最後の手段
アーノルドの声に、ローブの人物へと視線を戻すと、鐘塔の周囲に液体を振りかけていた。そして全て撒き終えると、もう一度顔を上げ、ニヤリと笑う。
そしてポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
「まさかあれって……」
エミリーは嫌な予感に顔色を悪くする。
ローブの人物は取り出したマッチに火をつけると、鐘塔に向かって投げつけた。
「クソッ!! ふざけるな!!」
ルーカスはすぐさま階段を駆け降りていき、エミリーも急いでその後ろを追いかける。
しかしエミリーが着いた時には下の階はすでに火の海になっていた。
「くっ……火の回りが早すぎる……」
「どうしてこんな一気に……」
「液体燃料だけじゃない。魔法も使ったんだ。微かに魔力の気配がある」
これでは外に出ることができない。
しかし火はどんどん迫ってくる。
「とりあえず一旦上に戻ろう。どうせここからは外に出られない」
「でもどうしましょう……どうやって外に出れば……」
三人は上に戻ると、なんとか外に出る方法はないかと考え込む。
この鐘塔は高い。
頂上は四方が吹き抜けているが、この高さから飛び降りるのは危険だ。
ルーカスは身を乗り出すと、周囲を確認する。
「飛び移れるような建物も、木もないな……」
「ルーカスなら外壁を伝って途中まで降りて、地面に着地することができるのでは?」
「無理だ。この鐘塔の外壁は凹みが無いからな。飛び降りるとしても、この高さから地面に着地するとなると……やってできないことはないかもしれないが、下手をすると骨折だ」
「それでは私が一人づつ抱えて飛んで行くしかないですね……」
(抱えて飛ぶ?)
アーノルドの言葉にエミリーは首を傾げた。
「お忘れですか? 私は鷹獣人ですよ」
アーノルドはぱっと見、三角に尖った獣の耳も無ければ、尻尾もない。
さらに背中にある翼はこの旅の間目立たないよう、まるでそこには何も無いと思わせるほど綺麗に折りたたまれ、ずっとローブの中にしまわれていた。
まるで人間と変わらない姿にすっかり彼が鷹獣人であったことをエミリーは忘れていた。
「そ、そうでしたね……」
エミリーが恥ずかし気に頷くと、アーノルドが苦笑を返した。
「それではまずはエミリーさんから……」
アーノルドが手を伸ばした瞬間、下へと続く扉から炎が噴き出す。
三人は驚きに言葉を失った。
「さ、流石に早すぎるだろう!」
先ほどよりさらに勢いの増している炎に三人はジリジリと壁際へと追いやられる。
「アーノルド、一人ずつなど待ってられない!! 一気に運んでくれ!!」
「む、無理ですよ!!! 私が運べるのは一人です!! それにルーカスを一人運ぶのだってギリギリなんですよ!! 知っているでしょう!?」
「言ってる場合か!! そんな時間が無いことはわかるだろう?」
確かに一人ずつ運んでいたのでは確実に間に合わない。
しかし、重量オーバーで落下してしまっては意味がない。
ルーカスとアーノルドが言い合いをしている間にもどんどん炎が迫ってくる。
「くっ……こうなったら……アーノルド、獣化しろ!! 獣化すれば二人一緒に運ぶこともできるだろう?」
「は!? 何言ってるんですか? 私は今まで獣化できたことはないのですよ? アドルフの訓練の時にも何度か試しましたが、獣化できなかったとお伝えしたでしょう!」
「今はあの時とは違う! それにバーナードが言ってただろう? 以前よりも獣化しやすくなっているって」
「しやすくなっているとしても獣化はそう簡単にできるものでもないでしょう?」
「だが、今はそれしか方法がないんだ!!」
ルーカスとアーノルドはお互い睨み合う。
そしてアーノルドが諦めたようにため息を吐いた。
「わ、わかりました……できなくても恨まないでくださいよ……エミリーさん、力を貸してくださいますか? この魔石にエミリーさんの力を流してくれますか?」
先ほど町で買った魔石をアーノルドから手渡され、エミリーは力強く頷いた。
「もちろんです! 私にできることなら全力でお手伝いします!」
エミリーは魔石を受け取ると、早速魔石に力を込める。
そして力の込めた魔石をアーノルドに差し出す。
「アーノルドさん、お願いします」
「ありがとうございます。少し離れていてください」
アーノルドはエミリーから魔石を受け取ると、集中するように目を閉じ、数回深呼吸をする。
そしてゆっくり目を開くと魔石がアーノルドの力に反応するように、ふわりと光出す。
少しずつ光が強くなるにつれ、アーノルドの表情が苦し気に歪む。
「アーノルドさん……」
エミリーが近付こうとすると、ルーカスに腕を掴まれた。今は近づくなというように、ルーカスは首を振る。
エミリーがアーノルドに視線を戻すと、ブワっとアーノルドを中心に風が巻き上がり、アーノルドが咆哮を上げた。




