フィッツジェラルド公爵は侮れない
「愛するグレース。わたしはお前の父である前にフィッツジェラルド公爵家の当主だ。レイトン王国の筆頭公爵家の地位は守らねばならぬ。わかるな」
「はい。」
とりあえず表情を変えずに答えた。
「そなたは例の一件以来、記憶を無くした」
そしてじっとグレースを見つめる。瞳の奥を暴こうとするかのようなさぐる瞳。
思わずたじろぎそうになったが、気取られるものかと無表情を必死に装う。
「そなたは…変わった。と思っている。よいようにな」
「……」
「母と兄を悲しませるようなことをわたしは伝えるつもりはないし、もうこれ以上悲しませるようなことは起こらないと思っている。が…すべてはそなたの振る舞い次第だ」
「明日の婚約式のことですか?」
さすが筆頭公爵家当主。
侮れない。
「ああ。どうするつもりだ?このままわがままを突き通すつもりならわたしもそなたの在り方を考えねばなるまい」
それは…王子との婚約をこのまま拒否し続ければ、修道院にでも追いやることもじさないということだろう。
やはりもともとのグレースはアレクサンダー王子との婚約を快く思わず、拒否していたのだということがわかった。
背中に冷たい汗が伝うのを感じる。
この公爵がグレースを娘として愛しているのは確かだろう。
だがその前に公爵家の当主としてやるべきことはやると言っているのだ。
だが、グレースはもとよりこの婚約を拒否するつもりなど毛頭ない。
ミゲル神との約束の使命が何なのかも見つけなければならないし、奴らへの復讐のためにはこの屋敷の中にこもっているわけにはいかない。
王子であろうが誰であろうが婚約してもっと世間に出ていくつもりだった。
「もちろん。筆頭公爵家令嬢としての責務を全うするつもりですわ。お父様。わたくしが昔の記憶を思い出すことはないと思ってくださいませ」
もしかしたらこの人は気づいているのかもしれないと思ったのだ。
自分の娘が娘でなくなっていることに。
そして、それでもなお、レイトン王国筆頭公爵家としてやるべきことをやろうとしているのではないかと。
だからあえて、昔のグレースに戻ることはないと暗に示したのだが…。
父は無表情のままだったが、瞳はグレースからそらさなかった。
「わかった。そなたが公爵令嬢としての責務を全うするつもりならば何も言いはしない。明日の婚約式、粗相のないように」
「承知いたしました」
娘以外の魂が娘の中に入り込んでいると確信しているわけではないだろうけれど、何か違うことには気づいているのだ。きっと。
と、同時にこの婚約と結婚は避けられないということを確信した。
フィッツジェラルド公爵家として絶対に成し遂げなければならない婚姻なのだ。何があっても。
それがたとえ仮面夫婦であったとしてもだ。
「ええ。お母さま。グレースは強くなりましたの」
にっこり笑ったところで、ゆっくりと控室の扉が開いた。
「グレース嬢。アレクサンダー殿下が到着なさいました。ご準備をお願いいたします」
神官のたまごのような従者がやってきて告げたところで、グレースは立ち上がった。
「参りますわ」
いよいよね。
噂の王子様とのご対面やり遂げてみせるわ。