遭遇
「市場はこの辺にあるって聞いたんだけど……」
宿の店主の話では、規模は小さいがいろいろな店が出店されていると言っていた。
しかし、今はどの店も片付けられており、閑散としている。
「場所間違えたかな? 今の時間は空いてるはずだよね?」
「場所は間違ってないと思う」
エミリーが周囲を見渡し、開いている店はないかと探していると、ファハドがピンと耳を立たせると眉を寄せ、エミリーの前に進み出た。
「エミリー、後ろに隠れてて」
「ファハドくん?」
ファハドが睨むように見つめる先を、エミリーも目を凝らして見つめる。
すると木の後ろに、黒くゆらりと動くものが見える。
「あれって……」
覚えのある嫌な感覚に、エミリーは体を硬くする。
「大丈夫。僕が守る」
表情は変わらないが、優しいファハドの声にエミリーは小さく頷く。
あのサイズは初級魔物だ。
ファハドの実力ならば、なんて事はない。
エミリーが瞬きをした一瞬で、ファハドは初級魔物の前に移動する。
そして一太刀で魔物を倒してしまった。
(速い……やっぱりファハドくんもすごく強いわ……)
ファハドは何の事はないという表情で、エミリーの所に戻って来た。
「魔物が出てるみたい。一旦宿に戻ろう」
エミリーが頷いた時、後ろから声をかけられる。
「エミリー! ファハド!」
二人が振り向くと、アドルフが手を振って、二人のところに歩いて来る。
しかし、顔色は悪く、辛そうに見える。
エミリーが駆け寄ろうとした瞬間、ファハドがはっと表情を変え、エミリーの手を掴んだ。
そして大声で叫ぶ。
「アドルフ、避けろ!!!」
ファハドの突然の大声に、エミリーがビクッと肩を震わせる。
それと同時に、アドルフの後ろに大きな黒い塊が現れた。
アドルフは一瞬驚いた表情をするが、すぐに相手に向き直り、相手の攻撃に備えるため、剣を抜く。
しかし、相手の攻撃の方が速く、剣で直撃を避けたものの、勢いのまま吹っ飛ばされた。
「アドルフくん!!!」
ファハドはすぐさま剣を構え、距離を詰める。
エミリーはアドルフに駆け寄ると、アドルフを支えるように手を添え、傷の状態を確認する。
「しくじったな……」
アドルフが苦笑を浮かべる。
「傷はそんなひどくはないみたい。よかった……」
エミリーの安堵した表情に、アドルフが申し訳なさそうに笑う。
アドルフに攻撃を仕掛けたのは、中級魔物だった。
まさかこんな真昼間に町の中心部に中級魔物が出るなど、思わなかった。
ファハドのほうを見ると、中級魔物と攻防を繰り広げている。
(アドルフくんを治療してから、この一帯に光属性魔法を使った方が良さそうね……)
そうすれば、ファハドの戦いも楽に進められるはずだ。
「アドルフくん、治療するね」
エミリーはアドルフに一声かけると、治療を始めた。
そしてアドルフの治療が終わると、この一帯に光属性の魔力を広げていく。
魔物動きが鈍くなり、ファハドがその隙をついて次々攻撃を繰り出していく。
ファハドが最後の一撃を魔物にお見舞いし、中級魔物がばたりと倒れた。
エミリーは魔物が倒されたことで緊張が緩み、ふっと息を吐き出した。
「エミリー、危ない!!」
突然後ろからアドルフに肩を引かれ、アドルフがエミリーの前に飛び出した。
アドルフの背中越しに、中級魔物が刃のように鋭い腕を振り上げたのが見えた。
(もう一体いたの? いつのまに?)
エミリーは突然のことに動けないでいると、アドルフが何とか剣で魔物の腕を受け止めた。
しかし、ジリジリと剣が押し戻される。
「くそっ……力が出ねー……」
アドルフは病み上がりなのだ。
いつもの力が出せないのは当然だ。
「え?…………」
エミリーは突然感じたぞっとする感覚に後ろを振り返る。
すると反対側からも中級魔物が迫っていた。
「エミリー!! アドルフ!!」
ファハドの叫び声が響く。
反対側から来た魔物がエミリーに向かって素早く腕を振り上げる。
(どうして次から次に……この距離じゃ逃げられない……もうダメだ……)
エミリーがギュッと目を閉じたのと同時に、凄まじい咆哮が上がった。
咆哮といつになっても訪れない衝撃に、エミリーがそろりと目を開けると、エミリーとアドルフの前にいた魔物は一瞬の間にいなくなっていた。
「え? どういうこと……?」
エミリーがきょとんとしていると、ふわりと体が浮き上がる。
「エミリー、ごめん。今は動かないで」
気付くとエミリーはアドルフに抱えられ、家の物陰に運ばれていた。
「アドルフくん? さっきの魔物たちは?」
エミリーの言葉に、アドルフがすっと指をさす。
その方向を見ると、中級魔物たちが抉れた地面に倒れている。
(いったい何が?……それにあの地面の抉れた跡は……)
状況をすぐに理解できず、エミリーが呆然と見つめていると、中級魔物の前にファハドが歩いて行く。
そして軽く足を蹴り上げた。
すると、驚くほどの勢いで、魔物が吹っ飛ばされる。
エミリーは驚きに目を見開いた。
(あんなに軽く足を蹴り上げただけで、あの威力……)
「あれって……」
エミリーの呟きに、アドルフが頷いた。
「ああ。獣化だ……」




