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狼獣人

 エミリーは思わず、じっとその青年を見つめる。

 彼の頭には狼のような大きな耳があり、お尻のほうから尻尾が垂れている。

 暗い焦茶色のツンツンとはねた髪に、明るい緑のクリクリとした大きな目は幼く見え、耳や尻尾があるせいかとても可愛らしくみえる。



(これが……獣人……?)


 彼はエミリーの視線に困ったように見つめ返す。

 そして何かに気づいたように「あっ……」と呟いた。



「も、もしかしてばーちゃん獣人を見るの初めてか? そ、そっか……えーっと……う〜ん……」


 彼はエミリーに問いかけると、難しい顔をして考え込む。

 そして、「よしっ!」と小さく頷く。

 彼は安心させるように、エミリーに向かってにっと笑いかけた。


(けもの)っぽくて、怖いかもしれねーけど、別にいきなり噛みついたり、引っ掻いたりしないからな! それに基本は争いも好まねーんだ!」


 得意げにぽんっと胸を叩き、これで大丈夫だろうというようにチラッとエミリーを見つめる。

 しかし、エミリーからの反応がないことに耳をペタリと下げると焦ったように視線を彷徨わせる。


「あれ? 伝わってない? えっと……どうしたら信じてもらえるかな……? 本当に全然怖くないんだぞ?」



 どうやらエミリーが黙って見つめ続けたせいで、(おび)えていると勘違いさせたらしい。

 彼は「うー……」と困ったように眉を寄せながら、腕を組み考え込んでいる。

 そんな彼を見てエミリーはふっと頬を緩ませる。



(ふふっ……なんだか可愛いわ。昔、屋敷の近くに住み着いた犬を見てるみたい……ころころ表情が変わって可愛いけど、早く誤解を解かないと可哀想よね……)


 エミリーは彼の誤解を解こうと、口を開いた。

 そして、そういえばと思い出す。



(私は今、姿を変えているのだから言葉遣いも気をつけないと……)


 エミリーは冷静になるため、一つ息をはく。

 そして口調に注意して、話しかけた。



「確かに獣人を見るのは初めてだよ……だけど珍しかったからじっと見てしまっただけだ。べつに怖いと思っちゃいないよ」


「そ、そうか! なら良かった!」



 勝手に小屋の中に入られたというのに、にっこり笑って安堵(あんど)している彼の表情に、人柄の良さがうかがえる。



「勝手に中に入ってしまって悪かったね……ずっと森を歩いていたら疲れてしまって……」


「いや、それはいいけど……ばーちゃんはいったいどうやって獣王国に入ったんだ? この国の周りには結界がはってあるはずなんだ。だからそう簡単に隣国と行き来できないはずなんだけどな……」



(うっ……や、やっぱりそこは疑問に思うわよね……「結界を緩めて入りました!」なんて言えないし……)


 エミリーはうっと言葉に詰まるも、相手に怪しまれないように表情を取り(つくろ)う。



「山に入って、ずっと歩き回ってたらここに着いたんだよ」


「ってことは、どこかに結界が緩んでる箇所があるのか……それなら調査が必要だな……」


 青年は難しい顔で小さく呟く。

 エミリーが入る時に緩ませただけであって、今は常時の強力な結界に戻っているだろう。エミリーとて緩めるのに苦労したほど強固な結界だ。

 しかし、そんなことを言えるはずもない。


(ごめんなさいね……でも真実を言うことはできないのよ……)


 エミリーは自分のせいで、いらぬ調査をさせてしまうことに罪悪感を覚え、心の中で謝罪しながら、すっと気まずそうに視線を逸らした。





「ところでばーちゃんはどこの国から来たんだ? ここら辺ならヴァージル王国かな?」


 青年は元の明るい表情に戻ると興味津々というように耳をピクピク動かしながら、エミリーに尋ねた。


「え、えっと……」


(これって正直に言っちゃうとヴァージル王国に戻されるってことよね……それだけは回避(かいひ)しないと!)



「な、内緒じゃ!」


 なんとか流してくれと願いを込めて、ちゃめっ気たっぷりにウインクで返してみる。



「内緒ってそんな風に言われても……家に帰らないといけないだろ? 教えてくれれば送ってやるからさ」


(ダ、ダメだったか……まぁそう言われるわよね……でも何が何でも今帰るわけにはいかないのよ)




「家に帰りたくないんじゃ!」


「帰りたくないって何でだ?」


 青年は困った表情で頭をかく。

 何か理由を考えなければ、納得してくれそうにない。それに相手は親切心からそう言ってくれているのだ。

 エミリーは考え込むと、思いついたままに話し出した。


「わ、私の息子夫婦が酷いんじゃ……いつも邪魔者扱いされて……ご飯もろくに食べさしてもらえぬし、召使いのように扱われる……もうあの家に私の居場所はない……帰るのは嫌なんじゃ……」



 エミリーは迫真の演技で悲壮感を漂わせ、ウルウルと瞳を潤ませる。

 それを青年はじっと探るような視線で見つめる。



(うっ……さすがにこれじゃ(だま)されてくれないかしら……)



「ばーちゃん……」


 次の瞬間青年の顔がくしゃっと(ゆが)み、耳と尻尾がだらりと垂れ下がり、とても悲しげな表情に変わる。


「苦労してんだな……ばーちゃんに、そんなひでーことするなんて……任せろ! 今後のことは一緒にゆっくり考えようぜ! とりあえず、しばらくはこの小屋を使ってくれればいいよ!」


「……あ、ありがとう……」


 まさかの反応にエミリーは一瞬言葉に詰まるが、何とかお礼の言葉を返す。



(騙した私が言えた義理じゃないけど……この人こんなあっさり騙されて大丈夫かしら……見回りや調査って言ってたから騎士や衛兵関係の仕事よね……)


 エミリーは青年の真っ直ぐさに心配になりながら、胸を張ってキラキラした表情の青年を見つめる。



「そういえば、まだばーちゃんに名前聞いてなかったな。何て名前なんだ?」


「エ……」


(って、私ったら何、純真さに流されて普通に名前答えようとしてるのよ! この人の素直すぎる人柄に感化されてるわ……えっと……名前名前……)


 名前を聞かれてすぐ答えられないのは怪し過ぎるだろう。

 すでに一文字目は答えてしまった。

 焦ったエミリーは何とか続きを口にする。


「エリーだよ」


(……って一文字抜いただけじゃない!! 私って何てセンスがないのかしら……)



 一人心の中で落ち込んでいると、エミリーの感情とは正反対な爽やかな笑顔で青年が手を差し出した。



「そっか! エリーばーちゃんだな! 俺はアドルフ・ロペス! 狼獣人だ。よろしくな!」


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