魔力を凝縮させる。
そしてそれをエミリー目掛けて投げつけた。
エミリーは光属性の魔法でレイラの投げつけた黒い塊を包み込むと一瞬のうちに光の粒となって消え失せた。
「な……馬鹿な! 私の闇属性の魔法が……いや、そんなはずない!! お前の力など!!」
レイラが次の攻撃を放とうと、また手の中に力を溜める。
しかしルーカスが一瞬でレイラとの距離をつめると剣でレイラに切り付ける。
「くっ……」
レイラは寸前で体を引くと何とかルーカスの剣を避けた。
「ルーカス様! 待ってください! 彼女の体はマチルダ様のものです!」
「しかし……ではどうする?」
「ルーカス様、こちらへ」
エミリーはルーカスの剣に自分の手を添えると、光の魔力を流し込む。
剣が眩い光に包まれ、黄金色へと輝く。
「これは?」
「光属性の力を込めました。この剣であれば人を傷つけることはありません。この剣が切るのは闇に塗れた魔族と魔物のみです」
「すげぇ……そんなこともできるのか?」
アドルフが感心して声をあげる隣で、ルーカスはエミリーにか向かって頷いた。
「ありがとう。これであの魔族を必ず倒す」
ルーカスは剣を構えると、レイラのほうへと走り出す。
「ふざけるな! お前たちに私が倒せるはずがない!」
レイラは次々に闇属性の魔法で攻撃を放つが、ルーカスは軽々とそれらを全て切り払っていく。
(すごい……光属性の魔法を纏わせた剣とはいえ、一振りであんな簡単に防いでいくなんて……なんて素早く力強いのかしら……やっぱり白虎の神の力を継いでいるルーカス様の獣化は他のみんなと違うのだわ……)
ルーカスの飛び抜けた獣化の力に驚きながら、エミリーはルーカスの動きを必死に目で追う。
「くっ……ならばこれで!!」
レイラは歯噛みしながら、特大の魔力の塊をルーカスに向かって放つ。
しかしそれすらルーカスは軽々と切り払い、そのままの勢いでレイラを切り伏せた。
「うぁーーーー!!」
レイラの苦痛に悶える叫び声が大きく響く、そしてそのままバタリと床に倒れた。
レイラの体から炭のような黒いかけらが少しずつ空気中に溶け出していく。そしてその黒いかけらが消えた部分から少しずつマチルダの姿に戻って行く。
「エミリー、ルーカス、アドルフ無事か!?」
ドンっと大きく扉を開く音と同時にバーナードが叫びながら部屋へと飛び込んで来た。
それに続きアーノルド、ファハドが姿を見せる。
「みなさん!」
三人は所々怪我をしながらも、大きな傷は見られない。
エミリーが安堵の息を吐くと、三人もエミリーたちの無事な様子にホッとしたように笑みを見せた。
「エ……エミ、リー……なのか?……」
掠れた声で名前を呼ばれ、エミリーが振り返ると、人形のようにぐったりしていたジェームズがエミリーに向かって手を伸ばしていた。
「ジェームズ様!」
エミリーが駆け寄ると、ジェームズが掠れた声で呟く。
「すま、ない……すまなかった……」
今までのことを思うとすんなり許す気にはなれないが、彼もまた操られた被害者だ。
エミリーは小さく頷くと、ジェームズに体力の回復のための治癒魔法をかける。
エミリーの魔法で穏やかな呼吸に変わると、相当辛かったのか、ジェームズはそのまま眠ってしまった。
「エミリー! よかった! 無事だったか」
扉の方から聞こえた声に視線を向けると、イーサンが息を切らして駆け込んで来た。そしてその後ろには王妃殿下とニールに支えられ、国王陛下が部屋の扉の前に立っていた。
「陛下!!」
エミリーはすぐさま礼の姿勢をとり、そしてチラリとニールに視線を向ける。
(よかったお義父様も無事だったのね)
エミリーの視線にニールもふっと目元を緩める。
力を解放したエミリーの光属性の力で黒いモヤが払われ、王宮内に少しずつ元の気配が戻って来るのを感じる。
「エミリー、そして獣王国の方々我が国を救ってくれて感謝する」
陛下の言葉にルーカスたちも頭を下げる。
「いえ。緊急事態とはいえ、国境を越え勝手に貴国に入ってしまい申し訳ない」
「どうか頭をあげてくれ。おかげで私もやっと目覚めることができた。ずっと闇魔法に意識を囚われ、目覚めることができなかったのだ。頭を下げなければならないのは私のほうだ」
以前よりもやつれた姿ではあるが、陛下の瞳には以前と同じ力強さが感じられる。
「エミリー、愚息が本当にごめんなさいね。私も操られそうになって、それを防ぐために心を閉ざし、陛下と部屋に閉じこもっていたの……あなたが大変な時に助けられなくてごめんなさい」
王妃殿下はエミリーに向かって頭を下げる。
「そんな! 王妃殿下、お顔をおあげください」
「心を閉ざして自分を守っていたけれど、報告は聞いていたから全て知っていたの……私まで操られてはいざという時、陛下を守れないと思って……これは言い訳でしかないわ……」
精神操作から逃れる術がない人が、あの黒いモヤに満ちた王宮内でこうして何とか自分を保っていられたことのほうがすごいことなのだ。
「いいえ! そうされるのは当然のことです! どうかもう気になさらないでください。それよりも今は……」
未だに倒れたまま動かないマチルダへと視線を向ける。
ほとんどの黒いかけらが消え、あと少しで完璧にマチルダへと戻るだろう。
エミリーがマチルダに近づき隣に屈もうとしたとき、ゾワっとする感覚に背筋が冷える。
次の瞬間、残っていた黒い塊が集まると、エミリーに向かって飛んできた。
「「「エミリー!!」」」
みんなの叫びが聞こえるが、この至近距離では避けられない。
『お前だけは許さない! 五百年前のあの女とそっくりなその顔……絶対にお前だけは!!』
低い怒りに満ちた声にならない音を吐き出し、黒い塊はエミリーの体へと吸い込まれていった。




