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疑惑と不信感

「マチルダ、今日は随分調子がいいようだな?」


「あら? ジェームズ様」


 マチルダは近頃、滅多に部屋から出ず、真っ暗な部屋の中でぶつぶつと呟く異様な様子で、使用人たちからも気味悪がられていた。

 その彼女が楽しげに鼻歌を歌いながら廊下を歩いている様子にジェームズは嫌な予感がよぎる。



「ええ! 今日はとっても調子がいいのよ」


 ニコニコと楽しげに語るマチルダはエミリーがこの国を出る前の彼女に戻ったようだった。

 しかし、その笑顔はどこか以前の彼女とは違うような、何か得体の知れないものを感じる。



「そ、そうか……それは良かったな……」


(何故私はあれほど彼女のことしか考えられなくなっていたんだ……)


 エミリーが国外追放された頃の自分自身の行動が、今では考えられない。

 エミリーとは長い間、婚約者として過ごしてきた。

 そんなエミリーをろくに調べもせず、マチルダの言葉だけを鵜呑(うの)みにして国外追放にしてしまった。

 あの頃はずっと頭にモヤがかかったような不思議な気分だった。マチルダこそが全てだったのだ……



「うっ…………」


「ジェームズ様? どうされたのです?」


「いや……なんでもない」


 一瞬また頭にモヤがかかるような感覚にポケットに入れている魔石を強く握る。

 すると頭がはっきりとしてくる。


 魔石はイーサンから渡されたものだ。

 イーサンもマチルダに()れこみ、従順に従っていた。

 しかし、エミリーが国外追放されたころから以前のお堅い騎士に戻っていった。


 当時はそのことに苛立ち、イーサンの王城への出入りを禁じた。

 イーサンは騎士団団長であることから、軍部からの反発も考えられた。

 しかし、イーサン自身がその反発を抑えたのだ。


 イーサンは大人しく従う代わりに肌身離さず魔石を持っているようにと交換条件を出してきた。

 そんなことでイーサンを立ち入り禁止にでき、煩わしい反発も抑えられるならいいだろうと思い、その交換条件をのんだのだ。


 しかし不思議なことに、その魔石を持つようになってから頭のモヤがはれた。

 そして今までの自分の行動に疑問を感じるようになったのだ。

 何故あれほどマチルダの言葉を絶対だと思っていたのかと……


(私は一体どうしてしまったんだ……)



 自分の感情の変化に、まるで誰かに無理やり感情を揺さぶられているような感覚に吐き気を覚える。


「ジェームズ様? 本当に大丈夫ですか? お部屋でお休みになっていたほうがいいのではありませんか?」



 マチルダはジェームズに手を伸ばすが、ジェームズはそれを手で制した。


「大丈夫だ、ありがとう。少し疲れているのかもしれない。君の言う通り、部屋で休むことにするよ」


「ええ。それがいいですわ。ジェームズ様ももっと誰かを頼ればいいと思いますよ」


 マチルダの無邪気な微笑みに、ジェームズも先程までの彼女への疑惑が薄れ、笑みを浮かべる。



「そうだな。心配してくれてありがとう。頼りたいのは山々なのだが、肝心のウォルターがいないんだ。朝からずっとウォルターを探しているのだが、見つからない……」


「あら? ウォルターなら今ここにはいませんよ?」


「何? マチルダはウォルターがどこにいるのか知っているのか?」


「ええ!」


 今までの無邪気な笑みから、瞳の奥に暗い何かが(うごめ)くような嫌な笑みに変わる。

 その笑顔にジェームズの体が緊張で固くなる。



「ウォルターはどこにいるんだ?」


「あの女を捕えるために獣王国に行っているのですわ!」


 マチルダの嬉しそうな笑みにジェームズは信じられないというように目を見開く。



「な、何を言っているのだ? 私は一切そんな話を聞いていない! 獣王国に(つか)いも出していないぞ! まさか勝手に国境を越えたのではないだろうな?」


 マチルダから笑みが消え、冷たい表情にガラリと変わる。


「はぁ……ジェームズ様、あの女は光の守り手と謀った重罪人ですよ? 他国に逃げ込めば、その国でも何をしでかすかわかりませんわ。相手の国のためにも早く捕らえて始末しなければ」


 マチルダは諭すようにそう言うと、ぞっとするような笑みを浮かべる。

 ジェームズは自分の体から一気に冷や汗が噴き出てくるのを感じた。


(エミリーを始末するだと?……今考えればわかる。彼女は自分から光の守り手などと言い出したわけでもない。国外追放とて重過ぎる罪であったのに……)


 ジェームズは感情のままに大声でマチルダに(まく)し立てた。



「何を考えているんだ! エミリーは国外追放という罪上で国外に出ているのだ! もはや私たちがどうにかする必要はない。それに遣いも出さず、我が国の魔道士団長が国境を越えるなど、許されることではない! 戦争になるかもしれないのだぞ!」



 ジェームズの剣幕(けんまく)にも表情を変えず、マチルダは涼しい顔で聞き流す。

 そしてはっと疲れたように息を吐き出した。


「ジェームズ様は最近私の話を聞いてくださらないわね……」



 マチルダは興味が失せたとでもいうように冷たい視線をジェームズに向ける。

 その視線にぞっとするものを感じながら、ジェームズは後ずさる。



「と、とにかく今からでもウォルターを呼び戻す!」


 ジェームズがマチルダに背を向け、早足で歩き出す。



「はー……レイラどうしよう? もうジェームズ様お人形にしてもいいかしら……?」


 マチルダは小さな声で呟く。



『そうね……思い通りに動いてくれないなら、もうこちらで操作できるほうがずっといいわね』


「やっぱりそうよね!」


 マチルダはレイラの言葉に楽しげに頷くと、ジェームズにかけより、前へと回り込む。



「ジェームズ様!」


「マチルダ、私は今すぐ行かないといけないんだ。どいてくれ」


「ジェームズ様はずっと私の言うことを素直に聞いてくれればいいのよ……」


 マチルダをどかそうとするジェームズに、ぐっと顔を寄せると、マチルダはにっと悪魔のような笑みを見せる。

 その瞬間、身体中の力が一気に抜ける感覚にジェームズは思わず座り込む。



「な、何を…………」


「大丈夫。ジェームズ様は少しお眠りください」


 その言葉にジェームズの体がばたりと床に倒れた。

 そして強烈な眠気に襲われる。


(くっ……意識が遠のく……誰かに助けを……イ、イーサンせめて彼にこのことを…………)


 ジェームズの意識はそれを最後に途切れた。


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