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王宮へ

 真っ暗な部屋で俯き、小さくぶつぶつと(うら)み言を垂れ流す。

 その様子は異常で、この場に人がいたなら一目散に逃げていくことだろう。


「なんで思い通りにならないの……みんな使えない……早く……早く見つけなきゃいけないのに……あの女よ……あの女が全てを狂わせるんだわ……」


 そんな彼女の様子に窓ガラスの向こう側に映るもう一人の彼女が楽しそうに笑う。



『ねぇマチルダ』


 その声にマチルダは勢いよく振り向くと、よたよたと窓際まで歩いていく。

 そして(すが)るような声をあげた。


「ああ……レイラ……私、どうしたらいいのかしら? 誰もあの女を見つけられない……みんな使えない奴ばかりなのよ……」


 窓ガラスに映る自分の姿に、マチルダは悲痛な声で呼びかける。

 すると、窓ガラスに映るマチルダは楽しそうににっと笑った。



『そうね……確かに人間は使えない奴ばかりよね。でも大丈夫よ、マチルダ。あなたにいい知らせがあるの』


「いい知らせ?」


 マチルダは光の消えた暗い瞳でガラスを覗き込む。



『ええ。私の配下がね。見つけたのよ、あの女を』


「本当!?」


 マチルダは絶望したような暗い表情から一転して、嬉しそうに微笑んだ。

 その感情の起伏の激しさは、以前の人を(だま)して(とりこ)にさせる計算高いマチルダとはまるで別人のようだ。



『もちろん。あなたに嘘はつかないわ』


「今はいったいどこにいるの? もしかしてもう死んでしまっていたのかしら?」


 嬉々として尋ねるマチルダに、レイラはまるで子供をあやすように落ち着いた声で語りかける。


『いいえ。獣王国にいたわ』


「獣王国ですって?……どうしてそんな国に……で、でもどうしましょう? あそこは強力な結界もあるし、こちらから人を送り込めないわ……」


 マチルダが悔し気に顔を(ゆが)める。

 しかし、レイラは楽し気にふふっと笑った。



『何も心配せずとも大丈夫よ。入れないなら、こちらへ(おび)き出せばいいのだから』


「でもどうやって……?」


『大丈夫、私に任せて』


 その言葉にすんなり頷くマチルダに、レイラは一層楽し気に唇の端を引き上げた。






「エミリー、準備は大丈夫か?」


 あれから数日後、ルーカスが先日の面子(めんつ)を引き連れて、山小屋を訪れた。

 エミリーを招待をする準備もあるからと、あの日は一旦アドルフ以外は王宮へと引き上げたのだ。


 そして今日、エミリーを王宮へと招待するため、ルーカス自らエミリーを迎えに来ていた。



「ええ、もともと荷物はほとんどありませんし、私は大丈夫です」


 エミリーの言葉にルーカスは朗らかに微笑むと、流れるようにすっと手をとる。



「それでは行こうか」


 ルーカスの美しい笑顔に見惚(みと)れそうになるのを、理性で押し止め、エミリーはなんとか笑い返した。


 ルーカスは白虎という珍しい獣人である。

 神秘的な雰囲気をまとっており、その笑顔の破壊力はすごい。

 他のみんなも美しい顔立ちをしているが、ルーカスのそれは別格だ。


 エミリーがルーカスに手を引かれ外に出ると、出発の準備をしていたアドルフが振り返る。

 山小屋での話の後、しばらく遠くを見つめたまま固まっていたアドルフだが、みんなが帰る頃にはなんとか持ち直していた。


「あっ! エミリー! 準備は大丈夫か?」


「ええ。大丈夫よ」



 アドルフは自分の馬の手入れをしていたのか、ブラシなどを片付けていた。

 そしてエミリーの前にぴょんと弾むように出ると、少し頬を赤くして、エミリーを見つめる。


 ここ数日、アドルフは以前の豪快さを必死で隠すような行動をしていた。

 エミリーとしては、すでにアドルフがどういう性格なのかわかっている。

 だからそんな気にすることはないと思うのだが、エミリーが若い女性であると知り、アドルフは相当行動に注意しているようだった。


 実際のところ若い女性であるからというより、エミリーだからなのだが、残念ながらエミリーはそれに気づいていない。



 魔物が襲ってきた時、怪我をしたアドルフを守るため、危険を承知で、エミリーは幻惑の魔法を解いた。

 エミリーにとっては今まで助けてもらった恩返しのような感情だった。

 しかし、アドルフとしては自分のために危険を冒し助けてくれた心優しい女性という印象が強いのだ。

 その上、エミリーは社交界を賑わすほどの美貌。

 気にならないはずがない。



「あ、あのさ、エミリー」


「何? どうしたのアドルフくん」


「えっと……王宮に移動するなら馬に乗らないとだろ? なら俺の馬に一緒に乗らないか?」


 エミリーは自分一人では馬に乗れないので、それは願ってもないお誘いだった。

 頬を染め、緊張した様子のアドルフに、エミリーがお礼を言おうとしたところで、アドルフとエミリーの間にルーカスが体を割り込ませた。



「エミリーは私の馬に乗せるよ」


「えっ……何でだよ!」


 アドルフがジト目でルーカスを(にら)みつける。

 するとルーカスはにっこりといい笑顔を浮かべ、アドルフの馬を指差した。



「アドルフの馬は荷物がいっぱいだろう? あの状態でもう一人乗るのは大変だろうからな」


「なっ…………」



 アドルフもずっと小屋で過ごしていたので、今まで使っていた自分の荷物を馬に沢山括りつけていた。

 確かにあの量にもう一人乗せるのは馬に負担がかかるだろう。



「そう、ですよね……それでは申し訳ありませんが、ルーカス様の馬に乗せていただいてよろしいでしょうか?」


 エミリーが申し訳なさそうに尋ねると、もちろんとルーカスが美しい笑みを見せる。

 そのままエミリーをエスコートし、自分の馬のほうへと導く。



「お、おい! ルーカス!!」


 アドルフが手を伸ばすが、ルーカスはそれをするりとかわすと、さっさとエミリーを自分の馬に乗せる。


 なすすべもなく耳と尻尾を垂れ下げるアドルフの寂し気な背中をファハドとバーナードが元気づけるようにポンと優しく叩く。



「また次があるよ」

「まぁ仕方ねーよ」


 アーノルドはアホらしいというように、ため息をつくと、自分の馬に早々に(またが)る。

 ルーカスもアドルフの様子に目もくれず、エミリーの後ろに跨り、みんなに声をかけた。


「それじゃあ出発だ!」



 気落ちしたアドルフがとぼとぼと自分の馬にまたがると、一行は王宮に向かって出発した。

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