侵入者
ルーカスの言葉にアドルフが首を傾げる。
「気づいたって何がだ?」
「山小屋で襲われた時のことだ。あの時の魔物の動きも通常では考えられないものだっただろう?」
「確かに……あいつらまるで連携して攻撃しているみたいだったな」
バーナードは思い出すように目を細めると、険しい表情になる。
「うん……おかしかった。普通の下級魔物を倒す時より大変だった」
「そうですね。思い返してみると私たちが動きにくくなるように連携して攻撃していたようにも思えますね……」
ファハドとアーノルドも同意すると、厳しい表情になる。
「じゃあ誰かが魔物を操って動かしてるって言いたいのか? でもそんなことができるなんて魔族くらいだろ? それに魔族は五百年前に獣王国の王子と光の守り手が倒したんじゃなかったか?」
「そうなのですか?」
「ああ……確かに文献にはそう記してあった。魔族が魔物を使役していたこと、そして光の守り手と獣王国の王子が魔族を倒したと……エミリー、体の弱い第一王子が操られた話をしただろう?」
「はい。魔族によって操られていたのですよね?」
「そうだ。第二王子は操られた第一王子によって殺されかけたが、偶然光の守り手に助けられたらしい。その時はまだ光の守り手も力を持っていることすら知らなかったようだ。しかし、徐々に力を覚醒させ、最終的に第二王子と共に魔族を倒した」
ここに来る途中に少しだけ五百年前のことをルーカスが教えてくれたが、まさか光の守り手と第二王子が魔族を倒したというのは驚きだ。
ルーカスから話を聞く前は、魔族なんて半分想像上の生き物だと思っていた。
「では魔物が異常な動きをしているのはまさか魔族が関係していると?」
「それはわからない。だいたい魔族は五百年前に獣王国に現れたきりで、その後目撃情報もなかった」
みんなが難しい顔で考え込む中、アドルフが「そういえば」と声をあげる。
「魔族のことは一旦置いといて、なんでヴァージル王国は今まで魔物が入ってこなかったんだろうな?」
「そうですね……確かに不思議な話です。今まで魔物の被害がなかったのにどうして突然……」
エミリーが眉を寄せて考え込んでいると、四方から視線を感じて顔をあげる。
すると何故かみんながエミリーをじっと見つめていた。
「え? 何ですか?」
(私何かおかしなことでも言ったかしら……)
「あ、いや、すまない。もしかしたら原因はエミリーなのではないかと思ってな」
「そうだよな。エミリーがヴァージル王国を出たぐらいから、ヴァージル王国での目撃情報が頻繁に入るようになってきたし」
「もともと魔物は光の守り手を忌避すると言われてんだよ。エミリーが光の守り手かどうかはともかく、光の守り手と同じ強い光属性の力を持つエミリーを避けていた可能性は十分高いと思うぞ」
「そうですね。私もその可能性は高いのではないかと……」
「うん。僕もそう思う」
獣王国でのエミリーの評価はだいぶ高いらしい。
自分が思っている以上の評価に居心地の悪さを感じる。
エミリーはまさかというように困ったような笑みを浮かべる。
「まぁここで悩んでいても何もわからない。とにくかく情報が必要だ。ファハドは引き続きこの件を探ってくれ」
エミリーの心情が伝わったのかはわからないが、ルーカスが話を切ってくれたことにエミリーはふっと息を吐き出した。
ファハドはルーカスの言葉に頷くとすっと立ち上がる。
他のみんなも報告会は終わったと立ちあがろうとした時、ドンドンドンと焦ったように扉を叩く音が響いた。
「どうした?」
「殿下に急ぎ報告が!」
外からの緊迫した声音に、ルーカスは眉を寄せる。
「入れ」
ルーカスの言葉に扉が開くと一人の兵士が部屋に入り片膝をついて、焦った表情で見上げる。
「報告いたします! ヴァージル王国との国境付近に侵入者あり! 相手は魔法を行使し、国境を警備していた兵と戦闘状態にあり……おそらくヴァージル王国の魔道士団長と思われます!」
「なんだと!?」
「まさか!?」
ルーカスとエミリーの声が響き、その場の全員が驚きに目を見開いている。
ただの侵入者ではない。
相手はヴァージル王国の『魔道士団長』なのだ。
それはつまり国家間の戦争にも発展する可能性があるということだ。
(一体ヴァージル王国は何を考えているの……? もしこのまま戦争なんてことになってしまったら……)
エミリーの顔色が真っ青に変わる。
嫌な考えにどんどん体が冷えていく。
しかしその時、ポンと肩に優しく手が置かれた。
エミリーが振り返ると、ルーカスが安心させるように優しく微笑む。
「ルーカス様……?」
「エミリーの話ではその魔道士団長も精神操作の魔法で操られている可能性が高いのだろう? しかも単独で乗り込んでくるなど、ヴァージル王国の意向とも考えにくい」
ルーカスの言葉にエミリーは自分を落ち着かせるように二、三度深呼吸を繰り返す。
(そうだわ。魔道士団長ウォルター・ベイリー、彼から話を聞かない限りわからない。しっかりしなきゃ!)
エミリーは気合いを込めて息を大きく吐き出した。
そんなエミリーの様子にルーカスはふっと口角をあげる。
「とりあえず今はその魔道士団長を拘束しなければならない。みんな準備しろ!」
ルーカスの言葉にみんなが頷き、一斉に動き出す。
「あ、あの! ルーカス様!」
エミリーの呼び止める声にルーカスが振り返る。
「心配せずとも大丈夫だ。エミリーはここで待っていてくれ」
「いえ……お願いです! 私も連れて行ってください!」
「それはダメだ! 危険過ぎる」
「そうだ! 今は戦闘状態になっているんだぞ!」
「危険だということはわかっています! それでも……私には光属性の特殊魔法で精神操作などの魔法を解除することができます!」
エミリーの強い意思に、みんな困ったように顔を見合わせる。
「どうか、お願いします」
エミリーが頭を深く下げると、頭上からため息が聞こえた。
そしてエミリーの肩に手が置かれる。
「エミリー」
エミリーが顔をあげると、ルーカスが仕方ないというような困った表情を浮かべる。
「絶対私から離れるな」
「……! はい! ありがとうございます!」




