ヴァージル王国の異変
エミリーとルーカスが執務室に入ると、そこにはすでにアドルフ、バーナード、ファハドが揃っていた。
部屋に入ってきたエミリーをみんながじっと見つめる。
バーナードはペタリと倒した耳をぽりぽりかくと、小さな声で尋ねた。
「ルーカスいいのか? お嬢さんには辛い話かもしれないぜ?」
「ああ。エミリーには確認した」
アドルフはエミリーを心配そうに見つめる。
しかし、エミリーは大丈夫だというように微笑むと、胸を張り一歩進み出る。
「皆様の邪魔はいたしません。どうぞ私のことはお気になさらず……と言っても難しい話かもしれませんが……」
エミリーが困ったように笑う。
そんな堂々としたエミリーの様子に、バーナードはニヤッと笑った。
「そうだったな。お嬢さん……いや、エミリーは肝の座った女だってことを忘れてたよ」
バーナードのおどけたような表情に空気が和む。
ルーカスはパンと手を叩くと、すっと真剣な表情に変わる。
「それじゃあ早速始めようか? ファハド報告を」
「うん。先日ヴァージル王国に潜入させた者たちから報告が届いた。今ヴァージル王国の国内で魔物の数が異常に増えているみたい。それも国境沿いではなく、町中で」
「町中だと?」
「そんな……どうして……?」
魔物は本来、人間たちが近寄らない場所などで発見される事が多い。
山の麓などの国境沿いで発見される場合が最も多い。
それが街中で発見されるなど、まさしく異常事態だ。
みんなが驚きに目を見開く中、ファハドがさらに驚きの報告を伝える。
「それも一匹や二匹なんてものじゃない。群れで発見されてるみたいで、一部の小さな町や田舎町などは魔物によって破壊されたところもあるみたい」
ファハドの報告に信じられないとでもいうように、みんな無言で黙り込む。
ヴァージル王国にはオルティス領の民や使用人、エミリーとって大切な家族のような人たちがいるのだ。
心臓に氷を当てられたかのようなゾッとする報告に、エミリーは小さく掠れた声をあげる。
「あ、あの……オルティス領は……オルティス領は無事なのでしょうか?」
エミリーが追放という罪状に大人しく従い、オルティス邸に戻らなかったのは、一重にオルティス領の民やオルティス邸に仕える者たちに被害が及ばないようにするためだ。
それがまさかこんな危険が潜んでいるなど、誰が想像できるだろうか。
エミリーの震える声に、表情を変えずファハドが答えるが、その声には柔らかな安心させるような優しい響きがある。
「大丈夫。不思議なことにオルティス領だけ魔物の目撃情報がほぼ無いみたい」
「そ、そうですか……」
エミリーは大きく息を吐いた。
エミリーの様子にみんなが心配そうな目を向ける。
「だが、ヴァージル王国は何をしているのだ? 魔物は町中からいきなり発生するものでもないだろう? 国境沿いから入って来ることが一般的だし、本来であれば魔物の発見があった時点ですぐ、討伐するものだろう」
「うん……それ僕も不思議だった。何で最初の時点ですぐ討伐しなかったのかって……今はそのことで王宮内もバタバタしてるみたい」
みんなが不思議そうに首を傾げる中、エミリーが「あの……」と小さく声をあげる。
「実はヴァージル王国では近年、国境沿いで魔物が発見されても、街中まで侵入してくることがなかったのです」
「侵入してこない? それは一体どういうことだ?」
「私にもはっきりしたことはわからないのですが……なぜかそのまま山の中に戻ることが多く、街中に入ってくることがなかったのです。ですから発見の報告があっても少数の兵が監視に向かうだけで済んでいました」
「ということは、いつものように少数の兵で監視をしていたが、今回に限っては街中まで侵入したということか……そしてそれが各地で起こり、手がつけられないほど国中に広がってしまったと……」
「おそらくそうではないかと……」
みんながそれぞれ考え込むように黙る。
長い沈黙が続く中、アドルフが「あー」と声をあげるとガシガシと頭をかいた。
「でもそれにしたってやっぱりおかしくないか? 俺は難しいこと考えるの苦手だけどさ、それでもどう考えても一気に魔物が増えすぎだろう? まるで何かに引き寄せられているみたいじゃん」
(確かにアドルフくんの言うとおり、ヴァージル王国の現状はおかしいわ……今までほとんど魔物の報告もなかったのに……)
エミリーはアドルフの言葉が引っかかり頭の中で繰り返す。
(引き寄せられている?……)
そして、ふと先日の戦闘の時にも感じた違和感が蘇る。
本来なら群れで行動することの無い魔物の発生。
そして、まるで何か意思のある者に従っているかのような統率の取れた魔物の動き。
「そういえば、あの山小屋の時も……」
ふとエミリーが漏らした呟きに、ルーカスがすっと目を細める。
「エミリーも気づいたみたいだな……」




