突然の申し出
「え? 今からですか?」
「着いて早々にすまない……どうしてもと父上と母上がおっしゃって」
ルーカスは困ったような笑みを浮かべ、エミリーを見つめる。
王宮に着いたあと、ルーカスは国王陛下に報告するため、エミリーたちと一度別れた。
エミリーはとても豪華な部屋に案内された。
このような部屋を本当に使っていいのかと散々確認し、申し訳ない気持ちになりながら、ふかふかのソファーに腰掛けた。
そしてやっと一息ついたころ、ルーカスがエミリーの部屋を訪れた。
まさかの国王陛下からとの謁見という知らせを持って……
ルーカスの突然の申し出にエミリーは眉を寄せて考え込む。
「ですが……その……」
エミリーは自分の服装を見る。
エミリーの今の服はアドルフが買って来てくれたものだ。
アドルフは貴族が着るような豪華な服を買おうとしてくれたのだが、山小屋で過ごすのであれば動きにくく邪魔になる。
だからエミリーは動きやすい簡素な服を買って来てもらったのだ。
さすがにこの服で国王陛下に会うわけにはいかない……
身一つで国外に出たエミリーにはアドルフが用意してくれた服以外に持ち合わせがない。
それこそエリーばーちゃんに扮していた頃の服しかないにだ。
エミリーの困惑が伝わったのか、ルーカスが何かを企んでいるかのような笑みを浮かべる。
「服のことなら心配しなくていい。王宮で生活するなら必要になるかと思って何着か用意したんだ」
「え!? そんな! 申し訳ないです」
「だが王宮へと招待したのは私だ。エミリーが気にすることではない。それとも迷惑だろうか……?」
ルーカスはすっと視線を下げ、耳と尻尾を元気なく垂れ下げると、悲しそうに顔を歪める。
そんなルーカスの表情をアドルフやバーナードたちは胡散臭いものを見るように見つめる。
しかし、そんな視線に気づかないエミリーはルーカスに勘違いさせたくないという思いから力強く首を振る。
エミリーとしても国王陛下に謁見するのであれば、ドレスを用意してもらえるのはありがたい。
それにせっかく好意で用意してくれたのだ。断る方が失礼だろう。
「め、迷惑だなんて、そんなことはありません!」
その言葉に先ほどまでの悲しげな表情が嘘だったかのように、ルーカスがコロリと表情を変え、にっこり笑う。
「そうか! それならよかった!」
ルーカスはすぐさま使用人に合図を出す。
そのあまりの変化にエミリーは呆気に取られた。
(なんだか……まるで誘い込まれたようだわ……)
使用人たちが準備を進める中、アドルフたちはため息をつくと、ジト目でルーカスを見る。
そんな周囲の視線など気にも止めていないルーカスは、使用人が何着か運んできたドレスの中から一着を取り出した。
「エミリー、謁見のドレスだが、これはどうだろう?」
ルーカスが満面の笑みで勧めるドレスにエミリーは目を奪われた。
目のさめるような美しい青の生地と白い生地のカラーに精巧な美しい刺繍、白い生地は光の加減でキラキラと光を反射し、シルバーにも見える。
とても綺麗なドレスだ。
美しいドレスにエミリーはすんなり頷こうとして、はっと気づく。
この色味は……すんなり頷いてはいけないものだ。
何故ならその色はまさに……
「ちょっ! ルーカスそれはダメだろ! 思いっきりお前の色じゃないか! 婚約者とでも思われたらどうすんだよ!」
まさにエミリーが考えていたことを代弁するように、アドルフが待ったをかける。
「それは俺もアドルフに賛成だな。エミリーは未婚で、しかもルーカスとも年が近い。そんなドレスで謁見の場に出れば、皆そう捉えるぞ。もっと彼女に配慮をだな……」
バーナードの言葉にファハドとアーノルドも賛成だというように頷いている。
「だからこそだろ?」
「は? 何がだからこそだよ?」
味方ができたと堂々と腕を組んでいたアドルフが、ルーカスを問い詰める。
「エミリーは人間だ。この国には私たち以外に知り合いはいない。もし皆がエミリーが光の守り手と言われていたエミリー・オルティスだと、そしてこのように美しい女性でヴァージル王国の王太子の婚約者ではなくなったと知ればどうなるか……」
「そんな美しいだなんて……」
エミリーの言葉にルーカスはいや、と首を振る。
「君は美しい。それに獣王国では光の木と同じく神聖視されている貴重な光属性の特殊魔法を扱えるんだ」
真っ直ぐな賞賛の言葉にエミリーは顔を赤くさせ俯く。
しかしその言葉を聞いた一同はなるほどというように頷いた。
「なるほどな……後ろ盾のない彼女を自分の息子の婚約者にさせようと、馬鹿なことを考える奴がいるかもしれないってことか」
「確かにこの獣王国では光属性の特殊魔法を使える者というだけでも他の国より価値の比重が高いですからね……」
「うん……確かに危険……」
アドルフ以外のみんなが納得する中、アドルフがルーカスとエミリーの間に割り込む。
「ちょっと待て! でも別にそれならルーカスの色じゃなくても俺の色でも大丈夫だろ? 確かにルーカスほどじゃなくても、俺だって騎士団の三番隊隊長なんだぞ! ちゃんと牽制にはなるだろ?」
必死なアドルフの表情にルーカスは、ニヤリと笑みを浮かべると尋ねた。
「それじゃあアドルフは今からこのクオリティで自分の色のドレスを準備できるのか?」
その言葉にアドルフはピシッと固まる。
「いや……あの……」
「その辺に売られているドレスならば、アドルフの色はあるかもしれないが、クオリティが低ければそれは彼女の評価に影響するぞ?」
「うっ…………」
アドルフが顔を歪め、言葉に詰まる中、バーナードたちはやれやれとため息をつく。
「アドルフ諦めろ。今からじゃ無理だろ」
それでも諦められないというように、むっとした表情でルーカスを見つめる。
「う〜っっ! だいたいその可能性まで考えてドレス用意してたなら俺にも言ってくれてもよかっただろう!」
「何を言ってるんんだ。その可能性くらい自分で気づけ。三番隊隊長」
ルーカスの楽しそうな満面の笑みに、アドルフの額に血管が浮き出る。
そして恨めしそうな、憎らしそうな表情を向ける。
しかしルーカスはにっこりと勝ち誇った笑みでアドルフの視線を受け止めた。
そんな二人の応酬にバーナード、ファハド、アーノルドは揃てため息をつくのだった。




