ネタ探し 〜とある者の苦悩〜
某所にある、とある家。
「ああ……どうしよう」
その家にある机の前で深く深く頭を悩ませている、壮年と老年の間に居るような、そこそこに年嵩の男性が居た。
男性が悩むその机の上には紙と筆があり、男性が何かを書こうとして酷く悩んているのだろうと推測できる。
「くそぅ……新しいネタを考えているのに、良さそうなネタは出し尽くしちまった後だからなぁ」
こうボヤく男性の背中には、漫画表現で例えると大量の縦線と黒い雲が浮かんでいる事だろう。
そんな悩みの中でも、やること・やりたいこと・やるべきことは分かっているのだろう。
「くそっ。 そんなんでも、やらにゃならんのだよな」
だがどうすれば悩みが解消できるのかの、取っ掛かりが無いらしい。
具体的には、新しいネタが思い浮かばない。 ソレだけ。
ソレだけだが、ソレはとても重要である事は想像がつくだろう。
「なにか小さな切っ掛けでもありゃあ、すぐにネタを思いつくんだがなぁ」
悩みに悩み抜き、悩み疲れてしまった男性がふと、視線を動かす。
そこには窓があり、窓の外には川に架かる橋が見える。
「橋なんか見てもなんもねぇわ。 つーか1階からそっちを見ても、橋しか………………橋?」
自分で橋を見てもなぁとボヤいておいて、その橋が新しいネタに引っ掛かる切っ掛けが有ったらしい。
「橋は川に架かる。 川の水は海へ流れる。 その海は江戸前。 そしてここは東京のどこだ?」
某所と隠していたのが台無しである。
だがまあ、新しいネタが思い浮かぶと言う、まるでベ○ピか解消された様な爽やかさに比べればどうでもいいのかも知れない。
「地元の古くからの名物と、江戸前のアレ…………結構見逃されるが、アリかもしれない。 うん、やってみようか」
そう言いながら男性がひとつ頷くと、筆を手に持った。
〜〜〜〜〜〜
「いやー。 定期的に出してくれる、大将の新ネタが僕は好きなんだよね。 それで、今回の新ネタはなんだい?」
そう件の男性に話しかけるのは、少し良いビジネススーツに身を包んだ30かそこらの男性。
このスーツの男性と件の男性は、カウンターを挟んで相対していた。
「ほら、お客さんの後ろの壁に貼ってあるでしょ?」
コレに応えた件の男性につられて振り向くと、そこには和紙に墨で書かれたお品書きがあった。
[今週の変り種寿司 マグロの佃煮軍艦巻き]
「へぇ。 今週のネタは捻ったね」
「寿司で地元の名物である佃煮をネタにするって、してなこなかったですからね。 ウチは江戸前寿司で漬けマグロを出しますが、コレを佃煮にしてみたらどうなのかな? と思いましてね」
今まで地元の佃煮の存在を忘れていた……とばかりに、少し恥ずか気に照れる件の男性をみて、スーツの男性がおかしそうに手を叩く。
「あははは。 いや、美味しそうでいいと思いますよ。 今後も佃煮シリーズで良さそうなのが有ったら出して下さいよ!」
「ありがとうございます」
こうして件の男性……寿司屋の大将は、新しいネタをひとつ見つけた。
しかしこのネタがいつまでも続く訳もなく、再びネタで悩み出すのは時間の問題だろう。
大将が変り種寿司なんてのを出さなくなるその日まで、ネタで悩まなくなる日は訪れない。
頑張れ寿司屋の大将。
ネタ切れはどこの業界でも大変だ。
頑張れ寿司屋の大将!
ネタ切れって、そっちかい!?
物書きと思わせておいて、別業種。
読者様方を勘違いトラップにハメる為だけのネタでした。