バーナードの獣化
「バーナードさん!」
「な……何で来たんだ! 待っとけって言っただろう」
「すみません……でも今は彼らを!」
「ああ、わかってるよ! 話はあとだ」
バーナードは剣を抜くと走り出した。
エミリーたちが着いた時には一人の男が倒れていた。倒れた男の体の下には真っ赤な血が広がり、ピクリとも動かない。その男の隣でもう一人の男性が叫び声を上げる。
「や、やめろ!! 来るな!!!」
叫び声を上げる男性の目の前には、今にも斬りかかろうと中級魔物が腕を振りあげていた。
「くそっ!! くそっ!!」
避けられないと悟った男性は頭を庇い、目を閉じる。
しかし、何とか男性と中級魔物の間に滑り込んだバーナードが、剣で魔物の腕を受け止めた。
「おい! お前! とっとと逃げろ!」
男はバーナードの声はっとしたように顔を上げると、コクコクと首を振り、何とか立ち上がると、一目散に走り出した。
バーナードは男が逃げたことを確認すると、魔物の腕を剣で弾き飛ばした。
そしてそのまま一太刀で魔物を両断する。
(すごい……あの中級魔物を一太刀で……)
「バーナードさん、怪我は有りませんか?」
エミリーの声に振り返ったバーナードは、はっと目を見開いた。
「くそっ!」
バーナードは目にも止まらぬ速さでエミリーに向かって走り出す。
その様子にエミリーは驚き、バーナードが見つめる先、自分の後ろを振り返る。
すると数メートル先にもう一体、中級魔物がエミリー目掛けて猛スピードで迫っていた。
(もう一体!? は、早く逃げなきゃ!!)
エミリーは逃げるため、バーナードの元へと足を踏み出す。
しかし、次の瞬間にはふわりと体が浮き上がった。
「たくっ!……だから待っとけって言ったのに」
耳元で聞こえたバーナードの声に、エミリーはバーナードに抱えられていることに気づく。
(嘘……あの距離をあんな一瞬で……)
エミリーが驚いている間にも、バーナードは中級魔物から距離を取り、離れた所でエミリーを降ろした。
「すみません……ありがとうございます」
「ああ。それよりもまたヤバい気配がするな……」
エミリーがバーナードの言葉に周囲を見回すと、中級魔物がもう一体木の影から現れる。
「まだいたなんて……」
「エミリーはここから動く……」
その時バーナードの声を遮るように、子どもたちの声が響く。
「ねーちゃん! にーちゃん! 大丈夫か!? 早く逃げろ!!」
先ほどの男の子たちがこちらにかけてくると、足元にあった石を中級魔物に向けて投げつけた。
「なっ……あいつら……」
「ダメ!! 危険よ!! あなたたちは早く逃げて!!!」
エミリーが叫ぶがすでに遅く、中級魔物たちはぐるりと向きを変え、男の子たち目掛けて走り出す。
「くそっ!! ここからじゃ間に合わねぇ……獣化できるかも制御できるかもわからねーが……エミリー、あの方法頼んだぞ! 俺がもし暴走したらすぐに逃げろ! いいな!」
バーナードの言葉に頷くと、バーナードは安心させるようにニカっと笑い、走り出した。
そしてそのまま猛スピードで走りながら、バーナードは咆哮を上げる。
一瞬で周囲の空気が変わる。
異様な気配にバーナードを警戒して、中級魔物たちが動きを止める。
「今だわ」
エミリーはバーナードの持っている魔石を目印に光属性の魔力を放つ。するとエミリーの予想通り、魔石が吸収するようにエミリーの魔力をバーナードに引き寄せた。
(これならいける!!)
