絶対に……
「それでは始めようか? 奴らを倒せ!」
ウォルターは嫌な笑みを浮かべながら、上級魔物に向かって命令する。
上級魔物はその声にゆっくりと目を開いた。
真っ黒な目に金の瞳が、冷たく光っている。
上級魔物は目を細めウォルターを見ると、鬱陶しいとでも言うように息を吐き出した。
「私に命令だと……? 勘違いするなよ人間ごときが。お前に応えて私がここに現れたわけではない。あの方がお前に力を貸せと言ったから貸してやっているだけだということを忘れるな。それでなければお前如きの贄で私がここに来るわけがなかろう」
(人の言葉をあんなに流暢に話すなんて……)
魔物は見た目が人間に近いほど強いと言われている。
そして同じ魔の存在として、まさに人間と変わらない姿である魔族は魔物より上位の力を持っている。
さらに魔族は人とは隔絶された美しさを持ち、人を魅了し、虜にすると言われているのだ。
この上級魔物も上半身は人間の見た目ということは、今まで戦ってきた中級魔物たちとは強さが桁違いということだろう。
それも言語を理解するのだ。
相当な強さを持っているのだと推測される。
(この魔物が言ってるあの方って、もしかしてマチルダ様のこと? でも彼女は人間だし、さっきの口ぶり……もしかしてマチルダ様以外に得体の知れない何者かがいるってこと……?)
嫌な予想になんとも言えない気味の悪さを感じる。
エミリーが考え込んでいると、大きな舌打ちが聞こえた。
エミリーが視線を戻すと、ウォルターと上級魔物がお互い気にくわないという表情で睨み会っている。
「チッ……私が呼ばねば、お前はここに現れることはできなかったはずだ! お前だってあの方とやらの役に立ちたいのだろう? ここでは私に従ってもらうぞ」
ウォルターの言葉に上級魔物は顔を顰め、しばらく睨み合いが続く。
しかし、魔物の方が先に視線を外すと、仕方がないというように息を吐き出した。
「今回だけは見逃してやる」
上級魔物はすっと手を持ち上げる。
するとその手の中に膨大な魔力が集まってくる。
(な、なんなの……あの魔力の塊は……あんなの見たことないわ……)
人間であの魔力量を扱う者などエミリーは見たことがない。もしあの魔力を一気に開放されればただでは済まないだろう。
ぞっとする感覚に汗が背中をつたい落ちる。
(……でも……今は恐れてる場合じゃないわ!!)
エミリーは緊張で震える手をぎゅっと握り込むと、気合いを入れるように両手で自分の頬を叩いた。
突然のエミリーの行動にびっくりしたようにルーカスが見つめる。
「エミリー、大丈夫か?」
「ルーカス様ここは任してください!」
(私の光属性魔法は闇属性魔法に相性がいいし、結界だって得意分野よ!! よしっ!! 大丈夫!)
エミリーはふーっと大きく息を吐き出すと魔物とウォルターの周囲に光属性の魔力を広げていく。
(まずはこれ以上魔力を集められないようにしないと……)
すると、上級魔物の手の中でどんどん大きくなっていた魔力が、一定の大きさで止まる。
「なんだ……?」
上級魔物が不快だと言わんばかりに、エミリーの光属性の魔法を見て眉を寄せる。
(やっぱり上級魔物にも効果はあるんだわ!! これ以上あの魔力の塊を大きくさせるもんですか!)
エミリーがさらに光属性の魔力を集めると、上級魔物の手の中の魔力の塊が少しだが、小さくなっているように見えた。
エミリーは成功したことに安堵する。
そして、さらに上級魔物を閉じ込めるための結界をはっていく。
(少し削ったとはいえ、あの力……この結界がもつかはわからないけど……それでもやるしかないのよ!!)
エミリーは結界の強度をあげるため、魔力を注ぎ込んでいく。
上級魔物は舌打ちすると、キッと鋭い視線でエミリーを睨みつけた。
「お前があの方が言っていた光属性の魔法使いか……はぁ……目障りだ。やはり今すぐ消えてもらおう」
魔物はそう呟くと、手の中に溜めていた魔力を開放した。
今まで感じたことのない強い力に結界が壊されそうになり、エミリーは必死で踏ん張る。
「くっ…………」
周囲は魔力のぶつかり合いで、強風が吹き荒れる。
エミリーはその風に押され、ジリジリと体が少しずつ後ろへとさがっていく。
(こ、このままじゃ結界がもたない…………この結界が壊れればみんなが……)
その時、暖かい温もりが肩を包むと、ぎゅっと体が支えられる。
「ルーカス様……」
「エミリー、君ならできると信じている」
ルーカスはエミリーに向かって力強く頷くと微笑んだ。
エミリーもその微笑みに応えるように、口元を引き上げる。
気合いを入れ直し、深呼吸をする。
そして正面の魔物を見据えると、もう一度力を込め直した。
「ルーカス様、ありがとうございます! 絶対止めて見せます!!」




