攻防
力のぶつかり合いで、それまで余裕そうに笑っていた魔物の表情が歪む。
(あともう少し……さっきの魔力の塊ならもう少し耐え切れば……)
エミリーは力を振り絞り、結界の強度をあげる。
そしてやっと魔物の攻撃が止まった。
(や、やったわ……止められた……)
エミリーは魔力を大量に消耗し、荒い呼吸を繰り返す。
なかば放心状態で立ち尽くしていると、優しく抱え込まれ、ふわりと体が浮く。
突然のことに驚き顔を上げると、すぐ目の前にルーカスの整った美しい横顔があった。
(え? 近い!! えっ? 何?? 私ルーカス様に横抱きに抱えられてる!?)
「ル、ルーカス様!?」
ドーン!!!
エミリーが名前を呼ぶのとほぼ同時に響いた、凄まじい爆発音に、エミリーは反射的に音の方へと視線を向ける。
つい先程までエミリーが立っていた場所から、モクモクと煙があがり、地面が衝撃で抉られている。
(な、何よあれ……もしルーカス様が私を抱えて後退してくれていなかったら……)
ぞっとする想像に背筋が冷える。
(あの魔物……あれほど大きな力を開放したすぐ後に、あんな魔法を放ってきたの? 上級魔物……なんて力なの……)
エミリーがぞっとしながら地面にできた穴を見つめていると、心配気にルーカスが尋ねる。
「エミリー? 大丈夫か?」
「あ、はい……ありがとうございます」
「こちらこそ命を救われた。エミリーが結界で先程の攻撃を防いでくれなければ全滅だっただろう。しかし非常事態とはいえ、突然抱え上げてしまってすまなかった」
「そんな! 私の方こそ命拾いしました。ありがとうございます!」
エミリーの言葉に安心したように微笑むと、ルーカスは安全な場所でそっとエミリーの体を下ろした。
「エミリー! 大丈夫だったか!?」
焦った表情のアドルフ、バーナード、ファハド、アーノルドがエミリーたちの元へと走ってきた。
「うん、大丈夫だよ。ルーカス様が助けてくれたから」
エミリーの様子に安堵の表情を浮かべ、アドルフが大きく息を吐き出した。
「よかった……でもさ、エミリーすげーな! あの攻撃を結界で防いじまうなんて!」
「ああ! よく頑張ってくれたな! あとは俺らに任せてくれ」
バーナードがエミリーを労るように頭にポンポンと手をのせ、ニカっと笑いかける。
ルーカスはすっと厳しい表情に切り替え、指示を出す。
「中級魔物はアドルフとバーナードが倒したようだな。下級魔物は兵士たちに任せよう。私とアーノルド、ファハドがあの上級魔物の相手をする。バーナードはウォルターの相手をしてくれ。そしてアドルフはエミリーを守るんだ」
「わかった! エミリーは俺が絶対守る! 任せてくれ!」
ルーカスの指示にそれぞれが頷くと、すぐさま各々戦闘体勢に移る。
そして一瞬のうちにみんながルーカスの指示通り動き出した。
「アドルフくん、私は大丈夫だから、みんなを手伝って! 下級魔物くらいなら結界をはって自分の身は守れるわ」
今の状況で自分のために人員を割くなど申し訳ない。
しかし、アドルフは振り返ると、むむっと眉を寄せる。
「何言ってんだ? エミリーさっきの結界でだいぶ力使っちまっただろ? だいぶしんどそうだぜ……それにずっと魔物の動きを鈍らせるために光属性の魔法も使い続けてるだろ? 今は俺に守らせてくれよ」
まるで忠犬のようにおねだりするような表情にエミリーはうっと言葉を詰まらせる。
力を相当消耗しているのは確かだし、守ってもらえるのはありがたい。
しかし足手まといになりたくないという思いが強いのだ。
「ダメか……? 俺じゃ頼りないか?」
「頼りないなんてそんなこと……」
アドルフのいつもならピンと立っている耳が、こちらをチラチラ見ながら、悲しげに垂れる。
(う……私がアドルフくんのこの表情……わざとやってる気がするわ……)
エリーとして一緒に生活している時も思ったが、アドルフはおねだりがうまいのだ。
エミリーがこのおねだりに弱いことはバレてしまっている。
エミリーは諦め、心の中で言い訳をする。
(だってこの表情……子犬みたいで可愛いんだもの……)
エミリーは小さくため息をつき、頭を下げた。
「お願いします……」
「おう! 任してくれ! 俺が何があっても絶対守るからな!」
先程までの表情が嘘のように嬉し気にニコっと笑うと、アドルフは元気に尻尾を振り回し、剣で周囲の魔物を振り払う。
その一振りで周囲にいたほとんどの下級魔物を一気に薙ぎ払ってしまった。
(たった一振りで……やっぱりアドルフくんのような戦力を私に割くなんてもったいないわ……)
そうは思うものの、嬉々として周囲の下級魔物を次々薙ぎ払っていくアドルフを見ると、今更何も言えない。
(これは大人しく守られているのがいいかもしれないわね……)
その時、ドンっと大きな鈍い音が響いた。
音のほうに視線を向けると、エミリーは顔色を真っ青に染めた。