エミリーは引き寄せられるまま魔力を放出し、バーナードの全身をエミリーの魔力が包み込んだ。
しばらく無言で立ち尽くしていたバーナードだったが、顔をあげると、自身の体を確認するように、肩を回す。
「こりゃすげーな……」
バーナード声にエミリーは詰めていた息を大きく吐きだした。
(よかった! いつものバーナードさんの声だ……獣化の制御に成功したのね)
バーナードは振り返るとエミリーに向かって大きく手を振った。
その瞳は美しい金色に輝いている。
バーナードは中級魔物に視線を戻すと、瞬き一つの間に二体の魔物を切り倒す。
先ほど以上の目にも止まらぬ速さに、エミリーは目を見開いた。
(やっぱりバーナードさんすごく強いわ……もしかしたらアドルフくんや、ファハドくんよりずっと……)
「終わったな」
エミリーがバーナードに駆け寄ると、すでに獣化を解いたバーナードが大きく息を吐き出した。
「バーナードさん、体調は大丈夫ですか?」
「ああ。全然平気だ。だがすげーな……本当に制御できちまうとは……アドルフも言ってたが、すっごく体が軽かったよ」
体がをほぐすように、腕を伸ばして答えるバーナードは言葉の通り全く疲れているように見えない。
「それならよかったです」
エミリーはバーナードのいつもと変わらない元気な様子に、安堵の息を吐いた。
エミリーは男の子たちに視線を移す。
男の子たちはあまりの驚きにしばらくぼーっとしていたが、はっとして駆け寄って来ると、目をキラキラさせてバーナードを見つめる。
「にーちゃんすげー強いんだな!!」
バーナードは男の子たちの前にじゃがみ込むと、むっとしたように口を閉じ、男の子たちの頭を軽くペちっと叩く。
「お前らな……危ないだろうが!」
バーナードの言葉にうっと言葉に詰まると、男の子たちがしょぼんと肩を落とす。
「「ごめんなさい……」」
「これからは危険な時はすぐに逃げるんだぞ?」
二人が素直に頷くと、バーナードはわしゃわしゃと頭を撫でた。
「まぁだが、助けようとしてくれてありがとな」
男の子たちは顔を見合わすと、ニコッと笑って頷いた。
(バーナードさんって、みんなのお兄ちゃんみたいね)
アドルフたちと話している時も思っていたが、みんなを揶揄ったりもするが、いつも落ち着いてどっしり構えていて、ダメなことはしっかり注意する。
まさにみんなのお兄ちゃんだ。
微笑ましい光景にエミリーはふっと笑みをもらす。
その後、男の子たちは手を振りながら、元気よく帰って行った。
「エミリーは大丈夫か?」
「私は大丈夫です。でも……」
エミリーの視線の先を見つめ、バーナードはポンと優しくエミリーの頭を撫でる。
「仕方ないさ。俺が着いた時にはもう亡くなってたからな」
エミリーはバーナードの戦闘中に倒れていた男性に治癒魔法をかけようとしたが、その時にはすでに亡くなっていたのだ。
「エミリーがいなきゃ俺は獣化できなかった。あの子どもたちを助けられたのはエミリーの力があったからだ」
バーナードの言葉にエミリーは小さく頷いた。
治癒魔法があるからと、みんなを助けられるとは思っていない。
しかし、もう少し早く着いていればと思ってしまう。
それに今起こったことはヴァージル王国内であればどこでも起こり得ることだ。
もしかしたらオルティス領でも……
(やっぱりこの魔物の発生を早くどうにかしないと……)
「エミリー!! バーナード!! 怪我はないか!?」
「アドルフくんに、ファハドくん?」
アドルフとファハドが叫びながら、心配気な表情でエミリーのほうへと走って来る。
「二人とも心配して来てくれたの? 私もバーナードさんも大丈夫だよ」
二人はエミリーを取り囲むように立つと、エミリーの身体中を見回す。
「ほ、本当に大丈夫だよな? 怪我とか本当にないよな?」
「エミリー痛いとこ、本当にない?」
二人の必死な様子にエミリーはふっと笑う。
ルーカスに出発前に言われた言葉を相当気にしているらしい。
「本当に大丈夫だよ!」
「「よかった〜」」
二人が安堵の息を吐くと、バーナードが二人の頭を軽く叩く。
「おい! 俺の心配はないのかよ?」
「バーナードは頑丈だし、大丈夫だろ?」
「うん。もし怪我してもすぐ治る」
「お、お前らな……」
三人のやり取りに先ほどまでの緊張がすっかりほぐれ、堪えきれずにエミリーが声を出して笑う。
エミリーにつられたように三人も顔を見合わせて笑い出した。
結局その後、全員で買い物の続きを再開した。




