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親子の再会

コンコン


「旦那様、失礼いたします。エミリーお嬢様をお連れしました」


「……入れ」



 スチュワートに続き、エミリーは部屋の中に入ると、頭を下げる。



「お義父様、お久しぶりでございます。この(たび)は私のことでご迷惑をおかけし、申し訳ございません」


 オルティス伯爵はチラリとエミリーに視線を向けると、一瞬口を開くが、眉間に皺を寄せるとまた手元の書類に視線を落とし、押し黙る。



 ニール・オルティス伯爵は抜け目のない切れ者として、陛下からの信頼も厚い。

 元々はエミリーの実の父がオルティス伯爵を継いだが、彼が事故で亡くなったあと、弟であるニールがオルティス伯爵となった。


 エミリーより暗めのプラチナブロンドの髪と真っ青な瞳はエミリーの記憶に残る父親と似ている。

 しかし、その表情は、常に優しい笑みを浮かべた父親とは正反対で、眉間に皺を寄せ、いつも厳しい表情をしている。


(返事もないのね……)



 スチュワートはゴホンっと咳払いをすると、非難するように目を細めてニールを見つめる。

 ニールは居心地が悪そうに視線を逸らした。


「しばらくオルティス領に居座るつもりなのだろう? 屋敷に泊まろうが勝手にするがいい」


「え?……」


 思いもよらないニールの言葉に、エミリーは気の抜けた声をあげる。


「何だ? 別にこの屋敷に泊まりたくないなら、とっとと出て行けばいい」


「旦那様!」


 スチュワートが(いさ)めると、ニールはエミリーから目を逸らし、また手元の書類に視線を戻す。



(まさか婚約破棄されたことを非難されるのではなく、屋敷の滞在を許可されるなんて……いったいどういう風の吹きまわし?)



「エミリーお嬢様、旦那様もハワード侯爵からの手紙でお嬢様たちが来られるのを心待ちにしていたのです」


「おい、私は別に……」


「旦那様、いつ何が起こるかわからないのは身に染みてよくわかっているでしょう? 後悔なさらないよう、お気持ちはしっかりお伝えするべきです! エミリーお嬢様、どうかしばらくは屋敷でお過ごしください」



 スチュワートは昔からエミリーの味方になってくれていたが、まさかニールにここまであけすけに物を言うとは思っていなかった。



「本当に屋敷に滞在してもよろしいのですか?」


「勝手にすればいいと言ったはずだ」


「旦那様!」



 スチュワートはため息をつくと、困ったように微笑む。


「エミリーお嬢様も長旅でお疲れでしょう? 他の方は客室にご案内いたしますから、お嬢様はご自分のお部屋でお休みください」


「わかったわ。お義父様……ありがとうございます」



 ニールは書類を見ながら小さく頷く。

 エミリーはニールの様子に驚きながらも、頭を下げ部屋を出た。






「エミリー、大丈夫か?」


 客間で待機していたルーカスたちの元に戻ると、それぞれ心配気な様子でエミリーを見つめる。


「ありがとうございます。大丈夫です」


 エミリーがにっこり笑って答えると、ルーカスたちは安心したように柔らかな笑みを浮かべる。


「その様子だと本当に大丈夫だったようだな」


「はい。ご心配をおかけしました」


(でもお義父様としっかり話したのなんていつぶりかしら? それにお義父様って昔からあんな感じだったかしら……?)




「エミリーお嬢様、みなさま、お部屋の準備が整いましたので、ご案内いたします」


 それからスチュワートに連れられ、エミリーもルーカスたちをそれぞれの部屋まで案内し、最後にエミリーの部屋に着く。

 スチュワートはエミリーを見つめると、目を(うる)ませる。



「スチュワート? 大丈夫?」


「本当に……本当にお嬢様がご無事でようございました」


 スチュワートがこんな感情的になるのは珍しい。

 いつも朗らかに笑みを浮かべ、隙なく完璧に仕事をこなすのだ。

 そんな彼にこんな顔をさせてしまうとは、相当心配をかけてしまったのだろう。



「スチュワート、心配をかけてごめんなさいね」


 エミリーがスチュワートの手を握ると、スチュワートはいいえと首を振る。


「お嬢様は正しい判断をされました。きっとあの日この屋敷に戻ればお嬢様の命はなかったでしょう……警備の者から怪しい者が屋敷の周囲にいたと連絡が入ったのです。相当な手練だったと聞きました。私はお嬢様の判断に感服いたしました。ですからこれはじぃが勝手に心配していただけなのです」



 スチュワートはいつもの優し気な笑みを浮かべると、部屋の扉を開き、頭を下げた。



「ゆっくりお休みください。今日はお疲れでしょうし、部屋に簡単な食事を運ばせますね」


「ありがとう」



「あの……厚かましいとは思いますが、お嬢様にお願いが……」


「あら? 何かしら?」



 スチュワートからの珍しいお願いに、エミリーは首を傾げる。


「明日、旦那様とお茶をしていただけませんか?」


「お義父様と? スチュワートそれは……」


 ニールとお茶など、不毛な時間を過ごすだけだ。

 エミリーは断ろうと口を開くが、スチュワートに遮られる。



「お嬢様が言いたいことはわかります! ですが、本当に旦那様はお嬢様を心配しておいででした……旦那様は昔から自分の気持ちを押し込めるばかりに、上手に人間関係を築けませんでした」


「でもオルティス伯爵として問題なくオルティス領を治めているじゃない」


「社交や外交のうえでは問題ないのです。むしろ感情を表に出さず、相手に意図を悟らせないのは領主としては素晴らしい資質です。しかし、本当に大切な家族や友人にまで全てを隠してしまわれる。とても不器用な方なのです。本当はお嬢様のことも大事に思っておられます。どうか……どうかお願いします」


 スチュワートにこれだけ必死に頼まれては、断ることはできない。


「はぁ……わかったわ……少しだけなら……」


 エミリーに返事にスチュワートはぱっと明るい表情になる。

 そして何度もお礼を言って、仕事に戻っていった。



(スチュワートがこれほどお義父様のことを案じているなんて……気が重いけど、イーサンにもよく話してみるべきだと言われたし仕方ないかしら……)


 エミリーはため息をつくと、久しぶりの自分の部屋を見まわし、ほっと息をついた。



(そういえば……この部屋の配置、一つも変えられていないわ。それにずっと大切に管理してきたみたいに掃除も行き届いてる……あんなことがあったから、私物も全て捨てられていると思っていたけど……)


 部屋が綺麗に保たれているということはニールがそのままにしていておくように指示していたということだ。


(私もお義父様のことを決めつけて、気づいていない部分があったのかしら……?)


 エミリーは気持ちを切り替えるように体を伸ばすと、明日に備えてゆっくり休むことにした。

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