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獣王国へ

「はぁ……はぁ……はぁ……やっぱり山を越えるのはしんどいわね……」


 エミリーは肩で息をしながら、急な坂道を少しずつ前に進んでいく。


(ハワード領でこの服を買っておいてよかったわ。あのドレスじゃ絶対この山は登れないもの……)



 エミリーはハワード領を出る前に街で動きやすい新しい服を買っていた。その服はエミリーのような年頃の娘が着る服にしてはだいぶ落ち着いている。

 むしろ地味過ぎるほどだ。

 しかしそれには理由があった。


(やっぱりこの見た目なら、落ち着いた服じゃないとね……)



 エミリーはプラチナブロンドの腰までの長い髪に青紫の瞳を持ち、社交界でも女神のようだと噂になるほど美しく目立つ容姿をしていた。

 しかし、身を潜めなければいけない今、その見た目はマイナスにしかならない。


 普通ならば変装をするのだろう。

 しかし都合の良いことに、光属性の特殊魔法はそういったことにもピッタリなのだ。


 光属性の特殊魔法は発現することは(まれ)であるが、とても便利な魔法である。

 イーサンのように術をかけられた者を解除すること、傷を癒す力、結界をはる力など様々ある。

 光属性の魔法は使える者が少ないためまだ全てが解明されていないが、他の属性魔法より使える魔法の幅が大きいのも特徴だ。

 そして今エミリーが使っている幻惑(げんわく)の魔法もその一つだ。


 幻惑の魔法を使えば見た目を変えることができる。正確には人の目で捉えている情報を惑わせるせるのだ。姿を変えることも相手の目に捉えられにくくすることもできるのだ。

 エミリーのような若い女性が、知らない土地で一人で生活していくには危険が伴う。

 そのため、エミリーは老女の姿に見えるよう、幻惑の魔法を使っていた。



(この姿ならまぁ、私と気づかれることもないでしょうし……なんとかなるでしょう!)


 エミリーは呼吸が落ち着いたところで、また山を登りはじめた。




「はぁ……はぁ……やっと……やっと着いたわね」


 エミリーは山の頂上付近で立ち止まり、じっと前方を見つめる。

 気づかなければ、そのまま付近をずっと彷徨(さまよ)うことになるだろう。

 しかし魔力の感知能力も高いエミリーは一目で国境を隔てる結界に気づいた。

 この結界を越えれば、ヴァージル王国の外になる。


 エミリーはふっと息を吐くと自分が歩いてきた道を振り返った。



(最後にみんなに挨拶できなかったことだけが気がかりだけど……でもみんなが無事なら……)




 両親が亡くなったあと、エミリーを養女として引き取ったのは、エミリーの父方の叔父だった。

 叔父は権力欲の強い人だった。

 エミリーを引き取ったのも自らの(こま)とするためだったのだろう……


 叔父とは家族らしいことは何一つしていない。

 屋敷の中で顔を合わしてもお互い言葉もなく通り過ぎるだけの存在。

 それでも何も不自由のないように衣食住を整え、最高の教師達を手配してくれたことには感謝している。


 しかし、エミリーが気がかりに思っているのは、そんな叔父ではなく、オルティス邸の使用人と領地の民だ。



 幼いエミリーにとって、両親を突然失ったことは、大きな心の傷になった。

 しかし、叔父はそんな幼い彼女を(なぐさ)めることもしなかった。

 当時、エミリーは感情を無くした人形のような日々を送っていた。


 そんな痛々しい姿のエミリーを心配し、愛情を与えてくれたのは、オルティス邸の屋敷の者であり、領民だったのだ。

 幼くして両親を失った可哀想な令嬢を、みんなが元気づけてくれた。

 そうして屋敷の者や領民と関わっていく中で、彼女は少しずつ感情を取り戻した。

 今の彼女があるのは、屋敷の者や領民のおかげだ。


 エミリーはふっと寂し気に微笑むと、パンッと軽く頬を叩いて、気合いを入れ直した。



「さぁ! しっかりしないとね! ここから先はほとんど情報がない国なんだから」


 エミリーは結界の先へと視線を向ける。

 大きく一本踏み出すと、結界に向かって手を伸ばす。


 慎重に自分の体の分だけ結界を緩ませていく。

 完全に解いてはいけない。

 こんな強い結界を壊せる人はそうそういないのだから。

 今のヴァージル王国に壊せる者がいるとするなら、光属性の特殊魔法を使えるエミリーか、この結界の維持をしている王族、魔導士団長くらいだろう。

 故に結界が壊れればエミリーの居場所がバレてしまう。


 エミリーは気の抜けない繊細(せんさい)な魔力操作に汗を流しながら、慎重に少しずつ緩ませる。


「このぐらいかしら?」


 エミリーは確かめるように、そっと奥へと手を伸ばす。

 すると反発もなく、奥へと進むことができた。


「ふぅ……何とか無事通れそうね……」



 結界の向こうの国は、他国との国交を絶っている。

 今までは王太子の婚約者として近隣諸国について調べていたが、この国に関してはほとんど何も情報が得られなかった。

 わかっていることは人間と動物の特徴を持つ、獣人と呼ばれる種族が暮らしているということだ。

 


 しかし、だからこそエミリーがまさかその国に向かうとは誰も思わないだろう。


「さぁ……鬼が出るか、蛇が出るか……」



 エミリーは不敵に微笑むと、力強く一本を踏み出した。


「行くわよ! 獣王国へ!!」


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