謁見
エミリーはルーカスにエスコートされ、まっすぐに玉座へとのびる赤い絨毯を踏み締める。
そして玉座へ続く階段の手前で足を止めると頭を下げた。
「エミリー・オルティスと申します。本日は国王陛下にお会いできたこと、恐悦至極に存じます」
「よく来てくれた。顔を上げてくれ」
相手からの了承があるまで、高貴な人に対して、不躾に顔を見てはいけない。
エミリーはそこで初めて陛下の顔を見た。
そこにはまるでルーカスが少し歳を重ねたかのような、大人の色気のある美しい男性が優しげに微笑んでいた。
ルーカスと同じ白銀の髪と、少し緑が混じったターコイズブルーの瞳、そしてルーカスと同じ白虎獣人特有の耳と尻尾。
ルーカスとそっくりだが、しかしそこには気の抜けない雰囲気がある。
これこそが一国の王なのだと、威厳を感じさせる。
(かっこよくて威厳のある方だわ……やっぱりルーカス様との血縁を強く感じるわね。でもそのおかげで少し緊張が和らいだわ)
エミリーは心の中でホッとしていると、優しげに話しかけられた。
「私はスティーヴン・エドワーズだ。話には聞いていたが君は確かに美しいな。ルーカスやアドルフ達が気にする訳だ」
こんな美しい人に言われては、立つ瀬がない。
エミリーが誤魔化すように笑うと、スティーヴンの隣の席から強い視線を感じる。
「あらあら……本当に愛らしい女の子ね。これで光属性の特殊魔法を扱うなら、光の守り手と言われても納得だわ。ルーカスやアドルフが我が国で保護したいと熱弁するわけね」
スティーヴンの隣。王妃に視線を向けると、まさに興味津々という表情でエミリーをじっと見つめている。
そして王妃もまた、とても美しい女性だった。
ホワイトブロンドの髪に蜂蜜色の瞳。
頭には相手の様子を探るようにピンと三角に立った耳がある。
(えっと……王妃殿下は猫の獣人なのかしら……? 白い猫って感じだわ。それにしても……)
エミリーは失礼になってしまうとは思いながらも、ついつい彼女の体をじっと見つめてしまう。
まさに出るとこの出た妖艶な美女という感じだ。
とてもスタイルの良い彼女の横にエミリーが並ぶと頭一つ分は身長差があるだろう。
両親とも、ルーカスほどの歳の息子がいるとも思えない若々しさだ。
エミリーの視線に王妃はニコッと微笑む。
「私はステファニー・エドワーズよ。よろしくね、エミリーさん」
エミリーは挨拶され頭を下げる。
すると今度はエミリーのほうが、王妃にじっと目を細めて全身を見回される。
「……それにしても……」
まるで獣に標的にもされたような感覚に体を固くさせる。
(私何か失礼をしてしまったかしら……やっぱさっきじろじろと見てしまったのがいけなかった……?)
「あなた…………もしかして……」
エミリーはゴクリと唾を飲み込む。
「そのドレス! もしかしてルーカスからの贈り物かしら!?」
王妃の言葉に拍子抜けしたエミリーは、きょとんとして見つめる。
「え……と……あ、はい。ルーカス様が用意してくださいました」
「あら〜やっぱり! だってルーカスの色ですものね!! やっとルーカスにもドレスを贈りたい相手ができたのね!?」
「えっ!? いえ! それは……」
エミリーが否定しようと口を開くと、横からすっと手を取られる。
そしてルーカスが口元に人差し指を当てると微笑んだ。
「ええ。そうです。是非私の色を纏ってもらいたかったので」
そして、ルーカスは流れるような動作でエミリーの指先に口付ける。
「きゃー!! やっぱりそうなのね!!」
(な…………た、確かに婚約者候補っていう噂話があったほうがいいって聞いてたけど、これはやり過ぎなんじゃ……)
エミリーは引き攣りそうになる頬を必死に隠し、なんとか笑みを浮かべる。
しかし、そんなエミリーとは裏腹に王妃は目をキラキラとさせる。
そしてほんのり頬を染め、嬉しそうに二人を見つめる。
エミリーは気まずそうに視線をそっと逸らした。
その時、ゴホンと咳払いが響く。
その音にスティーヴンへと視線を向けると、やれやれというような笑みを浮かべていた。
「ステファニー少し落ち着いてくれ。まったくみんなが魅了されてしまったようだ……ルーカスは王宮で保護するべきだと私の執務室で延々と話をするし、アドルフは会うたびに保護するべきだと訴えてくるし……」
国王陛下の疲れた表情に、その原因となったエミリーは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
(まさかルーカス様とアドルフくんがそんなことをしてくれていたなんて……ありがたいけど、国王陛下になんてご迷惑を……)
エミリーの苦笑いに気づいたスティーヴンは気にするなとでもいうように微笑んだ。
「私も彼らに言われずとも、エミリー嬢はこのまま王宮で過ごしてもらえばいいと思っている。光属性の特殊魔法はこの獣王国では他の国より貴重だからね。それだけで保護するに値するのだよ……それに少しきな臭い話もあるからね……」
最後の言葉が聞き取れずエミリーが首を傾げる。
しかし一瞬深刻な表情をしたスティーヴンは、次の瞬間には柔らかな笑みに変わっていた。
「今日は急に呼び出してすまなかった。どうしてもステファニーが会いたいというものだから。どうかゆっくり休んでくれ」
「是非今度私とお茶会でもしましょうね!」
エミリーは頭を下げると、ルーカスと一緒に謁見の間を後にした。




