治癒魔法
アーノルドとファハドが次々と下級魔物を倒していくなか、中級魔物を相手にする三人は攻防を繰り広げていた。
中級魔物と言えば、ヴァージル王国であれば緊急の警報が出されるほどに危険なのだ。
それを一人につき一体を相手をしているというだけでも驚きである。
(みんなすごいわ……確か騎士団に入っているってアドルフくんが言ってたけど、獣王国の騎士団の実力は圧倒的ね……)
エミリーがみんなの様子を観察していると、アドルフの動きが先ほどより鈍くなっているのに気づく。
アドルフは他のみんなより前から休みなく魔物を倒していたのだ。
疲労が溜まっていてもおかしくはない。
すると一瞬、アドルフがバランスを崩し、足を踏ん張った。
その一瞬の隙を見逃さず、魔物がアドルフ目掛けて鋭い腕を振り下ろす。
寸前のところで何とか直撃は避けたが、それでも完璧に避けきることはできず、腕を切りつけられた。
「クッ…………」
アドルフは歯を食いしばると体勢を立て直すため、後ろへと飛び退いた。
「アドルフくん!!」
エミリーはアドルフに駆け寄ろうとしたが、振り返ったアドルフに止められる。
「来ちゃダメだ!!」
その強い言葉にエミリーはビクッと肩を震わせ、立ち止まる。
確かに今、剣を扱えないエミリーが近づくのは邪魔にしかならない。
アドルフはエミリーに大丈夫だというように、にっと笑いかけると、剣を構え直す。
しかし切られた腕に力が入らないのか、片方の腕だけで剣を支えているようだ。
先程までの攻防を考えれば、腕一本で相手をするのは無理だろう。
エミリーはグッと手を握り込む。
(あの力を……光属性の魔法を使えばアドルフくんを癒すことができる。でも……)
エミリーの光属性の特殊魔法の中でも最も得意としているのは治癒魔法だ。
しかしその魔法を使えば、幻惑の魔法を一度解かなければいけなくなる。
そしてそれはエミリーの身の安全に大きく関わることだ。今まで必死に隠してきたことが全て水の泡なるのだ。
(……それでも……やっぱり見て見ぬふりなんてできない! 今までたくさん助けてもらったんだもの!)
エミリーは集中して、自分の内側に力を溜める。
(アドルフくん以外は怪我をしていないみたいだけど、やっぱりみんな疲れは溜まってきているみたいね……それなら……)
力を溜めながら、みんなの状態を観察する。
(今だわ!!)
「治癒」
エミリーは一気に力を解放し、みんなに治癒魔法をかける。
エミリーから放たれた魔法で、光の波があたり一帯を埋め尽くすように広がっていく。
「な、何だ!?」
「この光はまさか……」
みんなの視線が一斉に光の中心に立つ、エミリーへと向けられる。
「エリーばーちゃん? いや……違う……あれは誰だ?……あれ? 腕が……」
光はみんなの体を包み込むと傷や疲労を癒していく。
アドルフは先程まで動かすのも辛かった腕が綺麗に治っているのを見て、驚きに目を見開いた。
「やはり……光属性の特殊魔法か……しかしこれほどの力とは……」
ルーカスはチラリとエミリーを見つめる。
しかし、すぐ意識を切り替えるように頭をふると、叫んだ。
「みんな、今のうちに倒すぞ!!」
魔物は光属性の魔法に弱い。
エミリーの魔法がこの一帯に広がった影響で、魔物の動きが鈍くなっている。
ルーカスの言葉にそれぞれが頷くと、一斉に動き出した。
それからはあっという間だった。
もともと実力が驚くほど高いのだ。
魔物の動きが鈍くなったことで、一気に蹴りがついた。
全ての魔物を倒し、みんながエミリーのほうへと集まる。
「なぁ……いったいその姿はどういうことなんだ?」
アドルフはエミリーを見つめ、眉間に皺を寄せる。
エミリーの嘘に傷ついたような表情を見せるアドルフに、とても申し訳ない気持ちになる。
アドルフは素直で、とても優しい。
そんな彼を傷つけてしまったことに、心が痛くなる。
(私はアドルフくんとはずっと友達でいたい……許してくれるかはわからないけど……やっぱり全部話そう)
エミリーは決意すると、まっすぐにアドルフを見つめる。
「今までのことを全て話すわ。聞いてくれる?」
アドルフはエミリーの言葉の真偽を見極めるように、じっとエミリーの目を見つめると、ため息を吐き小さく頷いた。
「まぁ、とりあえず一旦小屋に入ろうか? 中でゆっくり話そう」
小屋の中に入ると、みんなまじまじとエミリーを見つめる。
エミリーは小屋の中央にあるテーブルセットの椅子に座り、居心地の悪い思いをしながらも、チラリとアドルフの様子をうかがう。
しかしアドルフは視線が合うとパッと目をそらしてしまう。
エミリーは口を開くが、すぐに言葉が出なかった。優しいアドルフを騙していたという事実は変わらないのだ。
そんな二人の様子にルーカスはふっと息を吐くと、意識を逸らすようにパンと手を叩いた。
「みんな、そんなに女性をまじまじと見つめるのは、相手に失礼だぞ」
ルーカスの言葉にアドルフ以外の者たちははっとして、視線を逸らす。
「申し訳ないね。それでは話を聞かせてもらえるかな? お嬢さん?」
ルーカスは自分の魅力を完璧に理解しているのか、軽く首を傾けるとにっこりと綺麗な甘い笑みを貼り付ける。
ヴァージル王国の婦女子が見れば、騒ぎ出すことは間違いない。
(この人……危険だわ……ペースを乱されないように注意しないと!)
エミリーは一つ咳払いをすると、すっと姿勢をただす。
「私はエミリー・オルティスと申します」
エミリーの名前にルーカスは一瞬、驚いたように目を見開く。
しかし、すぐに表情を隠すと、また笑みを貼り付けた。
「エミリー・オルティス伯爵令嬢と言えば、ヴァージル王国の光の守り手ではないか? そんな人が何故この獣王国に?」
「私のことをご存知だったのですね……確かに私はヴァージル王国で光の守り手であると噂されておりました。約一ヶ月前までは……」
エミリーはそれからこれまでの経緯を全て話した。




