仮面夫婦?
少し体調崩しており、前回から間が空いてしまいましたので明日も一話投稿予定です。
知らぬ間に顔の直近まで近づいていたこの恐ろしいまでにイケメンのこの笑顔も、甘い言葉も、
全部…
「やめて。気持ち悪いから」
真っ直ぐ顔を見てはっきりとグレースは告げた。
キッと睨みつける。
そしたら…
だんだんイケメンの顔が歪んでいった。
「は?」
あ、口調が完全に変わった。
やっぱりそう。
「甘い言葉で誘われなくてもちゃんと結婚するわ。一年後?準備が間に合うなら半年後でもわたしはいいのよ」
はっきりと言い切った。
鈴の鳴るような声だから迫力はないだろうけど。
それでも多少の破壊力はあるだろう。
しばらくアレクサンダーは無言で絶句しているようだったが…
突然…
グイッとグレースの肩を引っ張りさらに顔を近づけた。
「お前…誰だ?!グレース嬢じゃないな?」
さっきまでと全く口調が変わっている。
ドキッと心臓が跳ねる。
バ、バレてる?
他人がグレースに入り込んでるって?
「どこからこんなに似たやつを連れてきた?」
あ、なんだ…そっちか…
少しホッとしたグレースはさらに睨み付ける。
「似たやつとは失礼ね。まったく記憶がないの。だから人が変わったみたいと侍女たちにも言われているわ。けれど、前のわたしもわたしだし、今のわたしもわたし。それでいいとわたしは思っているわ」
怒り口調で言い切ると、アレクサンダーは値踏みするようにグレースを見つめる。
「ふうん。で?俺と結婚する気になったのはどういう心境の変化だ?何を企んでる?」
やはりグレースはアレクサンダーとの結婚を拒否していたのだ。
「企んでるのはアレクサンダー殿下の方でしょう?そんな猫撫で声で誘わなければならないってことはそういうことなのでしょう?わたしはただ公爵令嬢としての責務を全うしようとしてるだけよ」
「は?」
そういうとアレクサンダーは少し言葉に詰まってる風だった。
「猫撫で声…か。そんなん言われたの。はじめてだな。まいったな」
そして少し頭を抱えるようにしてグレースの隣で薔薇園のベンチに寄りかかっていた。
「それがお前の本来の姿と…認識していいんだな?」
アレクサンダーが顔を上げてじっとグレースと瞳を合わせる。
その目力にたじろぎそうになりながらも、グレースはこくりとうなずいた。
「ならば話は早い。俺たちの結婚を有意義にすすめようじゃないか?」
「有意義?」
「ああ。お前が言う通り、俺にはフィッツジェラルド公爵家の力が必要だ。俺は何としてもこの国の国王になる」
「まぁ」
思わず声を上げてしまった。
それくらいはっきりした意志を感じとったからだ。
「お前は公爵令嬢としての責務を果たすつもりだと言った。俺が国王になるためにはフィッツジェラルド公爵家の力が必要だ。そして俺が国王になれば、必然的にお前が王妃になって、フィッツジェラルド公爵家はチェックマイスター家より優位に立てる。いわゆるWINWINの関係だ」
「ええ。それはそうね」
グレースがうなずく。
「だから有意義な関係を築くんだよ」
「だからそれはどういう意味?」
「決まってるだろ。仮面夫婦さ」
「え?」
かめんふうふ…
仮面夫婦という言葉が思いのほか自分の胸に刺さったみたいだ。
それはもしかしたら自分の両親がそうだったからなのかもしれない。
ガードナー伯爵家の令嬢として、後継ぎとして産まれた母は厳しく育てられ、少し格下の子爵家の三男だった父を養子に迎えて、伯爵位を夫に譲り自分は夫人として支えていた。
だが、母の父であるおじい様がなくなると、父は突然態度を大きくし、シエナの母を屋敷に呼び寄せ、離れに住まわせはじめたのだ。
なんとなく両親の仲がよくないことは気づいていたが、それ以来父は母への態度にやさしさのかけらも見せないようになり、愛情はすべてシエナの母へと注ぎ始めたのだ。
父は伯爵としての仕事を放棄してしまい、シエナの母にべったりの生活を送るようになった。
そんな逆境の中、母は気丈に伯爵家の領地運営を怠らず、領民のために伯爵家の品位を保ちながら、領地を経営するすべをロージーに教えることだけに注力を注いでくれた。
そのおかげで領地経営のノウハウや淑女として、貴族としてのたしなみをすべて身に着ける事ができたのは感謝している。人脈もそれなりにあったと思う。
だが、母が突然亡くなってしまったのだ。
ロージーが15歳の時のことだった。二階の物置から降りる際に階段から転落し落ちたのだ。
それからロージーは日々伯爵家の仕事に明け暮れることになった。
その事故がシエナの仕業だったとは、今考えても怒りが襲ってくるが、母が死んだとき、父が泣く事もなく、逆に喜んでいたのを見ていたロージーは仮面夫婦の悲惨さをとても良く知っている。
アレクサンダー王子はその…悲惨な仮面夫婦の提案をしている。
グレースは胸の奥にすーっと何か冷たいものが流れていくような錯覚を覚えた。
「ええ。ええ。そうね」
それだけ言うのが精一杯だ。
「お前は覚えていないだろうが、恐ろしく俺のことを毛嫌いしていた。記憶をなくしたからといって、それが変わることはなかったみたいだからな」
最初に『気持ち悪い』と言ったことを言っているのだ。
確かにあんな言葉をはく令嬢が自分の事を好いているとは思うまい。
「では、結婚したら夫婦の体裁だけを保つ仮面夫婦を装うということね」
「それ以外にないだろう?お互いに自分たちの利益のために結婚するだけなのだから」
「そのとおりね」
「よし。決まりだ。なら話ははやい。いつするんだ。結婚式。できれば今日の婚約パーティーで発表したい」
はやくフィッツジェラルド家との姻戚関係を事実化したいのだろう。
それはおそらく父も同じ。
「先ほども言ったけど、いつでもいいわ。準備にはどれくらいかかるのかしら?」
そのへんがどこまで進んでいるのかは、グレースになったばかりのグレースにはまったくわかっていなかった。
「そうだな…」
考え込んでいたが…
「1年だ」
アレクサンダーがそういうのならそうなのだろう。
「国内はなんとでもなるが、国外の貴賓も招待しなきゃならない。そうなると1年はかかる」
「わかりました」
「よし。では、また夜会おう。わかってると思うが、会場入りする前に、俺の部屋まで来るんだ。打合せが必要だ。他人の前で仲が悪いように見せかけてはいけないからな」
「はい。じゃぁ、1時間前に入るようにするわ」
こうして二人は『仮面夫婦』として新たな一歩を踏み出したのである。