王都へ
「とにかく今は急いでオルティス領を離れたほうがいい。ハワード侯爵、悪いがあの道を使わせてもらえないか?」
「もちろんです。緊急事態ですし、エミリーのためなら仕方ありません」
「お義父様? あの道って何ですか?」
ニールは確認するようにイーサンに視線を向けると、イーサンが頷く。
「ハワード侯爵は国防を担っているだろう? それはつまり王族の護衛もまたその一つだ」
「ええ、それは存じております」
「エミリーに話したことはないが、有事の際ハワード侯爵家だけが使える王都への直通経路があるんだ」
「そうなのですか? でも何故お義父様がそのことをご存知なのですか?」
「オルティス伯爵家とハワード侯爵家は昔から繋がりが深いからな。とにかく今はそんなことより、ハワード侯爵からあの道を使う許しを得たのだ。今すぐハワード領へ向かいなさい」
せっかくこうして話せるようになったのに、こんなに早くオルティス領を離れることになるとは思わなかった。いろいろ話したいことはあるが、今は仕方がない。
「エミリー、大丈夫だ。全て終わればゆっくりまたお茶でもしよう」
まるでエミリーの心情を見透かしたようなニールの言葉にエミリーはふっと笑顔を見せる。
「ええ、ぜひ」
「それにすぐにまた会えるさ。私もあの若造どもをいなしたら王宮へ向かう。私はあの者たちよりもずっと長く陛下に仕えているんだ。上手くすれば陛下への面会も秘密裏にできるかもしれない」
心強いニールの言葉に、エミリーが頷く。
報告に来た者からの知らせを受けて、スチュアートが重々しい声で呼びかけた。
「旦那様、どうやらモリス宰相子息、そして一部の高位貴族がオルティス領に入ったようです」
「思っていたより早いな……さぁ、エミリー行きなさい」
エミリーは静かに頷くと、最後にもう一度ニールとスチュアートを見つめる。
「エミリー、名残り惜しいと思うがそろそろ」
ルーカスがエミリーを促すようにそっと手を引くと、ニールとスチュアートはエミリーに笑みを見せ、頷いた。
「後でな」
「エミリーお嬢様、お気をつけて。また帰って来られるのをお待ちしております。行ってらっしゃいませ」
エミリーは二人に笑みを返すと力強く頷く。
「行ってきます!」
「しかしこんな道があるとは……これならば王都まですぐだな」
あれからエミリーたちは無事ハワード領に着いた。そして、そのまま休むこともなく、王都へと向かっていた。
「ああ。だが頻繁に使う道でもないから、あまり舗装はされていない。気をつけてくれ。それよりエミリーが同乗するならこの道に慣れている私と一緒に乗ったほうが良いのではないか?」
「大丈夫だ。確かに道には慣れているかもしれないが、この旅の間は私とずっと同乗していたんだ。慣れている者と乗ったほうがいいだろう?」
ルーカスとイーサンの間で火花が散る。
道幅も狭く、舗装されていない道ということで、馬車ではなく、馬に乗っての移動となった。
エミリーはいつものようにルーカスの馬に一緒に乗せてもらっていたのだが、それを不満に思うイーサンがことあるごとにルーカスと口論を続けているのだ。
「またやってるよ……」
「緊急事態なんだからいい加減にして欲しいよな……」
「全くですね……もっと考えなければいけないことがあるでしょうに……」
「うん。二人ともうるさい。エミリーが困ってる」
エミリーが苦笑を浮かべていると、冷めた視線で呆れた表情の四人がルーカスとイーサンを諌める。
しかし、それでも二人は表面だけの笑みを浮かべ、睨み合っている。
エミリーは疲れた表情で大きく息を吐き出した。
「ところでこの道は王都のどこに繋がっているの?」
「この道は王宮の裏口近くに繋がっているんだ。まぁ、どうせ裏口も守りを固めているだろうがな……」
「そうでしょうね」
アドルフたちが王都に現れ騒ぎになったことで、マチルダも警戒していることだろう。
それならばもちろん王宮の全ての出入り口の警備は強化しているはずだ。
「それじゃあどうやって中に入るんだ? いっちょ暴れるか?」
アドルフは楽しそうにニヤッと笑うが、そのアドルフの頭をバーナードがバシッと叩く。
「アホか! 騒ぎを起こせばどんどん衛兵が集まるだろうが!」
「いってーな! 叩くことないだろう! バーナードは馬鹿力なんだから!」
「叩いてその単純な思考回路が少しマシにでもなればいいのですがね」
辛辣なアーノルドの言葉にアドルフがむっと頬を膨らます。
「確かにどこから入るかは問題だな……」
「それなら私に考えがある」
「考え? いったいどうするの?」
「私が門にいる衛兵の気を引いている間にエミリーが幻惑の魔法を使って中に入るのはどうだ? 確か幻惑の魔法は姿を変えることもできれば、認識の阻害もできたはずだろう?」
「それはできるけど……でも……」
もしかしたら衛兵の中には精神操作で操られている人がいるかもしれない。
先日エミリーたちが鐘塔で襲われた時も、衛兵が精神操作の魔法にかかっていたのだ。
操られた人間は何をするかわからない。イーサン一人で残るのは危険だろう。
エミリーが心配気に見つめると、イーサンが安心させるようににっと笑う。
「大丈夫だ。オルティス伯爵には及ばないが、これで私も長くハワード侯爵として陛下に仕えてきたんだ。エミリーたちが中に潜入できたら、捕えられる前に衛兵からは離れるさ。それに私一人であれば王宮内に忍び込むことだってできる。あとで合流しよう」
イーサンがここまで言い切るということは、上手くいくという絶対的な自信があるのだろう。むしろエミリーたちがいないほうがイーサンは動きやすいのかもしれない。
イーサンの自信満々な様子に、エミリーは頷いた。




