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オルティス伯爵邸へ

「スチュワート!!」


「お久しゅうございます、エミリーお嬢様」


 優し気な笑みで、ピンと背筋を伸ばし、気品すら漂わせる老齢の執事がエミリーに向かって頭を下げる。


「どうしてここに?」


「ハワード侯爵からエミリー様が戻られると知らせを受け、お迎えにあがりました」


「イーサンが?」


(きっと私の返事を聞いて、昨日のうちに知らせを出したのね……)


 スチュワートはふわりと優しい笑みを浮かべ、ルーカスたちに視線を向ける。



「ではみなさま、オルティス邸にご案内いたします。長旅でお疲れでしょう」


「スチュワートありがとう。だけど……オルティス邸にずっとはいないつもりよ。お義父様にも迷惑がかかるし、嫌がられるでしょう?」


「まさか! そんな訳がございません! 旦那様はお嬢様がお戻りになれば、喜ばれます」



 スチュワートはそう言うが、オルティス伯爵が喜ぶとは思えない。


(スチュワートは私とお義父様の関係をよくわかってるはずなのだけど……)



「スチュワートありがとう。でもやっぱり長く滞在はしないわ……」


 スチュワートは悲し気に眉を寄せると、仕方がないというように小さく頷いた。


「そうですか……わかりました。ですが、どうか旦那様とお会いになり、一度ゆっくり話してみてください。旦那様もきっとお嬢様とお話しされたいはずです」



 エミリーとオルティス伯爵は顔を合わせても、会話という会話をすることがない。


 昔のエミリーはオルティス伯爵に、亡くなった両親のように優しく笑いかけ、褒めてもらいたくて、必死に話題を見つけては話しかけていた。

 しかし、伯爵からは返事すら返って来なかった。ましてや視界にも入れたくないとばかりに視線まで逸らされた。

 それは自分に関わるなと拒絶されているようで、エミリーは次第に話しかけなくなった。



 きっと彼にとって自分の兄が亡くなったから仕方なく引き取った娘でしかなかったのだ。

 エミリーにとってはたった一人の肉親でも、伯爵にとってはそうではなかったのだろう。


 衣食住と素晴らしい家庭教師を手配してくれたのは、オルティス伯爵家をより繁栄させるため、王家との婚姻を完璧なものにしたかったからだろう。

 しかし、エミリーは婚約破棄をされ、追放までされた。しかも今はその処罰に逆らってヴァージル王国に潜入している。

 そんなエミリーをオルティス伯爵が歓迎するはずもない。



(話したいか……確かにずっと我慢して育てた娘がこんなことになったのだもの……罵倒(ばとう)したいのは当然よね……会えばいったい何を言われるかしら? きっとまた、あの冷めた目で見られるのでしょうね)


 考えると気が重くなり、エミリーは大きくため息をついた。



「わかったわ。お義父様と話をするわ……」



 エミリーの言葉にスチュワートはパッと表情を明るくする。


「良かった! 旦那様もお嬢様の元気なお姿を見て、直接お話を聞ければ、安心なさるでしょう!」







 エミリーはスチュワートの用意した馬車に揺られながら、憂鬱(ゆううつ)な気分で窓の外を眺める。


「エミリー、大丈夫か? 顔色が優れないな……やはりオルティス伯爵と会うのは気が進まないか?」


 馬で並走していたルーカスは窓に近づくと小さな声で問いかける。

 エミリーは内心を言い当てられ、苦笑を浮かべた。


「はい……ですがイーサンにも言われましたし、スチュワートにまで頼みこまれたら、無視はできません。何を言われても仕方のないことだとは思っているのです。私はお義父様が望んでいた王族との婚姻を破棄されてた挙句、追放されたのですから……オルティス伯爵家にとって汚点でしかないでしょう」



「しかし、それはエミリーのせいではないだろう? 精神操作で王太子とその周囲が操られていたからだ。そのことをしっかり話せばいい」


「そうですね……ですがちゃんと聞いてもらえるかどうか……」


 エミリーの諦めたような笑みに、ルーカスはエミリーに手を伸ばす。

 差し出された手に、エミリーは首を傾げながらも、自分の手を乗せた。


 ルーカスはふっと微笑むと、エミリーの手をぎゅっと優しく包み込んだ。



「もしエミリーが悲しむことがあれば、私が君をすぐさま連れ出すさ。たとえオルティス伯爵に止められようと、何を言われようとな」


「ルーカス様……ありがとうございます」


 エミリーが微笑むと、ルーカスは優し気な笑みを浮かべ、大丈夫だというように頷いた。



(どうしてルーカス様の言葉はいつもこんなにも私に勇気を与えてくれるのかしら? ルーカス様たちがいてくれるなら、何を言われても、きっと大丈夫だって思えてくるわ……)



 エミリーは気合いを入れるように、パンと軽く頬を叩くと、覚悟を決めて、大きく息を吐き出した。



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