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ハワード侯爵邸へ

「イーサン……」


「エミリー、行こう」


 エミリーは後ろ髪を引かれる思いでチラリとイーサンを見つめるが、ルーカスに手を引かれるまま、歩き出した。

 



「エミリー、待ってくれ!! 少しでいい。私の話を聞いて欲しい!!」


 必死に呼び止めるイーサンの叫びに、エミリーはふっと息を吐き出した。


「ルーカス様、申し訳ありません。少しだけ待ってくださいますか?」


 ルーカスはイーサンを探るように見つめると、仕方ないというように息を吐いた。


「ルーカス様、ありがとうございます」


 エミリーがイーサンに向き直ると、イーサンは窺うようにそろりと一歩一歩エミリーに近づく。そして目の前で立ち止まると、勢いよく頭を下げた。



「エミリー、本当にすまなかった……謝って許してもらえることではないとわかっている。君を裏切るなど……私は本当にどうかしていた。まさか精神操作魔法にかかってしまうなんて……」


「イーサン、頭を上げて。ベイリー魔道士団長ですらかかってしまったのだもの。マチルダ様の精神操作魔法が強力だったのでしょう……仕方がなかったわ」


「だが……だが君はマチルダ嬢には気をつけるようにと言ってくれていたのに……完全に私の落ち度だ。本当にすまかった」


「いいえ。もう良いのよ。まだ完璧に解けていないのではないかと不安もあったけれど、その様子だと完全に解けたみたいね。あなたが元に戻ってよかったわ」


「ああ。君のおかげだ。本当にありがとう……」


 イーサンはエミリーの手を取ると、申し訳なさそうに笑みを浮かべ、優しく握り込む。子供の頃に戻ったような懐かしい感覚にエミリーが微笑み返す。

 するとルーカスが突然エミリーを抱きこむように後ろに回り、エミリーの手に自分に手を添えたかと思うと、無理やりイーサンの手を引き剥がした。



「ルーカス様?」


「本当に彼は精神操作魔法が解けているのか? 君を油断させるための罠では?」


「いいえ、間違いなく精神操作の魔法は解けています。マチルダ様の魔力は全く感じませんもの」


 それでもルーカスは胡乱(うろん)げな目でイーサンを見つめる。

 そんなルーカスの視線にイーサンはむっと眉を寄せると、ルーカスとアーノルドを睨みつける。




「いったいお前たちは何者だ? そのように簡単に女性に触れるものではないと思うが……まさかそんな礼儀も知らぬ者なのか?」


「何? 女性の手を突然握る者に言われたくはない」


「わ、私とエミリーは幼馴染だ。ずっと長い付き合いで、手を握るのは以前から普通にしてきたことだ。お前みたいに後ろから抱きつくようなことはしない! いったいどのような教育を受ければそんな非常識な行動を取れるのか」


「イーサン、彼らは私の恩人です! 失礼なことを言うのはやめてください! ルーカス様もそんな警戒しなくても大丈夫です」



 エミリーが仲裁に入ると、二人はむっとしながらもお互いを睨みつけながら口を閉じる。

 しかしすぐに気を取り直したようにイーサンがエミリーに視線を移す。



「エミリーは宿を取っているか? 今日はもう遅い。よければ私の屋敷に泊まらないか?」


「結構だ。貴殿のことはまだ信用ならない」


「お前には聞いていない! だいたいフードも取らず、素顔を明かさない人間の方がずっと怪しいだろう!」


「別に貴殿にどう思われようがかまわない」


「そうか。だが怪しい者を我が屋敷に招くことはできない。いい加減フードを取ったらどうだ?」


 イーサンがルーカスのフードに手を伸ばすと、ルーカスはするりと軽くその手を避ける。

 しかし、その時強い風が吹き、ルーカスのフードがハラリと脱げた。



「っ!?…………獣人族!」


 イーサンは驚きに目を見開き、そしてすぐさま剣を抜く。



「エミリー、そいつらは危険だ! 早くこちらへ!!」


「イーサン! やめて! 彼らは危険ではありません!」


「獣人族だぞ? 君は(だま)されているんだ。凶暴で何をするかわからない。獣と同じだ!」


「何だと?」


 ルーカスは耳と尻尾を逆立てるとギロリとイーサンを睨みつけ、一触即発の空気が流れる。


 エミリー自身もイーサンの言葉は許せなかった。

 エミリーはむっと眉を寄せると、睨み合う二人の間に入り込み、ルーカスの前に進み出た。



「イーサンは獣人族と会ったことがあるのですか? 直接彼らと接してそう感じたのですか?」


「いや……あの国は国交を絶っているから、直接会うのは初めてだが……しかし、噂では……」


「それでは本当の彼らのことは何も知らないのですよね? そうやって噂だけで決めつけるなど、彼らに失礼です! 先ほども言いましたが、彼らは私の恩人です。追放されて行く宛のない私を保護して助けてくれたのですよ」


「し、しかし……」


 イーサンはうっと言葉を詰まらせる。

 今まで良い噂など一つも聞かない、人間とは違う種族の者が、突然自分の領地現れれば警戒するなという方が無理な話なのかもしれない。



「イーサン、彼らは本当に優しい人たちです。むしろ人間よりもずっと……獣人族は人間よりずっと力が強いのです。ですがそんな彼らが人間の土地を侵略しないのは彼らが穏やかな気質を持っているからです」


 エミリーの説得に、イーサンは少し考えるように目を伏せると、剣を鞘に戻した。


「何も知らずに剣を抜いてしまい悪かった。身一つで追放されたエミリーがこうして元気でいるのが何よりの証拠だな……すまない」


 イーサンの謝罪に、ルーカスは小さく頷くが、まだその表情は不機嫌で、すぐにそっぽを向く。

 エミリーはその様子に苦笑を浮かべた。



「あの、ルーカス様? 今日はイーサンの屋敷に泊めてもらいませんか? まだ宿の手配はできていませんし……イーサンも良いですよね?」


「ああ。もちろんだ」


 イーサンは先ほどの言葉を申し訳なく思っているのか、すぐに快諾するが、ルーカスはあまり乗り気ではないようで、考え込み眉を寄せる。


「ルーカス様? ダメでしょうか?」


 エミリーはルーカスを窺うようにじっと見つめる。

 すると、エミリーのお願いに弱いルーカスは、仕方がないと言うように大きなため息を吐いた。


「わかった……エミリーがそうしたいなら」



 その後エミリーたちはアドルフたちと合流し、ハワード侯爵邸へと向かうことになった。



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