何も知らないくせに婚約式に挑む
今時、婚約式などと言う面倒なものをする貴族はなかなかいない。
大陸ではミゲル神が信仰されており、貴族の結婚には全てミゲル神の承認が必要になる。
つまりミゲル神承認のもと、神殿が発行した『婚姻契約書』に2人の署名があれば婚姻が成立しているとみなされる。
一度結婚すると離婚は難しくなかなか認められない。
愛情が冷めきって別居している夫婦でも書類上は夫婦のまま一生を終えることがほとんどだった。
そして厳密にいうと婚約の時点でも『婚約誓約書』が必要で、そこに署名しているのに婚約を破棄した場合は、その後、10年間他の者との婚姻を結べなくなる。
だが、さすがにそこまでするとなかなか厄介なので、普通はなかなかやらない。
婚約は口約束だけの場合が多い。
要は婚約破棄するカップルも結構いると言うわけだ。
だが今回、『アレクサンダー・ヒューゴ・レイトン』と『グレース・エライザ・フィッツジェラルド』は婚約式を執り行うと言う。
この場合考えられるのは一つ。
何がなんでもこの婚姻をやめるわけにはいかない理由があるということだ。
アレクサンダーはレイトン王国の第二王子。
現国王のガリレオ王には2人の正妃がおり、
1人はレイトン王国の公爵家のもと公女であったヒラリー妃。
第一王子であるマキシミリアン・レイトンを産んでいる。
もう1人は隣国ガルフレッド王国もと王女であったタチア妃。
第二王子アレクサンダーを産んでいる。
そして、昨今の貴族の間でももっぱらの関心ごとは、『どちらが王太子になられるのか』と言うこと。
マキシミリアンには母の生家であるチェックマイスター公爵家という後ろ盾がついているが、外国から和平のための人質のように嫁いできたタチア妃には後ろ盾がない。
そこで名乗りを挙げたのが、フィッツジェラルド公爵家だ。
名実ともに名家であるフィッツジェラルド家が娘を差し出すことによって第二王子への支持を表明したのだ。
ところがだ。
グレースは尋常でないほどに体が弱い。
このままではなかなか結婚するまでに時間がかかりそうだと踏んだアレクサンダー側が婚約式を提案したのだと言う。
18歳のグレースは結婚していてもおかしくない年齢ではある。
相手のアレクサンダーも22歳。
一年前に婚約しているのだから通常ならそろそろ結婚となるはずなのだ。
だが婚約式とは…。
「まあ…グレース様。なんてお美しいのでしょう」
侍女たちが感嘆の声を上げる中、真っ白なドレスに身を包んだグレースが神殿へ降り立った。
まずは神殿で婚約式。
そして夜には王宮で婚約披露パーティーが開かれる。
グレースとして転生してから、1週間。
家族と医師、屋敷の使用人以外の人間と会うのは初めてのこと。
少し緊張する。
そんな中神官たちが厳かに出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。グレース嬢」
「お出迎えありがとうございます」
鈴のなるような声で挨拶すると、禁欲的な神官でさえ顔を赤らめた。
あれから日課のように毎日、庭の散歩をかなり長い時間続けてきたせいで足はかなり筋肉痛だ。
とにかくグレースは体力がなさすぎたので少しでも体力をつけねばならないと歩くことから始めてみたのだが、婚約式で高いヒールのパンプスを履くと筋肉痛がより激しく感じる。
もう!
どれだけ弱っちいのよっ!
がんばるのよ。グレース。
心の中で叱咤激励しながらようやく神殿の中に辿り着くと、第二王子はまだ到着しておらず、控室に通された。
「ふう…」
ため息を吐くと、兄のニコラスが心配げな顔を向ける。
「グレース。体の方は本当にいいのか?今日の式は延期してもよかったんだぞ。アレックス殿下もそれくらいわかってくださる」
「そうよ。グレース」
母も言うが、父だけは渋い顔をして座っている。
やはり引き伸ばせないのだろう。
それに自分としては体の方は何の問題もないのだから。
「大丈夫ですわ。医師のマクブルーム先生も問題ないとおっしゃっていますし。わたくし、最近お庭の散歩をしていますからムクムクと体力もついてきているのですわ。むしろ前より健康ですわ」
「本当に?」
母の手がグレースの手を包む。
グレースは愛されている。
この家にきてから常に愛に包まれていることを強く感じる。
自分が本当のグレースではないことに罪悪感を感じてしまうほどに…。
けれど本当のグレースは自ら命を絶った。
何が嫌だったのだろう。
そしてどうやら、グレースが自殺を図ったことを知っているのは父だけらしいと言うのがなんとなくわかってきた。
メイはすぐに父に報告したのだろう。そして口外せぬようにと父から言いふくめられたようだ。
母も兄ももちろんメイ以外の使用人も知らない。
ただ夜の間に高熱が出て、記憶が飛んだと思っている。
母と兄の言動からなんとなく知らないのかなとは思っていたが、昨日の夜、父の書斎に呼ばれグレースは告げられた。
おもしろかったら、「いいね」「★」よろしくお願いします。




