お買い物
アドルフはそれからずっと眠り続け、翌朝目覚めた時にはだいぶ回復していた。
しかし、まだ本調子とは言えず、もう一日宿で休息することとなった。
「なぁ、俺ちゃんと寝てるから平気だぞ。エミリーも町を見てきたらどうだ? ずっとこの部屋にいるのも暇だろ?」
アドルフの申し訳なさそうな表情にエミリーは苦笑する。
「そんなこと気にしなくて大丈夫よ! 今はゆっくり休んで。何か必要な物があれば用意するから!」
「で、でも……」
エミリーは気にすることはないと、笑って答えるが、アドルフはそれでも申し訳なさそうにしている。
するとファハドがエミリーの袖をクイっと掴む。
「えっと……ファハドくん?」
ファハドはあまり感情を表に出さない。そのうえ言葉数も少ない。まだ付き合いの短いエミリーにはファハドの行動がいまいち掴めないのだ。
困ったように、首をかしげると、ファハドが小さく呟いた。
「外、行くといいと思う。僕、護衛する」
「え? でも……」
チラリとアドルフを見つめると、アドルフが賛成だとばかりににっこり笑う。
「それがいいよ! ありがとうな! ファハド」
二人にそう言われてしまうと、断れない。
「それじゃあ……アドルフくん食べたい物ある? 買ってくるよ」
「そうだな……それじゃあフルーツが食べたい!」
アドルフの甘えるような笑顔に、エミリーはとんっと自分の胸を叩いた。
「任せて! それじゃあ何かフルーツを買ってくるね」
「うーん……」
エミリーは後ろを黙ってついて来る、ファハドをチラリと見る。
人形のように綺麗に整った容姿だが、口調は幼く聞こえる。アドルフからは同い年と聞いていたが、その口調からアドルフよりも年下に見えるのだ。
(ファハドくんとはほとんど話したことないし……よしっ!! 仲良くなる良い機会よね!)
エミリーは気合いを入れるように小さく拳を握り込むと、ぱっと後ろを振り返った。
「ファハドくんはどんな果物が好き?」
「…………特に……」
「……じゃ、じゃあ好きな食べ物はある?」
「……何でも食べる」
エミリーは素気のない返事にうっと言葉に詰まる。
(うっ……会話が続かない……で、でも諦めちゃダメだわ!!)
エミリーは気を取り直して、他に何か話題はないかと周囲を見回す。
昨日到着してからずっと宿にいたのでじっくり町を見れていなかった。
こうして見ると、途中に通った町よりはマシだが、やはりこの町も至る所に魔物の痕跡が残っている。
(やっぱり魔物が活発になっているのだわ……オルティス領のみんなは大丈夫かしら……)
エミリーが眉間に皺を寄せ、俯いていると、ファハドがエミリーの顔を覗き込む。
近い距離にびっくりして、エミリーが顔を上げると、ファハドが耳をペタリと下げて、首をかしげる。
「大丈夫?」
表情はあまり変わらないが、瞳が心配そうに揺れている。
「ありがとう。大丈夫だよ。この町の様子を見ていたら、やっぱり魔物が活発に動き回っているんだって、実感が湧いてきて……」
「大丈夫! エミリーのこと、僕守るよ」
エミリーが魔物への恐怖から不安になっていると思ったのか、ファハドが尻尾を元気よく振りながら、エミリーの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「……ふふ……」
(私のほうが年上なんだけど……ファハドくんって何だか不思議な人だわ)
「元気出た?」
「うん、ありがとう! 元気出た!」
エミリーがにっこり笑いかけると、微かにファハドの表情が緩んだ。
(綺麗な顔であまり表情がないから、とっつきにくい印象だったけど……ちゃんと話して見ると、とっても優しい人なのね)
「それじゃあ市場に行こう」
「うん!」
すっと差し出された手に、エミリーは笑顔でその手を握り返した。
コンコン
「……ん……あ……はい。ちょっと待ってくれ」
アドルフは扉がノックされる音に目を覚ます。
扉を開けると、宿の主人が申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまんね。寝ているところを起こしてしまったみたいだな」
「いや。大丈夫だ。それでどうしたんだ?」
「さっき魔獣が町中に入ってきたって緊急警報の連絡が入ったんだ。危ないから宿から出ないようにって言いにきたんだが……君以外は外出中かい?」
「ああ。そうなんだ」
「どこにいるかわかるかい? 私が伝えに行こう」
アドルフは宿の主人をじーっと見ると頭を振った。
「あいつらなら大丈夫だよ」
宿の主人はだいぶ高齢で、彼が外出した方が間違いなく危険だ。
エミリーにはファハドが護衛についているし、他のみんなも自分で対処できるだけの能力を持っている。
しかし、主人はいいやと頭を振る。
「これでもお客さんの安全を預かっているんだ。危険があるなら知らせに行かねーと!」
宿の主人の引く気がない様子に、アドルフは困ったように眉を寄せる。
そして仕方がないとため息を吐いた。
「それなら俺が知らせに行ってくるから、あんたはここにいてくれよ」
「いや、じゃがな……」
「俺、足には自信があるからパッと行って帰ってくるからさ」
アドルフが心配するなというように、主人の肩に手を置く。
「そうか……? すまんな……」
「いいって! 気にしないでくれ」
「あんたも気をつけてくれよ!」
主人は申し訳なさそうにアドルフを送り出した。
「ルーカスには宿から出るなって言われてるけど、緊急事態だし仕方ないよな……それに体調もほぼ戻ってるし」
アドルフはよし!っと気合いを入れると、主人に手を振って宿を後にした。




