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精神操作

「今すぐにでもこの国を出たほうがいいわ……だけど、その前にあそこには寄らないと……」



 おそらくマチルダは国外追放に乗じて、エミリーを消すつもりだろう。

 あの最後に見せた不穏な笑み……あれこそが彼女の本性だ。


 国を出る準備のため、マチルダはエミリーがオルティス邸に一度戻ると予想していはずだ。

 それならば、オルティス邸の近くに刺客(しかく)を潜ませておき、エミリーが家から出た直後に消すつもりだろう……




(生憎(あいにく)だけど、そっちの計画のる気は無いわ! 私はこの身一つあれば何もいらないもの)


 エミリーは周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、庭園のほうへと歩き出す。

 そして生い茂った木々の間に身を隠すと、もう一度周囲を確認した。



(誰もいない。大丈夫そうね……)


 エミリーはふーっと大きく息を吐き出し、目を閉じ集中する。

 そして集中力が高まったところで、ぱっと目を開くと、一気に魔力を解放した。


「転移術式!」


 言葉と同時に足元が光出す。

 次の瞬間、エミリーの全身が光に包まれ、光が消えると同時に、エミリーの姿が消えた。







「くっ……うっ……早く、彼女の元に……いや! 違う!……はぁ……はぁ……」


 真っ暗な室内で荒い呼吸を繰り返しながら、男性が頭を抱えるように(うずくま)る。




「あら?……完全に彼女に操られているわけじゃ無いのね……」


「なっ?!……だ、だれ……だ……」


 男性は辛そうに顔を上げると、声のした部屋の隅に視線を向ける。


 少し青みのある黒い髪に、深い青色の美しい瞳を持つ精悍(せいかん)な顔立ちは、今は見る影もなくやつれている。




「イーサン、私よ」


「エ、エミリー? まさか……そうだ! に、逃げろ……逃げるんだ!! ……いや……違う、違う……彼女の元に連れて行かなければ……」



 エミリーはそっとイーサンに近づくと、イーサンの顔を覗き込んだ。

 そして、その辛そうな表情に眉を寄せる。


(必死に(あらが)っているのね……)



「まったく……マチルダ様には決して気を抜かないようにと忠告していたのに、まさかあなたがあの魔法にかかってしまうなんて……本当に残念だわ……」


 マチルダは精神操作の魔法を操るのだ。

 精神操作は危険な魔法であるため、禁忌とされている。

 しかし、今まで使いこなせる者もいなかったからこそ、あまり危険視されることもなかった。


 使いこなせる者がいなかった理由の一つが、術者に対して、少しでも好意的な感情がなければかけられないということだ。

 要は彼女のあの容姿と人をたらし込む才能、そして魔法の腕がなければ成功しないのだ。

 だからこそ、この魔法に対して警戒が薄くなっていた。

 彼女はその魔法を見事に使いこなし、ヴァージル王国の上位貴族、さらには王太子まで自分の思いのままに操っているのだ。




(それにしても相当辛そうね……)


 エミリーは仕方がないというようにふっと息を吐き出した。



「イーサン、幼馴染のよしみよ。今、完全に術を解くとマチルダ様に気づかれる可能性があるから、少しだけ力を貸すわ」


 エミリーはイーサンの額に手を当てると、ゆっくりと光属性の魔力を流し込む。

 すると荒い呼吸を繰り返していたイーサンが徐々に落ち着きを取り戻し、穏やかな表情へと変わる。



「エ、エミリー……すま、ない……私は……」


 申し訳無さそうにエミリーを見つめるイーサンに、エミリーはやれやれと息を吐いた。




 エミリーの両親とイーサンの両親は仲が良く、二人は幼い頃から、まるで兄妹のように育った。


 エミリーの両親はとても優しい穏やかな人柄で、エミリーをとても深く愛してくれた。

 エミリーもそんな両親が大好きだった。

 両親は領民からも使用人からも好かれていた。みんなが家族のように暖かくて、とても幸せだった。


 しかしそんな穏やかで幸せな時間は、長くは続かなかった……



 エミリーが七歳になった年だ。

 両親が不慮(ふりょ)の事故で亡くなったのだ。

 最愛の両親を亡くし、深く傷ついたエミリーをみんなが懸命に励ましてくれた。

 イーサンとイーサンの両親もその一人だ。

 しかしイーサンの両親も、その数年後に亡くなってしまった。



 エミリーはその頃には光属性の特殊魔法を会得(えとく)し、王太子の婚約者であることが決まっていた。

 ハワード侯爵家は長い間、騎士団長という重役についており、イーサンもまた国防の要となる次期ハワード侯爵となることが決まっていた。

 兄妹のように育った二人は、早くに両親を亡くし、また国の重責を背負う者同士、お互い助け合うことを誓ったのだ。



 しかしまさか、そんな彼が精神操作によって敵になってしまうとは思いもしなかった……

 エミリーはため息をつくと、もう一度イーサンの様子を確認する。


(まぁ、これでイーサンはもう大丈夫かしら?……処罰が出ている以上、私は早く国を出ないと……)



「エ、エミリー?」


「イーサンまだ辛いでしょう? これは餞別(せんべつ)よ」


(念のため持ち歩いていた魔石が、まさかこんな形で役に立つなんて……)


 エミリーは自分の魔力を込めた魔石をイーサンに握らせ、そっとイーサンの(まぶた)に手を置いた。



「今は眠って、早く回復なさい」


 エミリーのその言葉に安心したのか、すぐにイーサンから穏やかな寝息が聞こえてきた。

 そんなちょっと頼りないイーサンの様子に、エミリーは苦笑を浮かべる。



「イーサン、今度は助けられないわよ……元気でね」


 エミリーは寂しさを隠すような笑みを浮かべると、名残惜しそうにイーサンの部屋を後にした。

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