ヴァージル王国へ
「エミリー準備はいいか?」
「はい、問題ありません!」
必要な資材を馬に乗せ、一息ついたところで後ろから声をかけられる。
あれから一週間後、エミリーたちはヴァージル王国に向け、出発しようとしていた。
エミリーだけであれば、ヴァージル王国内なら転移術式で移動できる。
しかし、全員での移動となれば、馬での移動になってしまう。
ルーカスはすっと右手をエミリーに差し出した。
「それでは行こうか」
エミリーは小さく頷くと、ルーカスの手を取った。
隠密行動をしなければ行けないため、馬車など使えるはずもなく、今回もエミリーはルーカスの馬に乗せてもらうこととなった。
(やっぱりいつまでもこれではダメね。私も乗馬の練習した方がいいわよね……)
「どうしたんだ? エミリー?」
「あっ! いえ……もしもの時のために私もやっぱり乗馬の練習をするべきだなって考えていたんです」
「「そんなの必要ない(ねーよ)!!」」
ルーカスとアドルフの声にエミリーがビクッと肩を揺らす。
「あ、いや……行動する時は一緒にするのだから、私の馬に同乗すれば問題ないだろう?」
「そ、そーだよ! それにルーカスがもし一緒に行動できない時は俺の馬に一緒に乗ればいいんだから」
「そうでしょうか……」
早口で捲し立てる二人の圧にエミリーが若干引き気味に答えると、後ろでバーナードたちが呆れた様子でコソコソと話し合う。
「思いっきし下心が透けて見えるな」
「そうですね……」
「二人ともバカ……」
大概な言われようをしているが、二人はエミリーに後ろの会話が聞こえないように必死に別の話を振っている。
その様子にバーナードはやれやれと頭を振るとため息をついた。
「でもな、実際エミリーが一人で乗れるように練習するのはいいことだと思うぞ」
「お、おい! バーナード」
「だってそうだろう? もし不測の事態で俺たちがいない時になんかあったら一人でも逃れた方がいいだろう? まぁ今は無理だが、いずれ練習するのもいいと思うぞ」
ルーカスは黙り込むと、何かを思いついたように頷いた。
「それなら、この調査が終わって獣王国に戻ったら、私がエミリーに乗馬を教えよう!」
「え!? でもルーカス様はお忙しいのでは……?」
ルーカスはニコッと笑い上機嫌に尻尾を振ると、いやっと頭を振る。
「確かにしばらく王宮をあけるから、仕事は溜まるだろうが、息抜きも必要だろ? 君との時間は私の癒しになるからちょうどいい」
キラキラと美しく輝く笑顔で甘い言葉を紡ぐルーカスに、エミリーは顔を赤く染める。
「ちょっ! またルーカスばっかり!!」
後ろからアドルフが抗議の声をあげるが、ルーカスがすっと手をあげて、言葉を遮る。
「国境沿いに着いたな。この話は一旦ここまでだ。エミリー、頼めるか?」
「はい!」
ヴァージル王国側に気づかれずに潜入するため、エミリーが獣王国に入った時と同様に、ヴァージル王国側の結界を緩める役をエミリー自ら申し出た。
獣王国の者が他国に潜入する時は、比較的結界が弱い国や、国境警備が緩い国を経由し、いろいろな国に渡り歩いていたらしい。
しかし今回は急を要する。
ヴァージル王国の結界は強固であるが、回り道をしている暇はないのだ。そこでエミリーは提案した。
普通の魔力量の人間であれば無理だ。
それも相手に気づかれないようにそっと緩めて、その隙に潜り込むなど、相当な実力がなければできない。
エミリーほどの力の持ち主であっても、少しでも集中が途切れると、そのまま結界を壊しかねない。
そんな少しの気の緩みで失敗してしまうような繊細で難しい役を、みんなはエミリーの力を信じて任せてくれた。
(絶対に信頼に応えて見せるわ!!)
エミリーは馬から降りると、結界の前に手を伸ばす。
そしてふっと息を吐き出し、ゆっくりと結界を緩めていく。
(前回は私だけが通れればよかった。でも今回はみんなが通れるだけの大きさを、結界が壊れないよう気をつけて緩めないと……)
慎重に進めなければ少しでも気を抜けば失敗してしまう。
エミリーは額に汗を浮かべながら、ゆっくりと緩める範囲を広げていく。
「みなさん! 今です!」
エミリーの合図にみんなが結界の向こう側へと動き出す。
全員がヴァージル王国側に入ったのを確認し、エミリー自身も結界を抜ける。
そして少しずつ力を解いていく。
すると何事もなかったかのように、また結界が元に戻っていった。
それを確認し、エミリーはふーっと大きく息を吐き出した。
「す、すげぇ……」
背後からの感嘆する声に振り返ると、アドルフが目をキラキラさせ、耳をピンっと立てながらエミリー見つめていた。
「本当にすげーよ!! 俺あんな繊細な魔力操作初めて見たよ!!」
「ああ。あれほどのものを見たのは私も初めてだ」
「エミリーさんから話は聞いていましたが、こうして実際に自分の目で見ると改めて驚かされますね……」
「確かにこれなら結界の緩みを見つけられないのも納得だな」
「うん……」
みんなの手放しの賞賛にエミリーはくすぐったい気持ちになる。
「そんなことは……」
「いや、これもエミリーの今までの努力の結果だろう」
ヴァージル王国では王太子の婚約者として、自分の力を磨くのは当たり前で、周囲からはエミリーの魔力の才能が高いが故にできることだと思われていた。だからこそエミリーの努力を見て褒めてくれる人はほとんどいなかった。
みんなのエミリーを讃えるような優しげな視線に、エミリーは照れくさそうにニコッと笑みを返した。




