出会
「はぁ……はぁ……もう無理だわ……これ以上は進めないわね……」
月明かりを遮るように森が続く中、エミリーは息を切らして立ち止まった。
長時間歩き続け、もう深夜になっている。
さすがにこれ以上歩き続けるのは無理だ。
エミリーは少しでも安全に休めるところはないかと周囲を見回した。
すると木々の奥に微かに漏れる月明かりを反射する小さな光を見つける。
(あれは……何かしら? 建物?)
光の方へと向かうと、小さく開けた場所に出る。
この一帯だけ月明かりが差し込み、その中央に山小屋が立っていた。
「山小屋だわ……誰か住んでいるのかしら?……」
さすがにこんな深夜に住人を起こすのは申し訳無い。
しかし、このまま身一つで外で眠るのも心許ない。
「遅い時間にすみません……」
エミリーはコンコンと数回ノックをする。
しかし、それに答える声はない。
「う〜ん……どうしよう? でも他に休めるところは無さそうだし……それにもうこれ以上は歩けないわ……」
エミリーは試しにそっとノブを回してみると、扉が開いた。
(えっ……開いてる?)
エミリーはそのまま一歩足を踏み入れると、部屋の中を見回す。
「あの〜……誰かいらっしゃいませんか?」
月明かりに照らされた室内には人の気配がない。
小さなキッチンの隣にテーブルと椅子のセット、そして壁際にソファーがある。
こじんまりとした作りの室内は綺麗に片付けられていた。
(これだけ綺麗ってことは誰かいるはずよね?)
山小屋は二階建てになっており、奥に階段が見えた。もしかしたら上の階に人が眠っているかもしれない。
エミリーは悪いと思いつつ中に入ると階段の下へと歩いていく。そして二階へ向かって呼びかける。
「夜分遅くにすみません。誰かいらっしゃいませんか?」
(……返事はないわね……)
念のため防御魔法をすぐに使えるように準備しながらゆっくり階段を上る。
二階はシングルベットが三つ並べられている。
(やっぱり誰もいないわね……)
エミリーは一階に戻ると、ふっと息を吐き、ソファーに腰掛けた。
ずっと歩き通しで、足が痛い。
(今日はたまたま誰もいなかったのかしら……これだけ綺麗ならきっと住んでる人がいるはずだわ)
エミリーは周囲をもう一度見回すと、小さくあくびをする。
そして背を伸ばすと、ソファーに体を預けた。
(ふぁ……少し休憩するだけのつもりだったけど……ああ……もう……だめ、だわ…………)
追われているかもしれないという緊張感と慣れない山登りで、エミリーは相当に疲れていた。
一息つくと同時に猛烈な眠気に襲われる。
(瞼を開けていられない……まだ十分に安全も確認しきれてい……ない……の、に…………)
エミリーは眠気に耐えきれず、そのまま意識を手放した。
「どういうことよ!!!」
「申し訳ありません……」
怒りに震えるマチルダは机の上にある物を投げつける。
真っ黒な衣服を身につけた男がビクッと肩を跳ねさせると、これ以上刺激しないため、さらに深く頭を下げた。
「どうしてあの女を見つけられないのよ!! 本当にずっと屋敷を見張っていたの!?」
「もちろんです。朝からずっと見張っておりました。王太子殿下に呼ばれ、オルティス邸を出たあと、オルティス伯爵令嬢は屋敷には戻りませんでした」
「じゃあどこに行ったっていうのよ!?」
マチルダはイライラした様子でドスっとソファーに座る。
そこには謁見の間で見せていた女性らしさは全くない。
「おそらくオルティス邸に戻らず、そのまま国外に出たものと思われます」
「は!? 仮にも伯爵令嬢だった女が何も持たずに身一つで国外に出たって言うの?」
「おそらく」
マチルダは舌打ちすると、大きく息を吐き出した。
「はー……とにかく早くあの女を見つけ出して始末なさい。どうせヴァージル王国の隣国、同盟国のどこかにいるはずでしょう?」
マチルダの言葉に男は恭しく頭を下げると、音もなく姿を消す。
「はー……ほんっとに使えないわ……だから金で雇った奴はあてにならないわ。でもどうせすぐ見つかるはずよ」
普通に考えて令嬢が一人で国外に出て、ただで済むはずがない。
マチルダは楽しそうにニヤッと笑う。
「きっと見つけた頃にはボロボロになっているわ……やっぱり最後にあの女の姿を見てから始末させればよかったかしら? いえ、すでに死んでる可能性もあるかしら?」
マチルダは窓辺に向かうと、今にも降り出しそうなどんよりした空に向かって、にっこりと頬を緩めた。
「あれ〜? 鍵開いてるなぁ」
「『あれ〜? 鍵開いてるなぁ』っじゃねーよ!!」
「いてっ!! 叩くことねーだろ?」
「前回最後に戸締りしたのはお前だろうが! 本当にお前は防犯意識が足りないんだよ!!」
(ん……? なに?…………)
瞼の裏に光を感じて、深い眠りから無理やり起こされる。
「ん?? うわっ!! 誰かいる!?」
「は? こんな山奥の小屋に俺たち以外に誰がくんだよ?」
「いやでもほら! ばーちゃんだ!」
「ん? 本当だ……しかも人間のばーさんじゃねーか……」
(ん?? ばーちゃん? ばーさん? 失礼ね…… 私はまだそんな歳じゃ……あれ?……そういえば私……)
意識がしだいにはっきりし始め、エミリーは瞼を震わせた。
「おい、二人ともそれぐらいにしろ。起きそうだ。とりあえずここはアドルフに一旦任せる。彼女がどうしてここにいるのか、ちゃんと聞き出すんだぞ」
「そうだな! アドルフが鍵かけ忘れたんだ。しっかりやれよ」
「えっ!? ちょっ!! 二人とも待てよ!!」
エミリーはゆっくりと重たい瞼を開いた。
そこには困った顔をしながら頭を掻く、青年がいた。




