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国外追放

楽しんでいただけましたら幸いです!

「エミリー・オルティス! お前との婚約を破棄し、そしてヴァージル王国から追放とする!」


 ヴァージル王国の王太子、ジェームズ・アレクサンダーの声が謁見の間に大きく響く。

 その敵意のこもった視線に、オルティス伯爵令嬢エミリーは冷静な表情でこっそりため息をついた。


 何となくこうなることは予想がついていた。

 最近の彼らの様子は実に怪しかったのだから。



「ジェームズ殿下、罪状をお聞きしても?」


「なんだ? とぼける気か? ふっ……まぁ、いいだろう」


 ジェームズはキャラメルブロンドの髪を軽く手で流し、エミリーの言葉を鼻で笑う。

 そして隣に立つ宰相子息に罪状を告げるよう目配せした。



「罪状は光の守り手という虚偽を述べたこと。そしてそれを暴いたマチルダ・キャンベル男爵令嬢を襲おうとしたこと」



 エミリーは頭の痛い思いをしながら、チラッとジェームズの方へと視線を向ける。

 そこには、ジェームズに肩を抱かれながら、(おび)えたように彼にしがみ付くマチルダの姿があった。


 ストロベリーブロンドの髪に明るい緑色の瞳。

 庇護欲(ひごよく)をそそる可愛らしい容姿の彼女は、そんな容姿とは裏腹に、全くもって可愛らしい性格ではないことは十分にわかっている。


「ああ……マチルダ可哀想に……こんなに怯えてしまって……」



 ジェームズは心配気に目を細めると、マチルダを落ち着かせるように、もう大丈夫だと優しく微笑えむ。

 そしてきっと鋭い視線をエミリーに向けた。


 この場にいる全員がジェームズにならい、鋭い視線をエミリーに向ける。

 その瞬間、エミリーにだけわかるようにマチルダが勝ち誇ったような笑みを見せた。


(やっぱり全て彼女の思い通りってことね……)



 エミリーは大きく息を吐き出すと、すっと背筋を伸ばし、一歩前に進み出る。


「恐れながら殿下、私は自ら光の守り手などと申したことはございません。また、マチルダ様を襲った事実もございませんわ」



 エミリーは魔力の多い者にだけ(まれ)に発現する特殊魔法を使うことができる。

 エミリーの特殊魔法は光属性のもので、非常に強い力を持っていた。

 それ故に、光属性の特殊魔法を操る者の中で、数百年に一人現れるかどうかと言われる、光の守り手だと周囲から噂されていた。


 もちろんエミリー自ら言い出したわけではないし、自分自身でも光の守り手などと言われるほどの力はないと思っている。


 本人がそう思っているのだ。

 それを理由に誰かを襲うなんてあり得ない。




「しらをきるつもりか? マチルダがこれほど怯えているというのに!」



 ジェームズの言葉に続き、敵意のこもった冷たい声が至る所から浴びせられる。


「全くもって残念だ。光の守り手だなんて嘘をつくとは……未来の王妃などとんでもない!」


「本当に最低だな。嘘をついた挙句、マチルダ様を襲おうとするなど!」


「何が光の守り手だ!!」


 周囲にいる高位貴族たちがエミリーを睨みつけてジェームズに同調するように次々と厳しい言葉を投げつける。




「あの! しょ、証拠でしたらここにあります……」


 ジェームズの隣でフードを目深に被ったウォルター・ベイリー魔道士団長が一歩進み出る。

 いつもローブを着ているためか、色白な彼の手には映像を映し出す魔道具が握られていた。

 おどおどと赤茶色の目を彷徨(さまよ)わせ、エミリーと視線が合うとビクッと体を震わせる。



「その証拠とはどのような物ですか?」


(そんな事実は無いはずよ。一体どんな証拠があるっていうのよ)


 エミリーは疑いの目を向け、じっとウォルターを見つめる。

 ウォルターは居心地が悪そうにエミリーから視線を逸らし、ジェームズに確認するように目で合図を送る。そしてジェームズが頷くと、おどおどしながら話し出した。



「こ、この中にはあなたが今までマチルダ嬢にしてきた嫌がらせを見た者、あなたがならず者達と会っているのを見た者の証言が入っています」



 エミリーはやっぱりというように、ため息をつく。


「それは証拠と言えるのでしょうか? 私が実際に嫌がらせや、ならず者を使いマチルダ様を襲った映像があるわけではないのですよね?」



 人の証言など、いくらでもでっち上げることができる。特に王太子からの要請であれば誰だって嘘の証言をするだろう。

 それを証拠として出してくるなんて、あまりにもずさんではないか……


 エミリーが呆れたようにもう一度ため息をつくと、ジェームズがイラついたように大きな声で叫んだ。



「みなが証言しているのだ! それにもうお前の国外追放は決まっている! ここに書類もある!」


 ジェームズはエミリーに向けて一枚の書類を投げ捨てた。そこには今述べられた罪状と処分が記されていた。



「お待ちください! 罪に対する処分をくだす許可を出せるのは国王陛下のみのはずでございます。こちらにはジェームズ殿下の署名しかございませんが?」


「本当に小賢(こざか)しい女だ! 国王陛下はお前も知っている通り、ずっと伏せっておられる。私は国王陛下の代理なのだから、私が処分をくだせるのは当然だろう! 貴族筆頭のここに集った者たち、そして今日は体調不良で来られなかったがイーサン・ハワード侯爵も了承していることだ!!」


「ハワード侯爵もですか?……」



 エミリーの表情の変化にジェームズは嫌な笑みを浮かべる。



「そういえば、イーサン・ハワード侯爵はお前の幼馴染であったな? そのハワード侯爵もこの処分に賛成しているのだ」



(イーサン……やっぱりあなたもなのね……あなたも彼らと同じように彼女に……)



 国を取り仕切っていた一部の重鎮たちが突然眠りに着き、ずっと目を覚さないという謎の病が広がっている。今この国を動かしているのはその子息たちだ。

 その子息たちは、ジェームズの隣で怯えた表情を作るマチルダの言う通りに動く。

 ただ一人の令嬢によってこの国は動かされているのだ……



 エミリーは一瞬悲しそうな表情を浮かべるが、次の瞬間にはすっと感情を消し、決意したように表情を引き締めた。


(もうここにはいられないわね……)



「わかりました。私、エミリー・オルティスは準備が整い次第、このヴァージル王国を出ますわ」


 エミリーははっきりとした大きな声で宣言する。

 その瞬間、マチルダはエミリーにだけわかるように、とても嬉しそうにニッと嫌な笑みを浮かべる。

 その不穏な笑みに、ぞくっとする感覚を覚える。


(今は……今はとにかく早くこの国を出なければ……彼女は国外追放程度で満足するたまではないわ……)


 エミリーは冷や汗を流しながら、何とか動揺を隠すように余裕のある笑みを返す。

 そして優雅に一礼すると謁見の間を後にした。


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