アレクサンダー王子
婚約式だから、招待客がいるわけではない。
両家のみが揃っている神殿で二人が前に出て神官の前で婚約誓約書に署名するという段取りだ。
神殿に入ると、壇上にいる男性が目に飛び込んできた。
思わず、その明るい黄金の髪に圧倒されそうになる。
神殿の中でひときわ目立つ存在。
あの人が、アレクサンダー殿下。
壇上の後ろにあるステンドグラスのせいで逆光になっていて顔は見えないが、姿かたちはすらっとしていて背は高く足は長い。
そしてそのプラチナブロンドの髪は神殿の中にあって、輝いていてまぶしいくらいに美しい。
グレースはゆっくりと彼の方へ歩をすすめた。
アレクサンダーの前までくると、深くお辞儀をする。
淑女のたしなみについてはロージーのときに由緒正しき伯爵令嬢だった母から仕込まれたものだ。
ぬかりはないはずだ。
そして顔をあげたところで、はじめてアレクサンダーを正面から見て、グレースは彼があまりに美形で息をのんだ。
輝くゴールドの髪に濃く碧い瞳。縁どられたまつげはふさふさと長く、形のよいアーモンド形の目。鼻梁は高く長く、唇は男の色気をたたえている。
フィッツジェラルド公爵家もレベルちがいの美貌ぞろいだけど、レイトン王家もまぁなんと美貌ぞろいなことか。
まわりも見回して、あまりに美貌だらけでクラクラしてくる。
ロージーだったころにイケメンだと思っていた婚約者のサミュエルなんてこの中にいたらかすむかすむ。まして、『ザ・普通』のロージーがいたら、空気みたいなものだったろう。
イケメンという噂は聞いていたが、ロージーのときにアレクサンダー王子にお目見えする機会はなかったので、まさかここまでのイケメンとは想像だにしていなかった。
まぁグレースも引けをとらぬほどの美貌の持ち主ではあるが…。
それが今は自分だということがいまだに慣れないグレースだ。
あまりのイケメンぶりに少し目をそらしてしまったが、ずっとそうしているわけにもいかずおそるおそる目を合わせた。
碧い瞳がグレースのアイスブルーの瞳を射抜く。
その瞳がグレースの中に何かを探っているように見えてグレースはまた視線をそらせた。
「アレックス。」
ガリレオ国王が少し焦ったような声を出す。
こういう場合はふつう男性から声をかけるものだ。と言いたいのだろう。
アレクサンダーは少し間をおいて、ゆっくりと声を出した。
「婚約者殿。どうぞこちらへ。」
そしてにっこりわらって手袋をはめた手を差し出す。
あれ?
グレースはアレクサンダーのその笑顔を見て、先程瞳が合ったときとは違う違和感を感じた。
不思議に思いながらも、その手をとると、神官のところまで数歩エスコートされて歩く。
そして2人並んだところで神官が口上をつらつらと述べ立てているのを厳かに聞く。
古代語なので何なのかよくわからないが、聞いているふりをしなければならないのだと母から聞いていた。
そして羽ペンを渡され、アレクサンダーから先に、その次にグレースが署名を行う。
グレースと署名するのははじめてだと思ったが、以前の筆跡がわからないから、ロージーの筆跡で書くしかなかった。
婚約式は10分ほどで終了した。
これで婚約式は終わり。
正式に婚約者として承認された。
あっけないものだ。
もう10年間は他の人と結婚できない。
するつもりもないからいいけれど…。
と思っていたら、アレクサンダーがそっと手を握ってきて驚いた。
「グレース嬢。少し神殿の庭を散歩しましょう。披露パーティーまで時間はある」
「え、ええ」
また違和感。
何なのだろう。この違和感。
しずしずとアレクサンダーに付いていったら神殿の内側の閉鎖された空間にある白薔薇園のところまで連れていかれた。
長いドレスに見合った歩幅で、さらに体の弱いグレースに合わせている。
今のグレースならもう少し速くてもいいのだが、それだけゆっくりと歩くと言うことは婚約後何度かエスコートしていると言うことね…。
白薔薇はちょうど咲き始めるころで蕾も多いが、真っ白でとても綺麗だ。
「あなたみたいだ」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
「真っ白な薔薇はあなたにとてもよく似合う。いろいろ…あったと聞きました。記憶を無くされているとか…」
「は、はい」
なんなの?
なんか…こう…ゾゾっとするっていうか…。
「大丈夫…なのですか?僕のことも…忘れてしまったの?」
眉尻を下げてこちらを心配そうに見るその顔は確かにイケメンで…こんなイケメンにこんな言い方されて…ときめかない女性はいないとは思うのだけれど…
だけどやっぱりなんか…
「そう…です。忘れて…」
「じゃあ。これからの僕たちを…忘れないようにひとつずつ思い出を積み重ねていけばいいだけだ。そうでしょう?」
「え、ええ」
キュッと手を握られた。
「ねえ。それでいつ…結婚式を挙げようか」
「……」
わかった!
違和感の正体!
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