上級魔物
つい先程まで、そこには何もいなかった。
しかし突然、地面が黒いモヤに包まれると、そこから魔物が這い出してきた。
(倒しても倒しても数が減らないのは次から次へと出現してるから? あの黒いモヤっていったい何なの……? あんなの初めて見るわ……)
エミリーは驚きつつも、冷静に観察する。
感覚を研ぎ澄まして観察していると、黒いモヤが出現する前に、一瞬だけ強い魔力がモヤの周辺に凝縮するのを感じる。
魔族や魔物が苦手とする光属性と逆の属性。
多くの魔族や魔物が扱うとされている闇の属性だ。
そして闇の属性魔法は光属性の魔法に弱いとされている。
(闇属性の魔法のようね……それなら、私の魔法が有効ってことよね。そうとわかれば!)
エミリーは集中し、力をためると、この場所一帯を包むように光属性の魔力を広げていく。
すると俊敏に動いていた魔物の動きが鈍くなり、次々出現していた黒いモヤが止まった。
(よしっ! うまくいったわ!)
「あれ?……これって……エミリーの力か?」
「よしっ! これで少し戦いやすくなるな」
「今のうちにさっさと終わらせましょう」
「うん……」
アドルフ、バーナード、アーノルド、ファハドの四人はさらに剣戟のスピードを上げ、次々と魔物を薙ぎ払っていく。
出現が止まったこともあり、魔物の数がみるみるうちに減っていく。
(やったわ! これなら……)
エミリーは終わりが見えてきたことに安堵しながら周囲を観察する。
すると、ルーカスの強気な声が響く。
「ウォルター・ベイリー、どうやって操っているかは知らないが、魔物も減ってきたぞ。そろそろこちらに投降してはどうだ?」
ウォルターは忌々しいというように、鋭い眼光でルーカスを睨みつける。
そしてぶつぶつと低い声で恨み言を吐き出す。
「くそっ! くそっ! あの女はいつも邪魔をする……もう少しだったのに……もう少しでマチルダ様に私だけを見てもらえたのに……」
その異常な様子にルーカスは眉を寄せ、剣をぎゅっと握りなおす。
「やはり力で制圧して捕えるしかないようだな……」
ルーカスの声が聞こえていないのか、ウォルターは一点を見つめたままにやりと不気味に笑う。
「仕方ない……この方法は使いたくなかったのだが……」
二人に注目していたエミリーはウォルターの異様な気配にブルリと体を震わせる。
(なんなの……この嫌な感じ……)
すると突然、ウォルターを中心に強い風が巻き起こる。
そしてそれと同時に不気味な紋様の魔法陣がウォルターの足元に広がる。
「くっ! なんだこれは……」
ルーカスはその突風に押されるように数歩後ろに下がった。
激しい風が吹き荒れる中、ウォルターの足元から黒いモヤが吹き上がる。
「ふっ……はははっ! 私の体が対価だ! こいつらを倒したらくれてやる! 来いっ!!」
ウォルターが狂ったように笑いながら大声をあげる。
するとウォルターの足元から大きな黒い塊がゆっくりと這い出してくる。
巨大な蜘蛛のような体に、人間のような上半身。
しかし上半身の肌の色は黒く、頭にはツノのようなものが生えている。
「あ、あれは………………」
「おい! なんだよあれっ!!」
「まさか…………上級魔物だと……?」
そのあまりに強い闇属性の力と、悍ましい気配にエミリーは数歩後ずさる。
緊張からガタガタと体が震え、その威圧感から息がつまる。
鼓動が早くなり、頭の中で警鐘が鳴る。
エミリーは真っ青になり、がくりと膝の力が抜ける。地面に座り込む直前、暖かい腕がそっとエミリーを受け止めた。
「エミリー! 大丈夫か?」
耳元で聞こえた声に、エミリーははっとして、自分を支えてくれている人物を見る。
「ル、ルーカス様…………」
「酷い顔色だな……エミリー、ここから離れるんだ。さすがにあいつはみんなで力を合わせても倒せるかわからない……君は今すぐ王宮に戻ってくれ。もし私たちに何かあっても王宮には光の木がある。きっとエミリーを守ってくれるから」
安心させるようなルーカスの優しげな声と表情に、エミリーはぎゅっと自分の手を握りしめる。
そして瞳を伏せ、ふっと息を吐き出した。
(情けないわ……私は自分の意思でここまで来た。さっきもウォルターを止めるって決めたのに……それに私を差し出せばルーカス様たちは無事でいられた。それなのにみんな必死に守ってくれた。みんなに甘えてばかりはいられないわ!!)
エミリー強い意志を込めて、顔をあげると、ルーカスを見つめる。
「いいえ。一瞬あの気配にのまれてしまいました……でも、もう大丈夫です!! 私も皆さんと一緒に戦わせてください!!」
「だが……」
ルーカスは渋い顔でエミリーを見つめるが、エミリーはいいえと力強く首を横に振る。
「元はと言えば、私を狙ってのことです。ここで私が逃げれば、きっと獣王国の王宮にまで攻め込んでくるでしょう。なんの罪もない獣王国の人たちをこれ以上巻き込みたくありません。それに私の力はみなさんの役に立てるはずです!」
先ほども魔物の動きを鈍くさせることができたのだ。
たとえ上級魔物でも多少の差はあるはずだ。
エミリーの強い意志を秘めた瞳に、ルーカスは仕方がないというように息を吐き出した。
「わかった。エミリー力を貸してくれ。だが、本当に危険だと思えば逃げるんだ。いいな?」
ルーカスふっと笑みを見せると、エミリーも力強く頷いた。




