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調査と思い出

「今日は私たちもエミリーが行く町に同行してもいいか?」


「ええ、是非!」


 翌日の早朝、最後の最後まで自分はオルティス領に残りたいと足掻いていたアドルフは、ファハドとアーノルドに半ば引きずられるように王都に向かって出発した。


 三人を見送ったエミリーたちは朝食を食べながら、今日の予定を話し合う。


「それでは準備ができましたら、お声がけしますね」


 そうしてエミリーたちは食事のあと、すぐに外出の準備をし、昼前には目的の町に着いた。



「この町も問題ないようですね」


「そうだな」


 町の人に案内をしてもらい、一通り様子を確認したエミリーたちは、町の中心部に戻ってきた。

 元気な声がそこかしこで聞こえ、町の人を見ているだけでも平和な様子がわかる。

 エミリーは安堵しながら、ふと後ろに立つ大きな木を見上げる。


(そういえばこの木って……)



 光の木ほどは大きくないが、それでも他の木と比べると立派な木だ。

 この木には思い出がある。


 エミリーの両親がまだ生きていた頃、たびたび町の視察に着いて行ったエミリーは、この町に来た時はいつもこの木の下で母親と休憩していた。

 母親に膝枕をしてもらい、うとうと微睡(まどろ)むのだ。頭を撫でてくれる優しい手が気持ち良く、その時間がエミリーは大好きだった。

 本来令嬢がそんなことをするべきではないのだが、母親は隣国の田舎町の子爵家の出身で、内緒で良く付き合ってくれた。



(懐かしいわね……)


 エミリーが昔を思い出すように木を見上げていると、ふと記憶が(よみがえ)る。



『……めん……さい。でもきっと……必要な……から……そ……するわ……あなたなら……』


(そうだわ……確か私がうとうとしている時に……)


 眠気でかすれる意識の中、母親がエミリーに何かを言っていたのだ。

 申し訳なさそうに。悲しそうな声で。

 あれはいったい何と言っていたのか……

 どれだけ思い出そうとしても、その言葉がモヤがかかったように思い出せない。




「エミリー? 大丈夫か?」


 ルーカスがエミリーの顔を覗き込むように身を乗り出す。エミリーはビクッと肩を跳ねさせると苦笑を浮かべる。



「あっ……大丈夫です。すみません……少し昔のことを思い出していて……」


「昔のこと?」


「はい。この町に来た時は母親と良くこの場所で休憩していたなって……」


「そうなのか? 確かにこの場所は気持ちが良いな」


「そうだな。この木のおかげでちょうど影になって、風も通るし、良い休憩場所だよな」


 ルーカスとバーナードがほぐすように体を伸ばす。

 他領の町では感じられなかった穏やかな時間にほっこりしていると、バタバタとこちらへと走ってくる足音が聞こえた。



「エミリー様!! エミリー様!!」


 焦ったように叫びながら、顔色を悪くした男性が、エミリーたちのところへ必死に走ってくる。

 ただ事ではないい男性の様子にエミリーたちも表情を固くし、男性の方へと駆け寄る。



「いったいどうしたの?」


 男性は肩で息をしながら、途切れ途切れに話し出す。



「奴らが……魔物が出たんです! いつもの魔物より、デカくて……エミリー様たちに避難していただこうと……」


「町の中に入って来たのですか?」


「いえ、まだ入って来てはいないのですが、いつもの奴ならそのまま帰るのに、今日の奴は中を窺うみたいにずっと町の周囲をウロウロしてるんです……もしかしたら中に入ろとしているのかも……」


「エミリー、私たちも様子を見に行こう」


「そんな! 危険です! どうか安全な場所に避難してください」


「私たちなら大丈夫です。彼らはとっても強いのですよ」


「そうそう。その魔物は俺たちが退治してやるから、心配するな」


 バーナードの余裕のある笑みに、男性は不安気な表情で渋々頷いた。




「危険だと思ったら逃げてくださいね。私たちはエミリー様に危ない目にあって欲しくないのです」


 男性の心配気な様子に、エミリーは安心させるように微笑む。

 エミリーが領民を大切に思うように、彼らもまたエミリーのことを大切に思ってくれている。エミリーとしては、そんな彼らにこそ、危険な目にあって欲しくはないのだ。



「わかりました。でもそれは私も同じ気持ちです。もし中に入って来た場合に備えて、女性や子どもを安全な場所に避難してもらえますか?」


「わかりました……」


 男性はエミリーたちを魔物が現れた場所の近くまで案内すると、エミリーに言われた通り、避難誘導に向かった。


 エミリーたちが現場に到着すると、町の男性たちが武器を構えて、町の内側から魔物を取り囲むように控えていた。




「みなさんご苦労様です」


 エミリーの声に振り返った男性たちは驚いたように目を開き、慌ててエミリーに駆け寄る。


「ここは危険です! 早く避難を! エミリー様に伝えに行った奴は何をしてるんだ!」


「いえ、私が無理を言ってここまで来たのです。私は大丈夫です。それよりも魔物は?」


 町の男性たちは困惑しながらも、エミリーの引く気がない様子に渋々道を開ける。



「あいつです。危険ですから、どうかこれ以上は近づかないでください」


「あれは……中級魔物……」



 オルティス領では下級魔物の報告しかなかったはずだ。

 まるでエミリーたちを待ち構えていたかのような中級魔物の出現に嫌な予感が膨らむ。


(行く所、行く所で強い魔物に遭遇するなんて……特定人物を魔物が襲うなんて聞いたことがないけれど、まるで誰かの指示に従って私たちを追いかけているみたいだわ……考えすぎかしら?)



 魔物は男性が言っていたとおり、まるで様子を窺うように中に入ろうとしては、植物が触れそうになると元の位置に戻るを繰り返している。


「エミリー、今のうちに倒してしまおう。あれくらいならすぐ終わる」


 エミリーが頷こうとした時、ルーカスとバーナードがばっと周囲に視線を走らせると、険しい表情になる。


「どうやら、あれだけで済みそうにないな」



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