町の様子と不穏な声
「今日はエミリーはどうするんだ?」
「特に予定はありませんね」
「それなら俺と食料でも買いに行くか?」
「えっ! 俺も行きたい!」
「お前はルーカスから休めって言われてるだろ?」
バーナードに注意され、アドルフは唇を尖らす。
「わかってるよ……」
そしてアドルフが拗ねたようにソファーに倒れ込んだ。
そんなアドルフを慰めるようにファハドがポンポンとアドルフの頭を撫でる。
ルーカスたちは町に着いた日は一泊し、そして翌日の早朝にハワード領へと出発した。
数日この町でのんびりしてくれと言われたが、エミリーはこれと言ってやることもない。
アドルフには悪いが、バーナードの申し出はありがたかった。
「それでは私も一緒に行ってもいいですか?」
「ああ。もちろんだ」
恨めしそうなアドルフにバーナードは苦笑を浮かべる。
「仕方ないだろ? いざという時のためだ。何かあったら頼むぞ」
「わかってるよ。バーナードが獣化したらすぐ飛んで行くよ!」
エミリーはアドルフの言葉に首をかしげた。
それはまるで獣化すればすぐわかるというような口ぶりだ。
「あの……でもいつ獣化したかは見てないとわからないでしょう?」
三人がきょとんとした表情でエミリーを見つめる。
そしてあっと思い出したように、アドルフが手を叩いた。
「そっか、エミリーは獣人族じゃないから、あの感覚がないのか」
「そういえば言ってなかったな。俺たちにはわかるんだよ。同じ町くらいの距離であれば、誰かが獣化したってな」
「え? そうなんですか?」
三人が揃って頷く。
エミリーには感じられない獣人族ならではの感覚があるようだ。
「何て言うのかな? 尻尾がざわって逆立つ感じかな?」
「ざわざわするって言うか、気が立つって感じ……?」
「アドルフの説明ではわからんだろう。エミリーには尻尾はないし。うーん……そうだな……ファハドの言ってる感じが近いかもな? あと圧迫感とかか?」
確かに目の前で獣化を見れば圧迫感を感じはするが、それを遠くで感じ取ることはエミリーにはできない。
「そうなんですね……」
「まぁ俺たち獣人族は獣の神の特性を引き継いでいるから、嗅覚も気配にも敏感だからな」
「そうだな。とにかくエミリーは無茶しないでくれよ? 誰かが獣化しても俺の時みたいに無闇に近づいちゃだめだ。他の誰かが来るのを待つんだぞ?」
アドルフが真剣な表情で訴える後ろで、ファハドもうんうんと同意するように大きく首を縦に振る。
エミリー自身もみんなに心配をかけたとわかっている手前、そう言われると素直に頷くしかない。
「まぁ俺はエミリーから魔石預かってるからな。もし獣化するようなことがあって、遠隔での光属性の魔法が使えない時は安全なとこまで逃げろよ?」
バーナードにも注意され、エミリーが苦笑を浮かべると、念押しするようにアドルフが「絶対だぞ!」と付け加えた。
そうしてアドルフとファハドに見送られ、宿を出たエミリーとバーナードは市場に向かって歩き出した。
最初にパン屋でみんなの分を買うと、すぐに次の店に向かう。
「次はどこに行きますか?」
「そうだな……やっぱ肉は欲しいよな〜そうだ! 前にアドルフがエミリーの料理はすっごくうまいって言ってたんだよなぁ〜よければ何か作ってくれないか?」
期待のこもった眼差しに、エミリーは苦笑する。
どうやらバーナードもアドルフと同じで食いしん坊らしい。
「そんな特別手の込んだものは作れないのですが……それでよければ。でもあまり期待しないでくださいね」
エミリーの返事に、バーナードは「よし!」と拳を握ると嬉しそうに笑う。
「そんじゃ気合い入れて、たくさん買い物しないとな!」
「そんないっぱい買っても料理しきれませんから、ほどほどにしましょうね」
バーナードのキラキラと目を輝かせる様子に、エミリーはクスリと笑う。
その時、市場のはずれのほうから男の怒鳴り声と子供の叫び声が聞こえてきた。
エミリーとバーナードは顔を見合わせると、声の方へと歩き出した。
「たくっ! こんなもんどうやって盗んできやがった!!」
「か、返せよ!! 返せ!! それは盗んだんじゃない!! 俺たちが頑張って手伝いをしてもらったんだ!!」
「はっ! こんな汚えガキの手伝いで食べ物くれるような奴この町にいるわけねーだろ!」
「返せよ!!」
そこには大人の男二人が、二人の男の子を囲んでいた。
一人の男はパンを片手に持ち、もう一人の男はそのパンを取ろうとする男の子の頭を押さえている。
ガラの悪い男二人は下品な笑みを浮かべ、男の子を突き飛ばした。
ドンっ!!
「うっ…………」
「に、にーっちゃん……」
「ははっ! ざまーねーな。盗みなんかするからだぞ? このパンは俺たちがもらってやるよ」
(子どもの物を取り上げて、暴力まで振るうなんて……最低だわ!!)
エミリーは手をぎゅっと握り込むと、男たちを睨みつける。
そして一歩踏み出したところで、バーナードにポンと肩を叩かれる。
「俺に任せとけ」
バーナードはスタスタと男たちに近づく。
そして怒気のこもった低い声で話しかけた。
「おい、お前ら」
「なんだよ!! っ…………」
男たちは不機嫌そうに振り向く。
しかし、バーナードの大きながたいに気圧されたのか、バーナードをじっと見つめて押し黙る。
「お、おい、行こうぜ……」
「お、おう……」
男たちはバーナードから距離を取るように数歩下がると、すぐさま逃げ出した。
「お前ら大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう。僕は大丈夫……でもにーちゃんが……」
「このくらい大丈夫だ!」
突き飛ばされた男の子の額と手には小さな擦り傷ができていた。
エミリーは男の子の隣にしゃがみ込むと男の子の額に手をかざし、治癒の魔法を使った。
ふわりと光る優しい光に二人の男の子は驚いたように目を丸くする。
光が収まると、男の子の傷は綺麗に消えていた。
「さぁ、これで大丈夫よ」
「わぁ……すごい!! まるで女神様みたいだ……」
「ねーちゃんありがとう!」
「女神様だなんて大袈裟だわ。でも怪我が治ってよかった」
エミリーがふっと微笑むと、男の子二人は顔を赤くする。
「あ〜あ……またアドルフみたいな被害者が増えたな……無自覚とは恐ろしい……」
バーナードの小さな呟きに、聞き取れなかったエミリーが首を傾げる。
バーナードは何でもないというように笑みを見せる。
しかし、次の瞬間、バーナードははっとしたように眉を寄せ、険しい表情で振り返る。
「バーナードさん?」
「うわーーーーー!!!」
「ひぃ!!! こっちに来るなーーー!」
突然の男たちの叫び声に、バーナードが走り出す。
「エミリーたちはここでちょっと待っとけ!」
去り際に言われた言葉に一瞬躊躇する。
(私が行ったら足手纏いになるかもしれない……でも怪我人がいるなら私の力で直せるわ!)
「君たちは安全なところに隠れていてね」
エミリーはバーナードを追いかけ、声の方向に走り出した。




